何故分からないか分からないらしい
四天王第二位デュラハン回。
常に道に迷ってるけど、まあ頑張れ。
彼は困っていた。無い首を傾げる程に、困っていた。
今デュラハンは、自らが常駐する第二砦の付近で戦っていた魔物たちからの要請を受け、撤退する人間の部隊の追撃を終えた所だった。追撃に関しては何の問題もない、全員仕留めた。
だが、それ以上の問題がデュラハンを襲っていた。
デュラハンは要請を受けた時、とにかく早く戦場に辿り着くために単騎で出発した。そして急いでいたので持ち物は少なく、愛用の槍だけにした。そう、槍だけ。
コンパス忘れた。
地図忘れた。
この場所知らない。
帰れない。
さてどうしたものかとデュラハンは再度無い首を傾げた。上司に部下に同僚に、幾度となく言われてきた「コンパスだけでも持ち歩け」との命令ーーいや、懇願か。それを物凄く当然かの様に破ってしまった、それも何度目か覚えていない。
悲観的になるのも程々にして、デュラハンは辺りを見回してみる。ここは森の中らしく、辺り一面で緑が踊り、元から存在しない方向感覚を狂わせていた。
まあ、人間は追っ手を撒くために障害物が多い場所へ逃げ込んだのだろう、それを追い掛ければこの様な場所に辿り着くのも当たり前である。この分では例えコンパスと地図があってもダメだったかもしれない。
無い口で溜め息を吐く感じを醸し出しながら、デュラハンは地道に歩く事にした。森から出たら見知った場所だった、と言う事もあるかもしれないのだ。
それにまだ日も高ダメでした。既に辺りは闇に包まれ、高かったはずの太陽は月に変わっていた。ざっと五時間程度だろうか、歩きっぱなしでも森を出られなかった。
方向を間違えただろうか、とデュラハンは考えた。だからと言って来た道を戻るとすると、また五時間程のロスになってしまう。そして忘れてはいけないのが方向音痴である事。
そもそも来た道を戻れる保証が無い。
なのでデュラハンは諦めずに方向を変えず歩き続ける事にした。五時間も歩いたのだから夜の内には、最悪でも日が昇るまでには森から出ダメでした。
まさに無限の森。夜通し歩いて計十二時間以上、遂に明るくなってきてしまったが、まだ森のままである。
さて、ここで十二時間も休みなく歩き続けて大丈夫なのだろうかと思う御仁も居るだろう。だが、魔物生態学にも記されている様にデュラハンと言う魔物には肉体が存在しない。
つまり、肉体に溜まる筈の疲労と言う概念そのものが存在しないのだ。食事も呼吸も不要、アンデット系に共通する生態である。
だがデュラハンにも感情はある。疲れが無くとも歩くのが嫌になる事はあるのだ。厳密に言うと歩いているのはデュラハンの馬だが、この馬にも疲れの概念は存在しない。だが乗り手が嫌になるのだから、馬も嫌だと思うだろう。
デュラハンは馬から降りて、近くの丁度良い大きさの岩に腰掛けた。馬はその近くで何かをするでも無く立っている。
正直。
正直な話、帰れないだろう。真面目に考えてその結論に至ったのだ。
前は第四砦の防衛だっただろうか、魔王のメテオでの誘導が無ければ間違い無くあのまま森を放浪していただろう。だが今回はその様な事は起こり得ない。
デュラハンは少しセンチメンタルな気分で空を見上げた。魔王軍に伝わる流れ星を見れれば、との願いだったのだが、見上げた空は青かった。朝なのを完全に忘れていた。
デュラハンは何だか虚しくて死にたくなってしまった、もう死んでるけど。
しかし、そんなセンチメンタルは終わりを告げる。
見上げていた空、その視界の隅に黒いもやが浮かんでいたのだ。いや、本来なら何も見えない、デュラハンにしか見えないものが見えていた。
