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【完】

 天沢は十日間の入院の後、無事退院することができた。それから三日後、彼の快気祝いにとディナーに出かけたのだが。


「なんでお前がここにいるんだ」


 俺にはまず向けられることのない天沢のイライラが、目の前で飄々とした顔で座る男に突き刺さる。


「そりゃあ、風の噂で快気祝いをするって聞いたから、俺も顔出さないとと思ってね。元婚約者だし?」

「お前の顔を見るだけで具合が悪くなるッ! 同じ空気も吸いたくない!」

「そこまで言う? 酷いなぁ」


 そう言いながらも全く堪えてなさそうな男、美原貴也はケラケラと笑う。そんな男を天沢は、不機嫌を全開にしながらもどこか不気味そうな顔で見ていた。

 彼の雰囲気がガラッと変わったからだろうか。確かに、こんな大口を開けて笑う姿は彼のイメージに無かった。


「気持ちが悪いな、誰だお前」

「カイリは口の悪さに磨きがかかったな」

「お前が相手だからだ」


 毒を吐き続ける天沢にふっ、と笑った美原は、天沢の隣で警戒心を丸出しに睨みつける俺に視線を流すとゆっくり口角を上げた。


「そんなに警戒するなって、俺が用事あるのはこっちだから」


 テーブルの上で握りしめていた俺の手の甲を、美原が人差し指の腹ですっと撫でた。


「ひぇっ!?」

「貴也ッ!?」


 反射で引っ込めようとした手は、すごい反射神経で美原に握りしめられ離せない。

 先程とは違う警戒心を持ち怒る天沢と、意味がわからず気が動転する俺。それを見てニヤニヤと笑う美原はやはり不気味だ。


「面白いね。お前、オメガにでもなったの? カイリにべったりマーキングされてるな」

「えっ、」

「どれだけセックスして中に出された?」

「ンなっ!?」


 言われ、羞恥で全身が発火するかと思うほど熱を持った。

 天沢が退院してからのこの三日間、トイレや飲食といったどうしようもない生理現象以外の時間の全てをかけて俺は、天沢に組み敷かれていたのだ。だが、美しい彼を相手にどうして俺が下だとバレたのだろう。


「なッ、なっ、なんっ、」

「でも、オメガのマーキングなんてアルファならすぐに上書きできるけど」

「離れろ貴也ッ! お前、前に見舞いに来た隼太にも匂いをつけやがったな!」


 遂に激怒した天沢が美原の腕を掴み上げようとするが、案外簡単に俺の手を離した美原はスイと逃げる。


「なんだ、やっぱり気付いてたのか」


 以前中庭で会ったあの時、去り際に耳元で言葉を落とされた直後、首筋に触れるだけのキスをされたのだ。単なる嫌がらせだと思っていたし、言わなければバレないだろうと天沢にも言ってなかったのだけれど……。


「帰るぞ、隼太!」


 まだ水しか口にしていないのに、天沢に腕を引かれて立ち上がる。そんな俺たちを面白そうに見ていた美原が、通り過ぎる瞬間俺の名を呼んだ。


「え、」

「子供の頃、××というところに住んでいたことはあるか?」


 単純に、この男が俺の名を覚えていたことに驚き、そしてなぜそんなことを聞くのか不思議で足が止まる。


「え……?」

「あるか?」


 そう問うてくる美原の顔には、さっきまでの人を馬鹿にしたような笑みはもう無く真顔だった。


「いや、あの……」

「隼太、相手にしなくていい。行くぞ」


 引かれる腕にタタラを踏みながらも、俺は美原から目が離せなかった。


「住んでたことはありません。でも、父の実家がそこにあって……子供の頃はよく夏になると遊びに行ってました」

「……お前は、ラムネが好きか?」

「ラムネって、飲む方の?」

「ああ、」


 また突拍子もない質問が飛んでくる。よく分からないその質問も、しかし相変わらず美原の顔は真剣で。


「好きですよ。最近は全く飲んでないけど、子供の頃はよく飲んでました」

「……そうか」


 そう言った美原は、見たこともない柔らかな顔で笑った。その顔を見た俺も、そして天沢も、驚きで思わず時間を止める。だから、誰も止められなかった。


「あっ、」


 天沢に掴まれている腕とは反対の腕を取られ引き寄せられる。


「……ンひぃッ!?」

「俺は、あのラムネの中のビー玉が一等好きなんだ」


 とん、と引き寄せた体を今度は押し戻された。


「俺を自由にしたことを後悔させてやると言っただろ?」


 そう言って、美原は輝くような笑みを見せると俺たちの横をすり抜け店から出ていった。


「は、隼太ッ!」

「んえぇ!?」


 美原は、俺の見開かれた目玉をべろりと舐めていったのだ。






『ヤダッ、なぁにこの貧乏くさいもの! どこからこんなもの拾ってきたのよ!』


 ヒステリックに喚く母親が、俺の机の上に飾ってあった宝物を奪いあげる。


『ちゃんと宝石を買ってあげてるでしょ!? あなたは美原家のアルファなのよ!? こんなものをこの家に持ち込むのはやめてちょうだいッ!』


 十二歳の夏。手に入れてから一日で、呆気なく奪われ捨てられてしまったのは、清流を固めたような小さなガラス玉。俺にとってそれは、生まれて初めて美しいと思えた宝物だった。


 陽射しの強い、蝉の声が煩い夏日だった。

 父の車の故障で偶然立ち寄った小さな町。暇つぶしに歩いていた田舎道で、自分よりいくつか年下の、ノースリーブに短パンを身に纏っただけの少年が肌に玉の汗をかきながらガラス瓶を傾け喉を潤していた。

 どうしてかその姿から目を離すことができずに見つめていると、少年が自分を見つめる俺に気付き首を傾げる。


『これ、飲みたいの?』


 相手がベータであることは本能でわかった。ベータとは口をきくなと言われ育った俺は、瞬時に反応ができない。何も言わず佇んでいると少年は不思議そうな顔をしながら通り過ぎようとする。

 きらり、と少年の持つガラス瓶が光る。


『それ、なに……?』


 瓶の中には、宝石が入っていた。


『これ? ビー玉だよ、ガラスでできてる』


 知らないの? 言われ羞恥で赤くなる。知らない、知るはずないそんなもの。良いものだけを身の周りに用意され生きてきたんだ、ベータが愛用するものなんて知るわけない!

 逃げるように少年に背を向け走り出そうとしたところで、叫ぶように呼び止められた。


『待って!』

『ッ、』

『これ、あげるよ!』


 言うが早いか少年は瓶の飲み口を捻ると、中から液体が流れ落ちるのも気にせずソレを取り出した。


『はい!』


 差し出された薄水色のガラス玉。でもそれよりも、それを差し出す少年の瞳に釘付けになった。

 変わった色をしていた訳ではないし、なにか特別な造りをしていた訳でもない。しかしにこりと笑った彼の瞳は、差し出されたガラス玉のように綺麗に輝いていた。


 あの日以降、その町に寄ることは二度となかった。一日で捨てられてしまった“ビー玉”への想いも、気づけば色褪せ忘れてしまっていた。アルファには必要のないものだと、諦める方が楽だったからだ。だけど……、


 ──── あなたはもう自由なんですね


 そう言って俺を見つめた瞳に、忘れていたはずの想いが再燃した。


 もしもあの日の少年が佐藤隼太と言う名を持っていなかったとしても、別にそれで良かった。なぜなら彼の瞳の中に、確かにあの日みたガラス玉の輝きを見つけたからだ。


 あの日あの時生まれた感情は、もしかしたら恋の形をしていたのかもしれない。



END


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