見送る王女
「一人で行きます」と言ったのは凛と黒のドレスを纏った王女だった。
決然とした芯のある声。彼女は静かに立ち上がる。証人発見の報告を待ち、座り続けたソファから。
「見つからないものは仕方ありません。お義姉様やミデルガート卿は引き続きハルエラ・スプリンをお探しになってください。今日の裁判が終われば彼女は生きて戻ってはこられないでしょうから」
エレクシアラの発言を受け、ロージアはしばし黙り込んだ。
時刻は既に午前十一時。開廷の一時間前である。
結局どこにも探し人はいなかった。煙のごとく消えたまま。
諸々の準備のためにエレクシアラはもう拝殿に入らねばならない。大神官邸にぐずぐずと居座っている時間的余裕はなかった。
「エレクシアラ……」
眉を歪めてロージアは王女を見つめる。内心の怯えを悟らせまいとして唇に笑みを浮かべる人を。
こんなはずではなかったのに。自分やハルエラ、多くの味方が彼女を支える万全の状態で裁判に臨むつもりでいたのに。
申し訳なさと悔いと怒りで身が震える。けれど王女は澄んだ瞳でこう告げるのみだった。
「わたくしならいいのです。王太女を目指すなら、この先きっと己の足だけで立たねばならないときが何度も訪れますもの。それがたまたま今日だったのは『本当にお前が君主の器ならこの程度の逆境くらい乗り越えてみせよ』という聖女ペテラのご意思でしょう」
だからわたくしは大丈夫、と言葉は続く。
彼女は一人で戦う覚悟を決めたのだ。それがわかって痛ましかった。
巻き込んだのは自分なのにエレクシアラに不要な負担を強いている。そして彼女の申し出に甘える以外どうしようもない。王女が先程告げた通り、判決が出るより前にハルエラを救えねば死体はもう一つ増えるのだから。
「ごめんなさい……」
わななく声でロージアが詫びると王女は「いいえ」と首を振った。
「長い間お義姉様にはさんざん助力をいただいてきたんですもの。こんなときまで側で見守ってほしいとは申せませんわ。裁判はわたくしがなんとかします。ですのでお義姉様はお義姉様のすべきことをなさってください」
エレクシアラは改めて命じる。ハルエラを──彼女の守るべき国の民を──見つけ出して保護してくれと。
枯葉色の深い双眸が声もなく語っていた。これはもはやロージアだけの戦いではないのだと。
「わたくしを信じてください。必ずやあなたに勝利を捧げます」
薄っすら透けた両手を包んでエレクシアラが微笑する。いつもと逆の励ましにロージアは頷かざるを得なかった。
強くなった。いつの間にかこんなにも。
否、違う。彼女は強くあろうとしている。支えなしでも歩けるように。
「ありがとうございます。わたくしも期待に応えてみせますわ」
謝罪の代わりにロージアは礼を述べた。傍らに控えた騎士を振り返り、瞳を交わして頷き合う。
与えられた時間は少ない。何がなんでもハルエラを探し出さなくては。
「行きましょう。やはり何か見落としがあるのよ。もう一度カニエ・ツルムの小館を当たるわよ」
ミデルガートとは公爵邸の裏の森で落ち合おうと取り決めるとロージアはひと足先に晴れた空へと浮かび上がった。
眼下には世紀の裁判の結末を見届けるべく拝殿に集う人々。それを整理する神殿騎士らがごった返す。白く輝く百段階段の頂には今上がってきたと思しきアークレイ家一行の姿も見えた。護衛騎士に守られたオストートゲにリリーエにカニエ。今日は全員勢揃いだ。
(これなら家の中を荒らしやすそうね)
神殿騎士には古い捜査権はあるものの、近代的な強い警察権がなく、家具を移動させるなどの大掛かりな取り調べはできなかったと聞いている。
まだどこかに気づいていない場所があるに違いなかった。ロージアも存在を知らされていない隠し部屋のようなものが。
深緑のドレスを大きくはためかせ、公爵家へと急ぎ飛ぶ。
無情に高い太陽の下を。