それは、死そのもの。死の具現化、死の予兆。死を司り、死を伝える存在であるデュラハンにのみ許された、死を可視化する力。
とにかく、死が一枚噛んでいる場合に出現するもやが見えたのだ。
「………………?」
何故なのか、とは思ったが深くは考えなかった。今は戦争中である、死などどこを向いても存在する。そんな適当な思考が、一瞬で晴れた。
争っているのは基本的に人間と魔物。ならばあの場所に行けば、魔物が居るかもしれない。魔物が居るならば第二砦まで送ってもらえる。
幸いデュラハンの方向音痴は魔王軍の誰でも知っている、小言や文句は言われても同行は断られないだろう。
デュラハンは急いで首の無い馬に乗り、その横腹を蹴った。上を向いて黒いもやを見ながらなら絶対に迷わない。道中の木は全てなぎ倒せば良い。
そして遂に森を抜け、黒いもやが発生する地点を見据えた。高い城壁に囲まれていて発生源は確認出来ないが、攻城戦でもしているのだろう。
城門が正面には見当たらない、恐らく回り込めばあるのだろうが……そんな事を考えている暇は無い。とにかく早く飛び込んで、早く送ってもらわなければならない。
だがデュラハンは『帰れる』と言う喜びから、致命的なミスを犯していた。冷静な彼なら違和感を抱いていただろう、攻城戦にしては黒いもやが少な過ぎる、と。
だが今のデュラハンにはそんな事はどうでも良いのだ。帰れるのだから。
槍を大きく振りかぶり、城壁へと突き立てる。すると一瞬で強固な筈の城壁は玩具の積み木の様に崩壊した。
城壁の中へと飛び込んだデュラハンは、その喜びに声にならない叫び声ーー魔力の振動を放った。
それは正に死そのもの。その城壁の中に、死の音が木霊するーー。
とまあ、そんな訳だが。
この話の終わりだけ話すとしよう。
デュラハンが飛び込んだ時真っ先に視界に飛び込んできたのは、大きな十字架とそれに縛り付けられた人間、そしてその下で火を付けようとしていた人間であった。
ここでは攻城戦などやっていなかったが、今正に処刑を行おうとしていたのだ。それも、魔王軍と関わりがあると言う罪でだ。
そう、ここは魔王軍関係で捕まった人間の収容所で、処刑場でもあったのだ。
確かに死は存在した、だが問題はそこではない。処刑の寸前に魔王軍四天王が飛び込んできたのが問題なのだ。
収容所と言う事もありそれなりの量の兵士が存在していたが、それは普通の魔物が攻め込んできた時用であり、決して四天王を相手取る事の出来る数ではなかった。その上相手は、こちらが多ければ多い程被害が増えると噂の『駆け抜ける終焉』である。
そんな訳で兵士たちは、防衛も忘れて蜘蛛の子を散らす様に逃げて行ってしまった。そして取り残されるデュラハンと縛り付けられた人間。
仕方なく槍で十字架を砕いたりして人間を解放し、とぼとぼとその場を後にしようとしたデュラハンをその人間は引き留めた。
勘のいい御仁は薄々気付いているかもしれないが、この人間こそが魔王歴史学の第一人者である。戦時中に敵国の歴史を調べまくってたらそりゃ捕まるわ。
とにかく、彼は調べに調べた歴史学を頼りに第二砦の場所を割り出し、正確な地図とコンパスをデュラハンに託したのであった。
とまあ、魔王軍加担者の収容所が魔王軍の四天王に襲撃されたとの状況から騎士団は『今後行われるであろう作戦の前段階の行動』と発表し、怪しげな人間に対する取り締まりを強化したと歴史に刻む事になったのだ。
その裏で、地図もコンパスも貰ったのに第二砦到着まで丸二日もかかったと言うデュラハンの話は……魔王歴史学の後書きに書かれている簡単な事実である。
デュラハンの出撃が、敵を倒して城に帰ってくるまでなのは最早魔王軍では暗黙の了解。
とにかく、無事第二砦に戻れたデュラハンと魔王軍の明日はどっちだ!