5.妄想女子と暴走王子
案内されたバルコニーに、まだエーリク様は来ていなかった。
護衛の兵士なのかな、各所に4人立っている。
エーリク様は王子様だから、近衛兵とかそういうのかもしれない・・・
はっ、まさかの騎士!?
ここが異世界ならば、それもありうるのかも!?
あ、いけない、いけない。
つい妄想が・・・一旦落ち着こうか。
深呼吸を繰り返し、遠くを眺めた。
バルコニーから望む景色は、それはもう絶景も絶景で・・・
目の前には、青空を映した広い湖と緑豊かな森が広がっていた。
もっと端っこまで行ってよく見たかったけど、勝手にうろつくのはきっとお行儀が良くない。
だから我慢する・・・
エマは少し離れたところに控えていて、私の大事なあの包みを預かってくれている。
先に座るのはやっぱり失礼だよね・・・
私は身の置き場がなくて、うつむきそうになった。
けれど、母の言葉を思い出した。
『いつ、いかなる時も姿勢よく前を向きなさい』
ハッとして姿勢を正す。
空は晴れ渡っていた。
時計がないからわからないけども、太陽の位置からして7時から8時くらいかなと思う。
バルコニーには大きな庇がかかっていて、明るいけども眩しくはなかった。
広さに対して、置かれている楕円形のテーブルはそんなに大きくない。
8人くらいは座れそうだけど、用意された椅子は2脚だけ。
外の景色を楽しめるよう、並べて配置してあった。
これってエーリク様と私の二人で座るのよね?
そんなことを考えていると、
「待たせたか?」
後ろから声がかかった。
驚いて振り向くと、あのタンザナイトの瞳と目が合った。
「い、いえ、大丈夫です」
なんとかそう答えた。
昨日はつい、彼を見て母の姿を重ねたけれど、こうして日の光の下よく見てみると全然違った。
外国人の母を持つからと言って、髪と目の色だけで似ているだなんて・・・
うん、どうかしてた。
だって・・・ずっと寂しかったんだもん・・・
エーリク様は背が高い。
体つきだって、決してゴツくはないけど肩幅も胸板も鍛え上げられた逞しさを感じる。
それでも、彫刻のように芸術的なその美貌だけは、やっぱり母を彷彿とさせた。
私はエーリク様から目をそらせず、彼もまたそうしなかった。
けっこうな時間、互いに見つめ合っていた。
「・・・本当に、同じ色をしているのだな」
エーリク様は私を見つめながらそう言った。
先ほどエマがコンタクトを渡していた人から、きっと話が伝わっているのだろう。
もしかして、黒い瞳のほうが好きだったのかな?
珍しそうだったし・・・
そう思うと、少し残念な気もした。
いやいやいや、何好かれようとしてるのさ、自分。
エーリク様は一国の王子様だよ?
そのまま彼に手でテーブルに着くよう促され、エーリク様と共に現れた男性が後ろから椅子をひいてくれた。
彼はたしか昨日、エーリク様の傍に控えていた男性だ。
明るい栗色の髪に黄緑色の瞳、これまたとても整った顔立ちをしていらっしゃる。
ありがとうございます、のつもりでぺこりと頭を下げた。
彼は私と目が合うと、一瞬大きく目を瞠った。
それから頬を赤くして、椅子に座るよう促された。
でも、私はまだ名乗ることさえできていない。
挨拶は基本中の基本でしょ!と自分に気合を入れ、エーリク様を見上げた。
「あの、エーリク様? いえ、王太子殿下」
私は一歩下がって呼びかけた。
ひとつ深呼吸して、姿勢を正す。
そして、母に教えられたとおりのカーテシーをとった。
「昨日は大変失礼をいたしました。
私は羽屋あさひと申します。どうぞアーシャとお呼びください」
そう言ってほほ笑むと、なぜかハッと息をのむような音が周りからも聞こえた。
しばらくの沈黙・・・
なにか間違っていたのかな?
でも、お母さんには合格点をもらっていたし、久々のカーテシーだったけどもきっと大丈夫なはずだよね。
「殿下?」
気まずくて、そう呼びかける。
エーリク様はなぜか頬を赤らめて、コホンとひとつ咳ばらいをした。そして、
「エーリクだ」
昨日と同じように言った。
「・・エーリク様」
「違う」
エーリク様は一歩近づくと、「呼び捨てがいいんだ」と言って左手の親指で私の頬をなでた。
触れられたところから熱を持つ。痛いわけじゃない。
「・・わかりました」
エーリクに触れられ、ぼーっとする頭でどうにか答えた。
背中に手を添えられ、席につくよう促される。
昨日と違って、彼は初めから手袋をしていなかった。
今度こそ椅子に腰かけた。
私たちが座るとすぐに、コーヒーや焼き立てのパン、オムレツやフルーツなどがテーブルに運ばれてきた。
「まずは朝食にしよう」
エーリクはそう言って優しく笑むと、私が気兼ねしないようにかすぐに食事を始めた。
コーヒーを飲むしぐさひとつとっても優雅で美しい。
そんな王太子殿下と朝食・・・
ああ、さすがに、この状況の異常さから目をそらせなくなってきた。
私だっておかしいなって、さすがに気づいてるんだよ・・・
だって、いきなり白い光に包まれて、気が付いたら異世界の王子様と出会っていました~!って、そんなの誰がすぐ信じられるっていうの??
