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パラ・フィリアシステム  作者: ぽける
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第三話 水の音

 あれから何時間経っただろうか。人の影に怯えながら、重々しい武装に身を包んだ警官たちから逃げるように走り続け、やっとの思いで自分の住んでいるアパートにたどり着いたときには、もうすでにあたりは暗くなり、日は沈んでいた。

 街頭の明かりがポツリポツリと道を照らしている中、俺と彼女は小走りで俺のアパートに向かう。

 玄関の鍵を開け、ゆっくりとドアを開けた。中は真っ暗だ。誰かがいるような気配は微塵も無い。

 ようやくほっと胸をなでおろし、廊下の電気をつける。

「殺風景な部屋ね」

 緑髪の女性、青井碧は唐突にそう言った。その言葉に俺は顔を苦笑いを浮かべつつ、彼女をソファーまで案内する。

「ここまで来るのに随分時間がかかったし、喉が渇いたでしょう? コーヒーにする? それとも緑茶がいい?」

「緑茶で」

 そう無愛想に言うと、青井碧はソファーに静かに座った。警戒しながらあちこち注意深く観察している。我ながらそんなに怪しい人間に見えるんだろうか。

 少々ショックを受けながらも、俺は彼女に緑茶を出した。そして向かい合うようにすわり、ゆっくりと彼女が話すのを待つ。

 しかし、彼女はあれから一言もしゃべらず、三十分が過ぎた。そろそろ痺れを切らした俺は何か言おうと唸ってみるも、何も言葉が出てこない。

「あと三十分経ったらここ、出て行くから」

「えっ……」

 吐き捨てるようにそう言うと、ようやく青井碧は緑茶に口を近づけた。一口飲むと、ごくりと喉を鳴らし静かにコップをテーブルの上におく。

「そんなに慌てなくても、一晩泊まっていきなよ」

「それは無理。彼らはきっともうすでにここを突き止めているわ」

「も、もしそうであったとしても、仮にもあいつらは警察だよ? 勝手に人の家に入れるわけ無い」

「だったら、出るように仕向けるんじゃないかしら? 私たちがこの部屋から必ず出たくなるように」

「それはどういう意味……?」

 俺の質問に返答せず、青井碧は壁にかけてある時計を注意深く見ている。後、二十五分か。

 今のうちに聞けるだけの事は聞いておくか? フィリアの女性と話せる機会なんて、この先二度とないかもしれないし。

 それに、彼女がどこからやってきてどこに向かっていこうとしているのかも気になる。

 けど、聞けそうな雰囲気に無い。あきらかに彼女は俺に対して警戒心を抱いてる……。まあ、それは無理も無いんだけど。

 今日会ったばかりの他人に、いきなり自分のことをべらべらしゃべる奴なんていないからな。よっぽど警戒心の無い奴ならまだしも、相手がフィリアの青井碧となると……。

 それでもやっぱり沈黙には耐えられず、意を決して聞いてみることにした。

「なぁ、その……青井さんは今までどこにいたの?」

 突然の俺の質問に、無表情で睨み返してくる。思わず俺は目を横に逸らしてしまった。

 まずいこと聞いてしまっただろうか? 急に心配になる。彼女はしばらく無表情で睨んだ後、ようやく重い口を開いた。

「碧でいいわ」

 若干驚いたが、名前で呼ばせてもらえるということは、彼女も俺とあまり年が変わらないと思っているからだろうか? だとするとだいたい十六歳くらいなのか。

「わかった、俺のことは酉島でいいよ。碧は今までどこで暮らしていたのか教えてもらえるかな。そしてあの女の人のことも」

 聞きたいことは山ほどあったが、今一番聞きたいのはこの二点だ。

「なぜ、貴方がそこまでフィリアについて知りたいのかわからない。大して面白い話でもないのに」

「ま、まあいいじゃん。まだ二十分近くあるし、暇つぶしがてらにでも教えてほしいんだけど……もちろん、話したくないっていうなら別の話題にするけど」

 碧はため息をつき、何かを嫌な事を思い出すような、苦々しい表情になりながらしゃべり始めた。

「別に、貴方が知りたいような面白いものでもない。私がいたのは、フィリアたちが集められる収容施設みたいな所。ここから恐らく、二~三キロ離れた場所にある小さな施設。そこで私たちは人権を無視した、非合法な人体実験のモルモットにされていた」

「そんなに近くに……そんな場所があるなんて。フィリアたちということは碧以外にもいるんだね? フィリアがここに」

 碧は静かにうなづいた。フィリアがこの日本にまだいる。それも、収容施設というくらいだから一人二人じゃないんだろうな。

 おそらく政府の人間や一部のお偉いさんくらいしか、その事実を知ってるものはいない。この日本には何十年間もフィリアが現れていないと思っていたが、それはどうやら違うようだ。

