メイドの推理
公爵邸はいつも通りを装いつつ、異様な雰囲気に満ちていた。そこかしこを神殿騎士がうろついていた昨日よりも。
裁判閉廷の時間まで誰も屋敷を出ないように──つい今朝方言い渡された公爵の指示を思い出し、ナナは秘かに顔をしかめる。
オストートゲは使用人たちに今日の一戦をどうしても見せたくないらしい。被告として立たされるのを恥と捉えているのだろう。従わなかった者は解雇だというので皆大人しく己の持ち場で勤めていた。
だがナナにはそれだけが理由とは思えない。下働きの人間に行動を慎ませるには外出禁止令で十分だ。だと言うのに公爵は塀周りに家門の騎士を配備して物理的にも誰も外へと出られぬように見張らせているのである。
絶対に何か裏がある。直感はナナをある場所へ促した。
(お嬢様たちがお出かけになってそろそろ三十分は経つし、急に戻ってきたりしないよね?)
こそこそとナナは寮の自室を出る。カニエとリリーエ付きのメイドは主人が帰るまで半休を取るように言われていた。
普段なら喜んで仲間と羽を伸ばしただろう。だが今日はのんびりしている暇はない。
(屋敷を私兵に固めさせたのは出しちゃいけない誰かを隠しているからだわ。ミデルガート卿の言っていた、攫われたっていう証人を……)
ナナの手にはカニエの小館の鍵束があった。もし誰かに咎められても己なら言い訳できる。忘れ物をしたのだとか途中の仕事が気になってとか。
やはり何度考えてもあの別邸より怪しい場所はないのである。とにかく一度しっかりと調べてみるべきだと思えた。
(公爵様とお嬢様が降りた後、馬車はすぐに片付けられた。ミデルガート卿は倉庫にあった馬車は全部空っぽだったと言っていた)
それなら消去法で考えて、小館の一階にしか証人は連れられなかったはずである。もし本当に敷地内にハルエラ・スプリンが囚われているとすれば。
(冷静に考えるとあのときリリーエお嬢様はメイド全員を二階に集め、一階は自分たちだけになるように仕向けていた。ほかにいたのは公爵様の護衛騎士が二人。女性一人運ぶくらいわけはない……)
どきどき震える心臓をなだめ、ナナはカニエ邸へと歩く。いかにもこれから出勤ですという顔で。
花の咲かない薔薇園を抜け、飛び飛びの石畳が作る小径を踏み急ぐ。独力で何をどこまでやれるかは不明だったが。
(部屋数は多くない。隠せる場所は限られてる)
小館の間取りを脳裏に浮かべ、昨夜から何十回と検討した推理の最終整理をする。
(厨房は使用人の出入りが頻繁。客間と食堂も窓が大きくて中が見やすいから悪さをするのに向いていない)
調べるのなら奥の物置一択だ。
狙いは既に決まっていた。食器やら何やらが大量に詰められた大棚。中身を全部出してしまえばきっと己にも動かせる。
(だけどもし本当に証人を見つけたらどうしたらいいのかしら?)
ナナは小さく眉根を寄せた。
外出禁止令さえなければ自分の制服を貸して逃がしてやれるのに。
(いいえ、今は行動あるのみよ! ロージア様だってそう仰るわ!)
妙案は浮かばないけれど悠長に悩んでいる暇もなかった。その後については無計画なままナナは小館の扉を開いた。




