第一話 デンドロフィリア
いつのころから現れたのか定かじゃないけど、この世界には特別な力を持った人間がいる。
その特別な力を持った人たちは、「異能者」と呼ばれ、古くから「魔女」または「悪魔」と蔑まれ忌み嫌われてきた。
そして、現代。人の感情には物理的に干渉できる力があると、提唱した科学者が現れた。
その科学者の名は酉島総一郎。俺の父親だ。
彼の書いた論文は世間を騒がせそしてこの世界の常識をことごとく変えてしまった、取り返しが付かないほどに。
それは、いい意味でも悪い意味でも。しかし、父親は俺が生まれてすぐ、姿を消した。今からもう十六年前の話だ。
父親のことを詳しく知りたいとも思わないし、今更会いたいとも思わない。
ただ、俺は「フィリア」という人間たちにとても興味がある。親の血のせいかなんなのか、ただ単に興味本位とも言えるが、今の俺は「フィリア」の事で頭がいっぱいだ。
「異能者」と呼ばれる彼らが、どのようにして生まれ生きているのか。いったいその力はどこから来たのか。それは、普通の人間にも可能なのか。
知りたいことは山ほどある。しかし、もうこの数年「フィリア」は日本で確認されてない。
だからこうして、学校の図書館で資料を漁る事しか出来ないんだ。
ここは、私立滋野ヶ原高等学校。特に有名でもなんでもない、一般の普通高校だが、以前ここには「フィリア」が存在していたらしい。
少しでも「フィリア」の存在に近づきたくて、俺は今年この高校に進学した。
だが、現実は俺の期待とはまるで違った。たしかにここには何十年も前、「フィリア」が存在していたがそれだけだった。
これといった詳しい情報も、目新しい資料も何もない。俺がここに来た意味はほとんどない。
何かあるんじゃないかと図書館に来てみたものの、そこには今まで見てきた物とほとんど変わらない「フィリア」の情報だけ。いや、俺の持っている情報より少なかった。
父親の研究資料は十六年前、ほとんど政府の人間に持っていかれたが、一部の資料は隠していた為、手元に残った。
だがまさか、その隠し場所が屋根裏とは。見つからなかったのが奇跡だった。
しかし、手元に残った情報はある一人の「フィリア」の情報だけ。たったそれだけだ。そのフィリアはかつてこの高校にいた「フィリア」の子供らしい。
生きてれば、俺と同じくらいの年になっているはずだ。生きていれば。
彼女の名前は、青井碧。フィリアとしての能力はデンドロフィリア(樹木性愛)。草木、自然と会話し操ることが出来るらしい。およそ、現実ではありえないことだが。
しかし、彼女が今まで生きている可能性はほとんど零に近い。なぜならこの日本、いや世界は「フィリア」にとってはとてつもなく理不尽であり、生き地獄とも呼べるからだ。
この世界では「フィリア」は見つかり次第、殺処分もしくは人体実験の道具にされてしまう。
人権は「フィリア」には通用しない。人は「フィリア」を人間とは認めていないのだ。
人は自分たちの脅威にいずれなるかもしれない彼らを、あらゆる手段で排除していった。それはまさに現代の魔女狩りだった。
父は悔やんでいたのだろうか? 「フィリア」と言う存在を明らかにしたことによって「フィリア」たちが迫害されたことに。
いや、今更父親がどう思っていたかなんてどうでもいいことだ。
俺は「フィリア」に関する本を本棚に戻すと、図書館を後にした。
校庭からは部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえる。窓から差し込んだ夕日が、一日の終わりを告げているようだった。
三階の図書館から一階に向かって階段を下りていると、ふと誰かに声をかけられた。
「よう、酉島」
「イソジか。何のようだ」
「何のようだ。じゃねぇだろ、どこ行ってたんだよ、昼休みからずっとサボってたのか?」
「ちゃんと早退届けは出したはずだが?」
「早退届をだしたのに、なんでお前は今まで学校にいたんだよ」
「ちょっとした調べものだ」
俺を怪訝な顔で睨んでくる今風のお洒落な髪型をした、人のよさそうな顔をした男は、同級生で腐れ縁のイソジだ。本名は磯山筒児。何かと突っかかってくるお節介な奴だ。
イソジは俺の後をため息をつきながら付いてくる。
「まあいいけどよ。サボるなら俺にも声かけろよな。親友だってのによー」
「親友だったか?」
「地味に傷つくぜ……」
「冗談だ。図書館で「フィリア」について調べていただけだ」
「また「フィリア」か。そんなのばっかり調べてるから、高校生になって一ヶ月たったてのに友達が俺だけなんだぜ」
「あまり気にしてない。それに、騒がしいのは好きじゃない」
「へいへい……お前って変なところで神経質だからな」
イソジは皮肉交じりに言葉を返す。俺は一階まで階段を降りきると、そのまま校庭に向かって歩いた。ふと、廊下の奥を誰かが横切った気がした。一瞬だけ。
緑色の髪が見えてそして物陰に消える。俺はその光景に酷く懐かしさを感じていた。
「酉島? どうした?」
「いや、なんでもない」
見間違いだろうか? もう一度廊下の奥を見てみるが、誰もいない。もし、いたとしてもすでにそこにはいないはずなのに、なぜか気になってしょうがない。
