69.戦う理由
ルビの部分に編集ミスがありましたので、訂正しました。
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「……こいつは本当に天国と地獄の狭間ってやつだな」
男の言葉に、僕は疑問を覚えてしまいます。いまのやり取りの間に、天国なんて見えましたっけ?
僕が疑問の表情を浮かべていると、男は意図的に下種な笑みを浮かべます。
「なぁに、小娘だからと馬鹿にしたもんじゃないと思っただけさ」
そう言って僕の脚を右手で指します。
「スカート姿で蹴りを放てば、見ようと思ってなくても見えちまうだろ。餓鬼の脚とはいえ、感触もなかなかのモノだったぜ?」
男が何を言ってるかが分かり、顔が赤面していくのが自分でもわかります。くそっ、絶対泣かせてやる……
「……そうですか。そちらは、かなり余裕がありそうですね。僕相手では、左腕など無くても十分なようですから、次は右腕ももらい受ける事にしましょうか。それとも、一気に戦死者の館に送り届けて差し上げましょうか?」
パリッと音を立てて、僕の左の掌に紫電が走ります。先ほど僕を戦女神に例えていましたからね。アイオライトではきっと別な名前なのでしょうが、僕の知っている戦女神であれば、勇者の魂を戦死者の館に送り届けるのが、戦女神という存在だったはずです。
「……折角ですのでお名前を聞いておきましょうか? 海賊さん」
僕の言葉に、男はにやりと笑い答えてくれました。
「俺たちは、戦死した勇者を目指す者、ラグナレクのシオンだ。幼き戦女神よ、お前の名前はなんと言う」
はぁ、大層な名前ですね。戦死した勇者に神々の黄昏ですか……
戦死した勇者とは、戦死者の館に集められる勇者の魂のことです。彼らは勇敢に戦って死ぬことを尊いものとする、バイキングに似た古い宗教的価値観の元に生きているようです。
「戦死した勇者を語るためにやっている行為が海賊なんて、戦死した勇者に対する冒涜ですよ。
そして、あなた方には残念な事に、僕は戦女神でもありません。
僕の名前は、クロエ。『QA』の艦長で、貴方がた海賊に死を与える者です。さぁ、この船とともに、そろそろ沈んでもらいますよ」
いい加減この船も持ちそうにありませんしね。そろそろ終わらせないと、他の船の海賊頭を取り逃がす事になります。
シオンと名乗った男は、再び右手でレイピアを持ち、左腕は何も持たずに頬の前に腕を立てます。マンゴーシュは足元に落ちていますので、防御は左腕を犠牲にする気ですね。
ユラリと上体を揺らして、レイピアの間合いに入ってきた僕に対して、刺突を繰り出してきますが、左の掌で外に弾きます。まとった紫電が、レイピアを伝わり、シオンが一瞬苦痛の表情を浮かべますが、なかなかしぶといですね。一方的に魔法で瞬殺すれば楽なんですけど、単純に魔法で捕殺されても、彼らを完膚なきまでに叩きのめす事にはならないでしょう。
さすがに一方的になった戦況をみて、さすがにまずいと思ったのか、手下の一人が魔法を放つ気配を感じます。
とっさに足元に落ちているマンゴーシュの柄頭を勢いよく踏む事で跳ねあげ、右手でキャッチ。そのまま投擲して手下の動きを封じます。直後にエマとジェシーが手下二人に当て身をくらわせ、沈黙させます。
懐に入った僕に対して、もうレイピアでの攻撃はできません。左手に持つマンゴーシュがあれば、対応できたでしょうけど、左腕の骨は砕かれ物を持つことはできません。
僕が肘撃ちや膝蹴りなどの短射程の技を立て続けに放ち、男は左腕の肘撃ちで僕から距離をとろうとしますが、繰り出す打撃の回転数が違います。ガシッ、ドゴッと鈍い打撃音が連続で入り、時折入れ込む魔法拳がシオンの身体にダメージを刻んでいるはずです。
「グハッ」
大きくシオンがうめき口から血を吐いた直後、僕は右の拳で全力の一撃をシオンの右胸に叩き込みました。全身の力を一気に集約させて放った僕の右拳は、シオンの右胸の肋骨をへし折り、シオンは口から大量の吐血をします。
力を放った僕の身体も、すぐに動くことはできませんが、これで勝負はついたでしょう。そう思った矢先、シオンの身体が前に崩れ、のしかかられると思った時でした。シオンの右腕と、折れた左腕が僕の背に回されていて、その場で足を払われた僕の上に倒れこみます。
「このっ、最後まで破廉恥なやつですね!!」
シオンに甲板上に組み伏せられた直後、彼の大きな体の所為で周囲が見えなくなります。払いのけようとした時、ドシュッっと剣が突き刺さる音と共に、左のお腹に焼けるような痛みが走ります。
「痛っ……!」
口の中に血の味が広がります。なにが起きたのか理解できなかった僕は、シオンがゆっくりと立ち上がったことで何が起きたか理解しました。
シオンが動くたびに痛みが断続的に僕を襲ったのは、彼の右わき腹に刺さったレイピアが、彼もろとも僕を甲板に縫い付けていたからなのです。倒れる直前に、レイピアを空中に投擲して、相撃ちでも狙ったのでしょうか? いずれにしても、恐るべき執念ですね。
「このぉっ」
左膝と左ひじを、僕の身体に刺さった剣身に叩きつけてへし折ると、右手でお腹を押さえて立ち上がります。
僕が立ち上がるのをみて、シオンはガクリと膝を落としてこちらを見ます。傷を押さえた右手の指で、残った剣身を挟んで引き抜くと、僕は傷に対して回復をかけます。下手に傷を残したままでは、イリスさんやユイに何を言われるかわかりませんからね。さっさと証拠隠滅です。
あっさりと傷を治療した僕をみて、シオンはさすがに戦意を喪失したようですね。
「……は、はは。自分の身体を犠牲にして、あんたの心臓を貫く事を狙ったんだがな……、残念ながら失敗した上に無駄だったようだな。
あんたは、やはり本物の戦女神の……様、だ…………」
そう言って、グラリと身体が揺れて倒れ伏します。僕は、シオンの背中に刺さったレイピアを引き抜くと、冷ややかな目線で彼を見下ろします。
「破廉恥な男を、戦死者の館に招くつもりはありませんよ」
シオンが苦笑を浮かべたのをみて、二人の手下と共に亜空間に収納します。はぁ、結構時間がかかってしまいましたね。すでに船も甲板際まで波が打ち寄せてきます。このまま肉食魚と戯れる気が無い僕たちは、7隻目の海賊船に転移しました。
そして、結局まともな戦いになったのは、6隻目の海賊船の頭、シオンとの一戦だけだったのです。




