”人喰い”
「ちッ。
ナーシャの気配は、ここで途切れてる。」
セスは、苛立ちながら周囲を調べる。
禁足の森のとある場所で痕跡が途絶えた。
誰かがここでナーシャを担いで移動したのだ。
それは、蒼天院のティリーだがセスとアリスの知る所ではない。
「どうだ、アリス?」
セスが振り向くと丸い尻を突き出してアリスが四つん這いになっていた。
薄暗い月光の下、ホットパンツに包まれたデカ尻が揺れている。
男なら妙な気分になる。
「……ちッ!」
セスは、邪念を振り切るように頭を払った。
それと気づかずにアリスは、答える。
「……まずいね。
大勢の獣が押し寄せて来て……かなりの痕跡が無くなってる。
ひょっとしなくても途中で途切れて終わってるかも…。」
「はあッ!?」
アリスの答えにセスは、激した。
だがセスが言葉を荒げてもアリスは、驚いたりしない。
「ここで蒼天院の中隊が壊滅した。
ナーシャは、生き残った誰かに担がれていったのね。」
「また倒れたのか。
ちッ、無茶しやがって。」
セスは、イライラして闇を睨んだ。
どこかでナーシャが倒れているかも知れない。
「追えるか?」
セスが問うとアリスは、渋面を作る。
「………知らない狩人の気配を辿るのは、難しいわ。
獣の気配よりもずっと弱いんだもの。」
「同じ蒼天院だろ!?」
辺りに響くほど大声で怒鳴ったセス。
しかしアリスは、静かな態度を崩さない。
「何千人もいるのよ。
全員が顔なじみって訳じゃないじゃない。
それに痕跡を消すのも、この子は、専門家よ。」
「ちッ!」
セスは、巧妙に消された痕跡をアリスに示されて納得する。
確かに徹底している。
「おそらく狙撃兵。」
「よりによってそんな奴が…!」
感情的に焦るセスに対してアリスは、むしろ自信を深めた。
「けれどこれなら獣に見つからずに逃げ切れる。
ナーシャが無事という望みは、むしろ大きくなったわ。
あとは、あなたが平静になってくれればいいけど。」
牧童帽を斜に被り、アリスは微笑む。
自戒したセスは、唇を噛んだ。
「うう…。
悪い、焦りすぎてた。」
そう言いながらも去勢器をバチバチ開閉させる手が止まらない。
「そろそろ見せてくれる?
あなたが太鼓判を押す、特別な追跡方法っていうのをね。」
アリスは、やや挑発的にセスに注文を付ける。
もったいぶられて気を揉んでいるのは、彼女も同じだ。
だがセスは、その特別な方法を明かさない。
「ちッ。」
舌打ちしてセスは、アリスを睨む。
その目は、恐怖に濁っている。
それだけ明かしたくない秘密があるのだとアリスは、感じ取った。
だがここまで来て通常の手段でナーシャを探す選択はない。
「恐れるだけの何かがあるのかしら。」
「………何も言うな。」
セスは、それだけ言うと深呼吸する。
やがて変貌は、彼の全身を覆った。
180㎝前後だったセスの身体は、大きく膨れ上がる。
何より手や頭、服から外に出ている部分の変質は、著しい。
それは、完全直立二足歩行する獣の姿だ。
「………。」
セスは、恐る恐るアリスの前で立っている。
何も言わず、彼女の反応を待っていた。
だがアリスは、無言のままだ。
「ちッ。
………何か言ったらどうだ?」
「何も言うなと言ったわ。
あなたが。」
アリスは、そう言いながら腕を組む。
豊満の上にも豊満極まりない乳房が撓む。
ただその答えにセスは、目を瞬かせる。
もう何も話すことはない。
「ちッ。
………少しぐらいビビるかと…。」
「ひゃあ!」
ここにいるはずのない3人目の声にアリスは、素早く短銃を抜いた。
正確無比な身の熟しで翻り、声の方向に二丁拳銃で狙いをつける。
だがアリスは、即断を避けた。
獣になった仲間の姿を見られたからといって狩人を撃つ訳にはいかない。
事と次第によって撃つべきは、セスの方だ。
「よう、あんた誰?」
アリスは、気さくに声をかけた。
そこには、珍妙な狩人がいた。
もっとも下着同然のアリスや獣化したセスに比べればさほど問題ではない。
だが大きな寸胴鍋を鎧のように着る狩人は、かなり変わっている。
「まま、待って撃たないで!!」
鍋を頭に被った狩人は、両手を前に突き出して叫ぶ。
武器を地面に取り落とし、敵意がないことを示す。
もちろん無手の狩人でも戦意がないことを証明できるものではない。
アリスが見せたような俊敏な動きで武器を拾うこともできる。
「私は、”鋳掛屋”のベル!
