64話 モンスターパニック
あれから、今後どう動くべきかを考えた。
まず、特効薬の材料集めとギルドは必要経費と割り切ることにした。
だから、その2つをさっさと終わらせる。
そして、それが終わったら本格的にレベル上げをする。
もっとも有効な手段は、何が来ても対処できるように己の力を高めることだと考えたからだ。
そして、現在は秘氷のダンジョンに来ている。
セリアとセレナの2人とパーティを組んだはずなのに1人でな。
セリアが言うには『秘氷のダンジョンなんて低レベルの場所には行けないわ』とのこと。
まあ、だいたいから利益もない。
そして『中堅クラスの冒険者は、最低でも数百万エルの利益が出ないと動かないのよ』と澄ました顔で言っていた。
な~にが、動かないのよだ!
ちきしょう、セリアの守銭奴め!
どうやら、俺は何処まで行ってもボッチらしい。
ちなみに、今回採掘に来た秘氷水晶は砕くとひんやりとした令気が出るため主に冷蔵庫などの空冷に使われる消耗品だ。
常に需要があるので採掘に来る冒険者が絶えることはないとの事だ。
もっとも、割りが良いかと言うとそうでもない。
秘氷のダンジョンは北の方ならたくさんあるそうで、リスクと経費を差し引くとせいぜいが遠くから輸送する費用分くらいの利益なのだそうだ。
そして、この場所にある秘氷のダンジョンは、採掘を始めて初期の段階で坑道がダンジョン化してしまったので1本道なのである。
当然ながら、採掘場までの通り道の魔物はすべて駆逐されるので、採掘に来る冒険者達はたまに沸いた魔物を倒すだけになる。
そのため、ベテラン冒険者は新米冒険者を何人か雇って、秘氷の水晶を運ばせて金を稼ぐのが日常になっているそうだ。
ただ、この場所の秘氷のダンジョンには1つだけ危険な事があった。
それは、モンスターパニックがそこそこの頻度で発生することである。
まあ、それでも冒険者は危険を承知で金を稼ぐ。
モンスターパニックが起きたらのなら、命がけで出口まで走って逃げてまで。
それが嫌な新米冒険者は薬草クエストなどで地道に装備を整えるのだ。
俺が認識していたのは、モンスターパニックの事と出現する魔物の事だけだ。
諸事情は詳しく知らない。
そのため、秘氷のダンジョンに気合を入れて来て、本来なら拍子抜けして終わるだけだったのだが……
傷だらけの冒険者3人が、秘氷のダンジョンから転がる様に飛び出してきた。
なんだ? 争い事か?
ただならぬようすに巻き込まれないように隠れて状況を窺う。
「ついてねえ、モンスターパニックかよ」
「入り口まで発生しているから規模がでかいぞ! ギルドに急いで連絡しないと」
「待っでくでよ! チップとデールがいないんだ! きっど、まだダンジョンの中だ」
体格はいいが小太りで幼い顔をした冒険者が、ベテランと思われる2人の冒険者に必死な顔で嘆願していた。
「だめだ! あきらめろキール、運が悪かったんだ」
「そうだ、お前らもモンスターパニックは承知の上だろ?」
「俺らはギルドに報告に行かないといけない。残念だが助けに行くのは無理だ」
そう言うと、2人のベテランらしき冒険者は去っていった。
しばらく俯いていたキールと呼ばれていた少年は、顔を上げると無謀にもダンジョンに突入していった。
だが、すぐに血まみれになって飛び出して来ると入り口の傍に倒れて動かなくなる。
隠れて様子を窺っていた俺は慌てて飛び出した。
「おい、大丈夫か? うっ! この傷は」
傷だらけのキールと呼ばれていた少年に迷わず特効薬を使用する。
傷がかなり酷くて、ソーンでは間に合わないかもしれないと思ったからだ。
それにしても、まさかモンスターパニックが発生している状況でダンジョンに無謀に突撃するとは。
しかも、キールと呼ばれていた少年は盾はおろか鎧すら着けていないのだ。
無茶しやがって!
「おい、しっかりしろ」
「うぅ、お願いじます。チップとデールをだじげで……」
そう言うと、キールと呼ばれていた少年は意識を失ったようだった。
まいったなあ。
断る前に気絶しやがって。
俺がこいつがうずくまっている間も身を隠していた理由は、絶対に助けてくれと懇願されると思ったからだ。
正直な所、俺では手に余る。
助けられたら助けるが、見ず知らずの人を助けるために自分の命を賭けるなど絶対に御免だ。
だから、関わらなければそのまま去ろうと思っていたんだ。
しょうがねえな。
やるだけはやってみるか。
普通なら出直す所だぞ?
キールと呼ばれていた少年を安全な場所まで運ぶと、ダンジョンへと歩みを進めた。