イソジと別れ、高校から徒歩数十分のバス停の前についてもあの緑色の髪が気になってしょうがない。どうしてそんなに気になるのか、自分でもわからない。
もやもやした気持ちを抱えたまま、定刻どおりにきたバスに乗り窓際の席に座る。
空は気が付く徐々に曇っていて、後数時間後には降り出してしまいそうだった。幸いバス停から家までそんなに遠くない。雨が降り出す前には家に帰れそうだ。
ゆっくりとバスが発進しようとすると、急にバスは停止した。後ろから車が来ている様子も、救急車が通る様子もない。バスの中は徐々にざわついてきた。
渋滞か? 前方確認するも信号まで車は一台も無かった。いよいよ、嫌な空気を感じ始める。
突然アナウンスが流れた。何事かとバスの中はさらにざわついた。
「付近で異能者が確認されました。繰り返します、付近で異能者が確認されました。安全のため一時停車いたします。くれぐれも安全のためバスの車内で待機してください」
異能者。その言葉に心臓が飛び跳ねそうになった。この数十年、日本では一度も確認されていないフィリアがこの近くにいる。すぐにでもバスから飛び出して自分の目で確かめたかったが、どうやらそれは無理そうだ。それでも諦めきれずにかじりつくようにバスの外を確認する。
外から物音は一切聞こえない。不自然すぎる静寂がバスの中を満たしていた。
突然銃声と怒鳴り声が聞こえた。バスの乗客は俺を含めて一斉にその方向を見る。完全武装した警官達が小柄な少女を追いかけている。
どう見ても人間にしか見えない少女を、怒鳴り声を上げながら警官たちは銃を発砲する。
その光景はどうみても異常だった。少女はこのバスの脇を走り抜けていった。
彼女は高校生くらいの年で腰まで伸びた綺麗な緑色の髪をして、とても美しい藍色の目をしていた。そして、真っ白なワンピースを揺らしながら、彼女は懸命に走っていた。
「あの子だ」
思わず口を付いて出た言葉に自分自身が驚かされた。なぜかあの時廊下の奥に見えた人影は、彼女だと確信できた。どうしてもいてもたってもいられなくて、気が付くと俺はバスの出口に向かって走っていた。
周りが不思議そうな目で俺のほうを見るが、そんなことは気にならなかった。どうしても彼女に会いたくて、そのことで頭がいっぱいだった。
バスから出ようとドアを押すがビクともしない。バスの運転手からは困ったような表情をされた。気にせず俺は何度もバスのドアを押す。
「あの、お客さん。何をやっているんですか? 外に出ちゃ駄目ですよ、今異能者が外にいるんですから」
「わかってます。でも出たいんです、お金なら払いますから」
「そう言われましても……。規則ですから」
「お願いします。一刻を争うんです、お願いします!」
「そう言っても、無理なものは無理なんですよ」
「母が危篤なんです。間に合わなかったら俺は絶対に貴方を許すことが出来ない。自分勝手なのはわかってますけど、母との最後の別れになるかもしれないんです。絶対に何があっても訴えたりしませんから……今日だけは見逃してください」
運転手は渋々ドアを開けた。俺は勢いよくバスから飛び降りる。
彼女の姿は見えない。おそらく逃げて言っただろう方向に向かってあてもなく走り出した。
「おい君! 何をやっているんだ!」
遠くで警官たちが俺に向かって叫んだ。俺は無視してひたすら走った。
走って走って、彼女を探した。息を切らしながら隅々まで、彼女の痕跡が無いか確認しながら走った。彼女の走っていった方向の家と家の細い路地の奥に、緑色の髪が見えた。すかさず俺は後を追いかける
体が擦れ、あちこち擦り傷が出来るのもかまわず全速力で追いかけた。今彼女に会わないと、もう二度と会えない気がして、必死に追いかけた。
細い路地を通り抜けた先の道路に彼女が見えた。俺から僅か数十メーター先だ。必死に逃げる彼女に向かって俺は大声で叫んだ。
「ま、待ってくれ! 待ってくれぇ!」
彼女は止まらない。なおも俺は叫び続けた。
「俺は、君の敵じゃない! 話を聞いてくれ!」
彼女はスピードを緩めることなくまた、細い路地に入っていった。それに続いて後を追う。制服が何かに引っかかって破れた。汗が擦り傷に染みる。息を切らしながらも、必死に見失わないように追いかけ続けた。
一足先に細い路地から出た彼女が急に立ち止まった。もしかして、話を聞いてくれる気になったのか? そう思い急いで細い路地から出てた。
すると目の前の道路に、大量の武装した警官と、その目の前に一際目立ついかにも偉そうなきちっとした軍隊のような制服を着た、俺とあまり年の変わらない見た目の女性が立っている。
肩まで伸びた栗色のセミロングで、先端が若干カールした髪型の色白で黄色い瞳をした綺麗な顔立ちの女性だ。
息を切らしながら俺はゆっくり緑の髪の彼女に近づく。彼女は震えていた。必死に何かに耐えるようにこぶしを握り締めている。
「久しぶりね」
軍隊のような制服を着た女性が、懐かしむように言った。そしてにっこりと不敵な笑みを浮かべ、嬉しそうに再度緑色の髪の女性に話しかける。
「異能者」