「碧以外のフィリアは……?」

 恐る恐る聞いてみた。碧は顔を曇らせて唇をかみ締めている。緊張を和らげようとしているのか、ゆっくり息を吸って吐いてを繰り返している。

「ほとんどの仲間はあいつらに皆殺しにされた。慈悲なんてあいつらに無い……、施設からここまで逃げる間に二十人近くいた仲間はもうほとんどいなかったわ」

「二十人!? そんなにフィリアがいたなんて……」

「施設には百人近くいたわ。多分表には出ないんでしょうね。貴方の反応を見てるとそう思う」

 知らなかった……それじゃあ、ずっと政府はこの事実を隠していたってことか? 政府はどうしてそこまでフィリアの事を隠したがるんだ? どうしてそうまでして隔離しようとする? まるで彼らが人類の敵だと言わんばかりの対応じゃないか。

 特別な力を持った人間たちを、政府は人類の敵として排除しようとしているのか? なぜだ、彼らがいったい何をしたって言うんだ。

「そして、貴方が話したいかにも偉そうな制服を着て、見下したように見ていた彼女は俗に「アンチ」と呼ばれているわ」

「アンチ?」

「簡単に言うなら、異能者専門の殺し屋。と言った所かしら」

「そんな奴が何で……」

「私を殺す為だと思うわ」

 そう言って彼女はまた一口、緑茶を飲んだ。自分がそいつに殺されかけているって言うのに、まるで他人事のように話している。命を狙われていると言う自覚が無いのか? それとも、そんな自覚がうせるほど殺されかけてきたのか。

「そういえば、さっき聞きそびれたけど貴方はどうして私の能力を知っていたの?」

「あ、それは……父親の酉島総一郎が残した資料に君が載っていて」

「それで、私を追いかけたの?」

「まあ、うん……そういうことになるね」

 碧は唐突にテーブルに置いていた、スーパーで買った半額のもやしの残りを手に取った。

 手のひらに数本乗せると、しなびていたもやしは元気に青々と大きく成長し始めた。

「それが君の能力のデンドロフィリアか」

「そう、植物を操る能力。でも、この日本じゃほとんど私の能力なんて役に立たない。こんなコンクリートに固められた世界じゃ、木々の声なんか聞こえない」

 そう言うと、成長して大きくなったもやしを彼女はテーブルの上に置いた。

「だからこそ、あんな場所一刻も早く逃げたかった。誰だってそう思うわ。あそこは私たちにとってあまりにも狭すぎる」

 そう言って彼女は時計を確認した。時間はすでに残り五分になっていた。

 静かに碧は立ち上がると、俺に向かって一礼した。

「ありがとう。でも、もうこんなことはしないで。人間と私たちはやっぱり相容れないものなの。ここで私一人を助けたところで何も変わらないわ。だから、もう私たちに関わらないで」

「で、でも……まだ五分あるし……」

「さすがにこれ以上長居は出来ない。どっちにしろ私に逃げ場なんて無いの。前に進み続けるしかない。だから、貴方とはさようなら」

 そういって碧はゆっくりと玄関に向かって歩いていった。俺には彼女を止められない。彼女の抱えた覚悟と重みは、きっと計り知れないだろう。

 なんとなくそう感じる。きっと彼女の目を見ていて覚悟を感じたからだ。誰も彼女をとめることは出来無いだろう。止められるのは、彼女と同じ覚悟を持った奴だけだ。

 ふと、キッチンから水が出ている音が聞こえるのに気づいた。それ自体何の不思議なことも何も無いんだが、俺は違和感を感じた。

 俺はいつ蛇口を捻った? さっき緑茶を入れるときに蛇口から水を出したが、ちゃんと閉めた記憶はある。嫌な予感がしつつ、俺はキッチンのほうに向かっていった。

 すると、蛇口からは止め処なく水が出ている。俺は蛇口を閉めようと懸命に回すもビクともしない。反対にまわすとすんなり回せたが、水が止まらない。

 それどころか少しずつ勢いが増して来てる。まずい。これは何かまずい。

 俺は碧を引きとめようと玄関のほうに向かった。すると、廊下の突き当たりにある風呂場からも、水が勢いよく出る音が聞こえる。

 フローリングはあふれた水で、ビショビショになっていた。これは……大家に知られたらまずいな。

 そんな危機感のないことを思いながらも、玄関から出ようとしている彼女を止めた。

「ちょっと待ってくれ。今出るのは危険だ」

「どうして?」

「水が止まらないんだ。誰の仕業かわからないけど、すごく嫌な予感がする。玄関からじゃなく別のところから出たほうがいい」

 そう言って俺は碧の手を引っ張った。しかし、彼女は何か考え込むようにその場に立ち尽くしている。

「アクアフィリア(溺水性愛)……もう追いつかれた、遅かったみたいね」

 そう彼女がつぶやいた瞬間、何かが爆発したような音とともに、水が大量に押し寄せてきた。

 尋常じゃない光景に俺はパニックになった。水と言う水が、部屋の中を瞬く間に満たしていく。

 その場から一歩も動けず、呆然と立ちすくしていた俺を尻目に碧はベランダのほうに向かっていく。彼女はベランダを開けようと懸命に引っ張っているがまったく動かない。

 しばらく、その光景を呆然と眺めていた俺ははっと我に帰り、水が膝まできている中必死に歩いた。

 彼女と一緒にベランダの窓を必死に開けようとするも、ビクともしない。

 こうなったら、窓を壊してここからでるしかない。そばにあった椅子を振り上げ、思いっきり振り下ろした。

 

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