2.彼の事情 ~ERIKS SIDE~
先日、やっと18歳になった。
成人して、妃を迎えられる歳となったのだ。
これまで手を尽くして国中、大陸中を探してきたが、私の伴侶となる「時の魔法」の使い手はいまだ見つかっていない。
私が能力を発現させた3つの頃より、ずっと国を挙げて探し続けているというのに・・・
我が国、北の王国ノアランには建国から500年余り経た今でも変わらぬものが3つある。
一、王族は皆この青紫の瞳を持って生まれること
二、王族の何世代かに1人、時の魔法使いが生まれること
三、時の魔法使いには必ず伴侶となるパートナーがどこかに存在するということ
今代、時の魔法の使い手は第1王子である私だ。
父である現国王にも、弟たちにももちろん能力は発現していない。
先代の使い手は王女だったらしい。
曾祖父の姉にあたる方だが、若くして亡くなられたそうだ。
それ故、パートナーの記録どころか詳細についてもあまり遺されていない。
時の魔法の使い手は、総じて人に触れられるのを嫌うという。
私自身もそうだし、王家に伝わる過去の使い手達の記録にもそう書かれている。
手袋等、布越しであれば問題ないが、直接肌に触れられた場合に刺すような痛みや熱いものに触れたかのような刺激が走るのだ。
時の魔法の使い手が安心して触れられるのは、パートナーである互いのみと言われている。
そのため、3歳で能力が発現して以来、私は他人に触れるのが怖くなった。
父上も母上も、私に触れる時はいつだって手袋越しだった。
双子の弟達が生まれて、その愛らしい頬にそっと触れてみたことがある。
けれどやはり、ビリっと刺激が走ってすぐに手を引っ込めてしまった。
あのぬくもりを感じたい・・・
能力が発現するまでの記憶が、幸か不幸か私にはあるのだ。
触れてほしい、撫でてほしい、抱きしめてほしい・・・
それから、触れたい、撫でたい、抱きしめたい・・・
まだ見ぬ伴侶への想いばかりが募っていた。
***
側近のスヴェンとともに儀式の間に入った。
スヴェンとは乳兄弟であり、腹心の友でもある。
スヴェンの母親であるエマは公爵夫人ではあるが、私の乳母でもあり元は王宮仕えであった。
だから、この度私の伴侶を召喚するにあたって、一時的に伴侶の世話係を任じた。
床に描いた、伴侶召喚の魔法陣。
男なら成人すれば誰でも使える、伴侶を得るための魔法だ。
自分の力で伴侶を見つけ出すことが主流となって久しい。
『魔法に頼るなんて!』
『突然召喚される相手の気持ちも考えて!』
と、この魔法に対する女性陣の評価はすこぶる低い。
しかし、それがなんだと言うのだ。
私はもう15年もの間、伴侶を待ち焦がれているというのに・・・
魔法はいたって簡単だ。
ただし詠い間違いなど、失敗は許されない。
生涯、ただ一度きりの召喚魔法なのだから。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
情けないが、緊張で手が震えた・・・
ちらりとスヴェンを見やると、大きくひとつ頷いてくれた。
大丈夫だ、必ず成功する。
そう信じてスペルを唱える。
『わが愛しき半身よ・・・
我のもとに来りて祝福の抱擁を与えたまえ』
無事に詠唱を終え、左手の薬指に魔力を集めて魔法陣に触れる。
途端に、それは白く強い光を放った。
光と風がやんだ時、椅子に座った黒い髪の少女が現れた。
思わず息をのんだ。
これが、私の・・伴侶なのか・・・?
とにかく召喚魔法が成功したことに安堵したと同時に、見たこともない黒髪に目を奪われていた。
その髪は長くつややかで、とても美しかった。
少女は木製の質素な椅子に腰かけていた。
地味な服を身にまとい、胸に何かを抱き込んだままうつむいている。
恐る恐る周りに目線をやった後、ようやく彼女は覚悟を決めたように顔を上げてくれた。
髪と同じ、黒い色の瞳と目が合う。
今度は彼女がハッと息をのんだ。
そして、なぜか私を凝視したまま、「おかあさん」と呟いた。
その瞳はまだ驚きに見開かれたままだ。
なぜ、母と呼んだのだろうか・・・?
近づいてみると、彼女の美しさに心が躍った。
あどけなさと色気、相反する魅力が垣間見えた。
触れてみたい、と本能が暴れだしそうだった。
エーリクだと名乗ると、不思議そうな顔をして名を呼んでくれた。
彼女に名を呼ばれただけで、嬉しさに声も出なかった。
もっと近くで彼女を見たくて、私は思わず跪いていた。
慌てて近寄ろうとしたスヴェンに、大丈夫だと左手をあげた。
彼女と見つめ合う・・・
触れたい、確かめてみたい・・・
はやる気持ちを抑えきれず、手袋をとる指が震えた。
そして彼女の頬に、そっと・・指先で触れてみた。
ああ・・・なんともない。
確かめるように指を滑らせ、掌全体で頬を包み込んでみる。
なんて温かいのだろう・・・
彼女のほうも、きっと予想された刺激に一瞬身構えたようだった。
そして私同様に、触れられても何も起こらなかったことに驚いて目をみはっていた。
それから彼女は、私の右手に自分の小さな手を重ね、頬を寄せてくれたのだ。
ああ、なんという幸福・・・
しかし、なぜか直後に「おとうさん」と・・・??
彼女は美しく、愛らしい。
私の姿を見て、母や父を呼んだりもしたが、きっとなにか理由があるのだ。
その証拠に、目の前の彼女は今、目に涙をいっぱいためている。
下唇をぎゅっと噛んでそれに耐えている。
彼女も、私と同じようにぬくもりに飢えていたのだろうか・・・
その表情に胸がつまりそうになって、無意識に体が動いた。
私の手が彼女の頬から離れた瞬間、その潤みきった瞳からとうとう涙がこぼれ落ちた。
私は彼女の後頭部を引き寄せ、背中にも手を回してぎゅっと抱きしめた。
華奢だった。
しかし、たしかに女性の身体だった。
ふんわりとやわらかい。
鼻をくすぐる甘い香りにどうしようもなく愛しさがあふれた。
彼女は堰を切ったように泣きだした。
右手に何かを大事そうに抱え、左の手は必死になって私の背中をかき抱いている。
触れてみたかった、撫でてみたかった。
抱きしめてほしかった・・・
ああ、私はついに伴侶を手に入れたのだ。
タイトルのERIKS SIDE は英語ではないので、’は書いてないです。デンマーク語のつもりです。