夢オチの線は消えたし、どっきりでしたって線もないでしょ、手がかかり過ぎだもん。
私なんかびっくりさせて誰得なのかって話だよ。
じゃあ、何?って考えたら、もう異世界に召喚の線しかないもん・・・
もしかして、もう二度と元の世界には帰れませんとか、そんな感じなのかな・・・
だけど、なんだろう。
私、そこはそんなにショックじゃないかも・・・
スマホとかお財布とか全部置いてきちゃったけど、私の大事なものはちゃんと持ってきたから。
フツーの女の子だったら、まず取り乱したり、帰りたいって泣いたりするんだと思う。
まぁ、違う理由で泣きじゃくりましたけどね・・・
でも、こんなお姫様扱いされて、超イケメン王子に優しくされて・・・
なにか裏があるの?とか思っちゃう。
だって、異世界だよ。絶対、魔法も存在するんだよ、召喚されたし。
まさか・・・魔王とか倒しに行くのかな・・・?
でも私、勇者じゃないから・・・ 聖女の線は・・ないわー
あ、シンキングタイムが長すぎました。なにはともあれ、まずは朝食ですよ。
って、私、先ほどからきちんと頂いておりましてよ、ホホホ。
私には母から叩き込まれた礼儀作法がある。
頭の中は妄想と現実のはざまを行ったり来たりで忙しいのに、傍目にはそれを微塵も感じさせない。
私のテーブルマナーは、大物相手でも揺らぎませんよ。
『どこかできっと役に立つから』
お母さん、厳しく育ててくれて本当にありがとう。
小さい頃から頑張ってきたことが今、やっと日の目を見てるよ。
よーし、こうなったら少しでも素敵に振舞えるようがんばろう。
私は美しかった母の姿を思い出しながら、真似をするよう優雅に食事を進めた。
ふいにエーリクが、
「アシャ・・ヒ? 難しいのだな」
とつぶやいた。
母と同じように、あさひの「さ」の字が「しゃ」となってしまう彼に、思わず笑みがこぼれた。
エーリクはそんな私の顔を見て、頬を赤らめた。
あ、笑ってしまって失礼だったかな!?
不敬とかだったらどうしよう・・・
「あの、母も・・・その、名前が呼びにくいと言って、幼い頃より『アーシャ』と呼ばれていました」
フォローのつもりでそう言って、少し笑ってみた。
エーリクは別段機嫌を損ねた風でもなく、ただ「そうか」と言った。
そして、
「アーシャ・・・」
と、小さく呼んだ。
「はい」
答えると、エーリクが優しく笑ってくれた。
やだ、やだ、なんかすごく恥ずかしい・・・
顔を覆って床で転がりたい。
でも、それは耐えてみせましたとも。
私は照れを分厚い仮面の下に隠し、ふたたび食事を始めた。
お料理はどれも本当に、最高に美味しかった。
***
食事が済んで、今、二人で景色を眺めている。
私の右手はエーリクの左手につかまってしまって、なぜか彼の太腿の上なのだけれど。
先ほどからずっと沈黙が続いている。
エーリクの表情は緊張からか少し硬い。
きっと、これからとっても大切な話をしてくれるんだと思う。
私はエーリクの言葉をおとなしく待つと覚悟を決めていた。
なぜ、私がこの国に呼ばれたのか。
ここでの私の役割は何なのか?
やっぱり魔王とか魔物と・・戦ったりするのかな・・・
気にしだすと、魔王討伐の線が一番ありうるように思えた。
でも、それは嫌だ・・・魔物なんて見たことないけど、戦うなんて怖いに決まってる・・・
エーリクが何も言わないから、私はそんなことをぐるぐる考えていた。
やっと、エーリクが動いた。
つないだ手はそのままに、彼はおもむろに立ち上がると片手で椅子を退かせた。
いよいよだ・・・
黙ってエーリクを見つめていると、彼は神妙な面持ちで私の前に跪いた。
昨日と違って、片膝を立てた姿勢で。
来る――― そう思って覚悟した時だった。
「アーシャがほしい」
そう言って、つないでいた私の右手の甲へキス・・をした。
「ほぇ???」
思わず、間抜けな声を上げてしまった私をどうか許してほしい。
エーリクはそんな私などお構いなしで、さらにその手をひっくり返すと、壊れものを扱うかのように
そっと掌にもキスを落とした。
それからじっと、瞳を潤ませて私を見上げている。
懇願するように見つめられ、冗談でないことだけはわかった。
けど、
・・・誰かー!
きちんと説明できる人、大至急お願いします!!
とりあえず、あてになりそうな側近らしき彼を見ると、
「あ゛~~っ」とか言いながら額に手を当てていた。




