足りる
朝。
目が覚めると、
部屋の広さが少しだけ違う気がした。
広いわけでも、
狭いわけでもない。
空気が薄い。
起き上がる。
床は鳴らない。
鳴らなかったのか、
聞かなかったのか。
外へ出る。
宿の前に、
洗い終わった皿が並んでいる。
枚数は、
見ない。
見れば、
数える。
アーシャが言う。
「今日は少なめでいい」
何が、とは言わない。
「足りる?」
先に聞かれる。
ユウトは、
少しだけ間を置く。
足りるかどうかを、
確かめる前に。
「足りる」
言った瞬間、
それで決まる。
朝食は、
昨日より一品少ない。
味は同じ。
薄い。
薄いのに、
満たされる。
満たされたと、
思ってしまう。
井戸。
桶は回っている。
持ち手が一つ、
欠けている。
使えないほどではない。
誰も直さない。
「今日、補修する?」
誰かが言う。
「今のままで足りる」
返事は軽い。
理由はない。
畑。
畝は短いまま。
増えない。
ガイルは、
端で作業している。
ユウトが近づくと、
道具を一つ横にずらす。
「使いますか」
「要らない」
即答。
「一つで足りる」
土は固い。
固いのに、
崩れない。
二人でやれば早い。
でも、
一人で足りる。
その速度が、
普通になる。
広場。
椅子が一脚、
壁に寄せられたまま。
誰も戻さない。
座る人が、
自然に減る。
減ったことを、
誰も言わない。
「今日は静かだ」
「静かな方が楽だ」
楽、という言葉が出る。
出たのに、
誰も拾わない。
午後。
川へ向かう。
飛び石の間隔は広い。
跳べば届く。
届くけれど、
跳ばない。
遠回りの道を使う。
遠回りでも、
足りる。
鍛冶場。
棚の空きは、
そのまま。
ドラムは、
木材を削っている。
刃は使わない。
「補充は」
「しない」
「足ります?」
「足りる」
即答。
夕方。
布団が敷かれる。
枚数は、
言わない。
「今日は早めに」
アーシャが言う。
早い理由は、
ない。
早くても、
足りる。
ガイルは、
道の中央を歩かない。
端で足りる。
ドラムは、
入口を半分だけ開ける。
半分で足りる。
ルーンが広場を見渡す。
「これでいい」
誰も頷かない。
否定もしない。
夜。
部屋。
窓の外は暗い。
暗いだけ。
空いている場所が、
目に入る。
埋めようとは思わない。
埋めなくても、
足りる。
布団に入る。
呼吸が、
ゆっくりになる。
深くなる。
何かが足りない気がする。
でも、
何が足りないのか分からない。
分からないなら、
足りている。
そう思ってしまう。
ユウトは目を閉じた。
不足はある。
でも、
不足として扱われない。
それで回る。




