序章
序章
ふと頭をよぎった。
壁に板張りの内装を施した居酒屋での事だった。その板材にはたくさんの節があった。それを見て僕は子供の頃に住んでいた家の天井を思い出したのだ。
薄暗い部屋の中で床に就いたとき、どうしても気になる節がそこにあった。僕にはそれが人の顔に見えて仕方がなかった。昼間は特に意識したことはないのに、夜になると、その顔が僕に何かを訴えているようで、なかなか寝付けなかったことを思い出した。
「この壁の木目の節って不思議だよね。見方によっては人の顔に見えたりすることがあるでしょう?」
「えー?そうかなあ。全然、意識したことないよ。って言うか、止めてよ、そんな話。私、霊感が強いんだから。もう、この店、来られなくなっちゃうじゃない」
僕は一緒に店に来た奈央に話してみたのだけれど、彼女はバカバカしいと言わんばかりに話しを茶化した。
最近の家には和室が少なく、奈央の家も例外ではなかった。壁も天井もモダンなクロス貼りの内装だという。田舎育ちの僕の言う事が理解できないのも無理はないと思った。まあ、こんな話はとっととやめて、明日見に行く映画の話にでも切り替えようとした。その時、一瞬、僕は誰かに見られているような気がして体中から血の気が引いて行くような感覚を覚えた。
奈央に変化が現れたのは店を後にしてからだった。
「ねえ、なんか寒くない?」
店から出ると、外の空気はムってした真夏の夜特有の不快感をもたらした。なのに、奈央は寒いという。風邪でも引いているのではないかと僕は奈央の額に手を当てた。
「熱はないみたいだけど…」
奈央の額は熱が無いどころか異様に冷たかった。ちょっと冷房に当たり過ぎたのか…。いや、そうではないようだ。奈央の顔は青ざめていて、生気が感じられず、まるで死人の様だった。
「早く帰って来い。取り返しがつかなくなる前に」
「えっ?」
今、奈央の口から発せられた言葉は何だ?明らかに奈央の口調ではなかったし、まるで男のような声だった。
「ねえ、裕の田舎ってどこだっけ?」
そう質問してきた奈央はさっきまでの死人のような顔ではなく元の奈央の顔に戻っていた。声もいつもの奈央の声だった。体温も戻っている。
「九州だけど…」
僕は恐る恐る答えた。
「お盆に帰省する予定はあるの?」
「帰省?しないけど。金もないし…」
「早く帰った方がいいよ。お金なら私が貸してあげるから…。っていうか私も一緒に行くよ。明日、朝八時に東京駅で待ち合わせ!いいわね」
「は、八時?って、いきなりどうしたんだよ?映画はどうするの?」
「詳しい話は明日!支度があるから、今日は帰るわね。じゃあ」