なんで同じ狩人に銃を向けるの!?」
「…信じて貰えるか、分からないけど。」
アリスは、そう言いながらセスを目の動きで示す。
「こっちの彼は、私の仲間の狩人よ。
私は、アリス。
彼が”去勢人”セス。」
「ど、どうも~。」
冷や汗を浮かべてベルは、セスに手を振る。
セスもかなり神経質になりながら頭を下げた。
「ちッ!
よりにもよってこの姿を見せた場面に他人が出くわすとはな。」
普段より一層、苛立ちながらセスは、顔を顰めた。
狼とも獅子とも言えない獣の顔が牙を剥いて唸る。
それは、穏やかとは言い難い。
だがアリスは、細かいことを気にかけない。
「今、パンツの中身を母親に見られたような気分でしょうけど。
ナーシャを探すのよ。
イライラしてないでやって貰えない?」
「ちッ!」
セスは、のしのしと歩き始めた。
どうやら並みの狩人さえ掴めない痕跡を辿っているらしい。
その歩みは、迷いなく澱みない。
アリスとベルは、それを追った。
「別にあなたは、ついて来なくても良いのよ?」
ふと思い出したようにアリスがベルにそう言った。
寸胴鍋を着込んだ狩人は、巨大な丸鋸を手に答える。
「…目撃者は殺せ。
っていうアレじゃないですよね?」
そう言いながらベルは、滑らかなアリスの身体を見た。
寸胴鍋で身体を隠すぐらいだ。
ベルは、自信がないのだろう。
「それは、お互いね。」
アリスは、そう言って笑った。
やがてセスたちは、ナーシャを追って瓦礫の山に辿り着く。
古城跡は、一面が血の海になっていた。
「ちッ。
……何をやったらこんなことになるんだ?」
セスは、血の海を見渡して鼻先を腕で覆った。
獣の鋭い嗅覚には、血の匂いが濃すぎる。
「まずいッ。」
アリスは、短く叫んで厳しい表情を作る。
彼女に続いてセスとベルは、素早く戦闘態勢に入った。
「あわわわっ!
ど、どうしたの!?」
ベルは、忙しく顔を左右に振りながら問う。
アリスは、声を潜めて答えた。
「おならがでそう。」
「はあッ!?」
怒ったセスが目を剥いて怒鳴る。
だがアリスは、静かに続けた。
「今、悪夢の次元を通ったわ。
ナーシャが馬鹿みたいに大きな魔法をここでブッ放した影響よ。」
アリスの話を聞いてセスは、周囲の瓦礫を睨みつける。
これがすべてナーシャの魔法が齎した破壊か。
とても信じられない。
「ちッ!
馬嫁にも分かるように解説してくれ!!
ぜんぜん分からねえ!!!」
獣狩りの去勢器を構えてセスは、ベルと背中合わせになって警戒する。
もうお互いに信じるしかない。
「悪夢に落ちた狩人が、この狩りに迷い込んだ。
そいつは、正気を無くしてる。」
と答えるアリス。
セスは、鼻で笑う。
「まだ分からないぜ。」
「そいつを倒さないと私たちも悪夢から抜けられないわ。」
3人は、武器を手に敵を待つ。
やがてセスたちの前に狩人が現れた。
頭には、お定めの三角帽。
ボロボロの狩り装束を着こんだ年季の入った狩人だ。
「……”ソーベリックの人喰い鬼”。」
悪夢に落ちた狩人を見たアリスがつぶやく。
敵の手には、噂の大きな「仕掛け武器」が握られていた。
蟹の鋏とも蟷螂の斧とも言えない鋭い刃が幾つも並んでいる。
強いて言えば”手”に見えた。
この武器の持ち主は、ヴェロニカ。
"人喰い"として名高い狩人だ。
ベルは、目を泳がせる。
「かかか、勝てそうですか!?」
「なまなかには。」
アリスは、そう言って唇を舐めた。
セスが合図に答えて飛び出す。
ベルもセスと共闘する。
二人とも大型武器を振り回すタイプだ。
連携方法は、交互に攻撃に入るだけでいい。
だがヴェロニカは、いともたやすく二人を薙ぎ倒した。
幾つもの爪や棘がセスとベルを引き裂く。
血だらけになった二人は、瓦礫の上を転げまわった。
「ぐあッ……ああッ。
様子見にもならねえッ!」
セスは、素早く輸血液を使う。
ベルは、寸胴鍋のおかげで転がっている。
「うわああ!」
「ちッ!
てめえ、それは、真剣にやってるんだろうなァ!?」
転がっているベルをセスが怒鳴りつける。
ベルは、慌てて立ち上がった。
「殺すぞ。」
悪夢に落ちたヴェロニカがそう言った。
夜の風のような乾き切った声だった。
「糞ガキ共。
有り難く暇潰しに、殺してやる。」
(ちッ、ダメだッ!
どうもアリスの盾にもなりゃしねえッ!!)
