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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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触れられない場所

朝。


宿の廊下が、少しだけ長く感じた。


歩数は、変わらない。

天井の高さも、同じ。


それでも、

距離の感覚がずれている。


ユウトは立ち止まり、

壁に手をついた。


冷たい。

いつも通り。


安心していいはずなのに、

胸の奥が、落ち着かない。


外に出る。


空は晴れている。

風も穏やかだ。


村は、いつも通り動いている。


それなのに、

視線が集まらない。


誰も、

ある方向を見ていない。


気づいて、

ユウトはそちらを見た。


役場の裏。


建物と建物の間に、

小さな空間がある。


狭い。

通路とも言えない。


以前から、

そこにあったはずの場所。


なのに、

今まで意識したことがなかった。


「……こんな所、あったっけ」


独り言。


近づこうとして、

足が止まる。


理由は、分からない。


ただ、

“行ってはいけない”よりも、

“行く必要がない”という感覚が強い。


畑に向かう。


ガイルが、鍬を振っている。


「……役場の裏って」


言いかけて、

止めた。


ガイルは、

何も聞いていないふりをしている。


鍬の音だけが、

一定に続く。


「……あそこ、前からありました?」


ガイルは、

鍬を止めなかった。


「あった」


即答。


「使わない」


それだけ。


「使わない、って……」


「通らない」


言い換え。


理由は、

やはり言わない。


昼前。


宿に戻る。


アーシャが、

洗濯物を干している。


布の間隔が、

少し広い。


「ねえ」


ユウトが声をかける。


「役場の裏」


アーシャは、

一瞬だけ動きを止めた。


ほんの、一瞬。


「知らなくていい」


即答。


声は、柔らかい。


「気づいたなら、

それで十分」


それ以上、

話題にしない。


午後。


鍛冶場。


ドラムが、

木箱を作っている。


釘を使わない。

組み合わせだけ。


「ドラムさん」


ユウトが言う。


「役場の裏の……」


「そこは、箱にしない」


被せるように。


「……箱?」


「囲うと、

触りたくなる」


ユウトは、

言葉を失った。


囲わない。

示さない。

名前を付けない。


だから、

誰も触れない。


夕方。


役場の前を通る。


表は、

普通だ。


掲示板。

扉。

窓。


人もいる。


裏だけが、

世界から切り取られたみたいに静かだ。


足が、

また止まる。


今度は、

意志じゃない。


体が、

そこを避けている。


夜。


部屋に戻る。


窓から、

役場の裏は見えない。


それでも、

昼間よりはっきりと、

そこにある感覚だけが残る。


触れられない場所。


誰も、

触れていない。


でも、

全員が知っている。


ユウトは、

布団に座った。


以前広場で感じた、

“処理された感覚”が、

別の形で蘇る。


消したわけじゃない。

隠したわけでもない。


最初から、

無かったことにしている。


それが、

一番、強い管理だ。


ユウトは、

息を吐いた。


今日は、

越えていない。


触れてもいない。


それでも、

一つだけ確信した。


この村には、

入ってはいけない場所じゃなく、

**入らなくていいと決められた場所**

がある。


それを決めているのが、

自分じゃないことだけが、

はっきりしていた。


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