立ち上がりながらセスは、考えがまとまらない。
ヴェロニカがどうやって軽々と自分たちをぶっ飛ばしたのか。
あの「仕掛け武器」の仕掛けさえ確認できていない。
今度は、ヴェロニカの方から攻めてくる。
セスとベルは、一方的に蹂躙されるだけだ。
血風舞い散る中、ヴェロニカの左手が動く。
セスの胸に水銀弾が命中する。
耐え難い激痛と共に脳を圧する霊圧を受け、セスの身体が硬直する。
「ぐおおっ!!」
横薙ぎの一閃でヴェロニカの武器がセスの首を刎ねた。
鮮血を噴いてセスの身体は、大地に倒れる。
ヴェロニカは、残る二人。
アリスとベルを片づけに向かう。
(次は、頭を叩き潰すんだな。)
地に落ちたセスの頭。
その表は、安堵の笑みを作る。
獣化したセスの身体は、首が斬り落とされても動くことができる。
首の無い身体が素早く首に駆け寄って頭を拾い上げ、接着した。
これには、ヴェロニカも虚を突かれた。
歴戦の古狩人も獣化を操る術など知らない。
まして首を拾って立ち上がる狩人など見たこともない。
「!?」
この戸惑いをアリスは、逃さなかった。
2発の水銀弾がヴェロニカを撃ち抜く。
「じゃッ!」
アリスは、右手の銃を後ろ腰の拳銃嚢に収納。
ほとんど使わないが「仕掛け武器」に持ち替えた。
見た目は、軍刀拵だが刀身は、日本刀らしい。
アヤメの血雪と同じ、刀身の溝に血を流し、血刃を作るタイプの武器だ。
アリスは、袈裟斬りでヴェロニカを肩から斬り下げる。
赤黒い血がアリスとヴェロニカ、互いの顔に飛び散った。
そこにベルが突進してくる。
「きょおーっ!」
馬車の車輪ほどもある巨大な丸鋸がヴェロニカを襲う。
骨も内臓も撒き散らし、高速回転する刃が血肉を噴き上げる。
正常な感性の持ち主なら目を逸らしたくなる場面だ。
だが水銀弾の硬直から解かれたヴェロニカ。
すぐに彼女は、アリスとベルの攻撃から離れた。
しかし当然、セスがそれを見逃すはずがない。
去勢器の圧力汽缶にガスが注入される。
白い蒸気を噴き、二枚の刃が開かれた。
このままヴェロニカの足か腕を切断する。
セスが狙いを定める前にヴェロニカの「仕掛け武器」が動いた。
昆虫の肢に似た幾本もの刃が開く。
それは、セスを撫でるように22条の傷をつけた。
「ぎゃ、があッ!?」
同時に22ヶ所を剣で斬られたようなものだ。
セスは、堪らず身悶える。
血に染まるヴェロニカの武器は、非生物的な動きをしていた。
あるいは、地球と異なる地で芽生えた生命なのかも知れない。
だが分かるのは、これが機械ではないということだ。
「何なの、あの動き…。
生き物なの?」
観察しながらアリスは、右手の銃と左手の銃に弾を補充する。
ベルは、ここでヴェロニカが回復するのを阻止しようと突進した。
相手が輸血液を内嚢から出す前に攻撃する。
「てあー!!」
ベルは、丸鋸を地面に擦りつけ、火花を散らす。
悲鳴を上げつつ丸鋸は、瀕死の敵に飛びつこうとした。
だがヴェロニカは、弧を描いて宙に逃れる。
ベルは、そのまま瓦礫に向かって走っていった。
「だ、だからてめえ!
それは、真剣にやってんだろうなッ!?」
血だらけのセスが泡を飛ばして喚く。
ベルは、丸鋸に引っ張られて速度が落とせないようだ。
「お前たちのドジは、見飽きたよ。
終わりにしようぜ。」
そうヴェロニカは、血だらけの顔でいった。
もう戦闘の最中に輸血を打ち終えたらしい。
傷は、塞がり始めている。
「へへへっ。
あなたは、倒した相手を食べると聞いてるけど?」
アリスは、恐怖に引き攣る顔で苦笑した。
その質問にヴェロニカは、答えない。
「ちッ!」
セスが真っ先にヴェロニカに飛び掛かった。
去勢器がヴェロニカの「仕掛け武器」と衝突する。
「どおおお!」
そこにベルの丸鋸が襲い掛かる。
ヴェロニカの横っ腹から真っ赤な血が飛び、骨や内臓まで噴き出した。
「元の夢に帰って!!」
アリスの二丁拳銃も火を噴く。
ヴェロニカの頭と心臓に大穴が開き、膝から崩れた。
”人喰い鬼”は、眠そうに倒れる。
「これで……まともに眠れる、か?」
三人が瞬きするとヴェロニカの死体は、消えていた。
もとの次元に、世界へ帰ったのだろう。
「………無駄な時間を使った。」
セスは、人間に戻る。
ナーシャの追跡を再開しなければならない。
アリスは、水銀弾を補充し直した。
セスの後を追って瓦礫の山を駆けだしていく。
もう二人の後ろには、誰もいない。




