証人探し③
家というのは人間が作るものなのだ。変わってしまったアークレイ家を見ていると心からそう思う。
冬薔薇を咲かせられなかった責任を取って庭師が鞭で打たれるなど少し前まで有り得なかった話である。使用人たちが主家に反感を抱くことも、こんな風に朝早くから神殿騎士が立ち入り捜査に来ることも、ロージアのいた頃には考えられもしなかった。
小館のあちこちを覗いて回る騎士を見やってナナは陰鬱な気分になる。
この人たちが帰ったらまた公爵の機嫌が悪化するのだろうな。声を荒らげることこそないがオストートゲは以前より明らかに使用人を手酷く扱うようになった。配属変更当初は思いもしなかったが、自分はリリーエ付きのメイドでまだましだと感じるほどだ。
(捜査の名目は明日の裁判に必要な証拠探しだったかしら? 恋文なら昨日提出なさったのに、それでは不足だったのね)
神殿騎士たちの邪魔にならないように注意して通常業務を遂行する。最近のリリーエは本邸の薔薇の間よりはカニエのもとで過ごす日が多く、ナナもまた小館でこまごまとした手伝いに明け暮れていた。
リリーエ付きと言っても常に背後に控えているわけではない。ロージアとは違って彼女はメイドと離れて行動したがる。秘書役を必要としないくらいには有能な人なのだ。遊んでいるように見えても隙がなく、信頼しない使用人には重要案件に近づかせもしなかった。
今もナナは紅茶の支度をしているだけだ。己の本当の主を秘かに想いながら。
(ロージア様……)
王宮広間に突如現れたという亡霊。会えるならもう一度会いたかった。
裁判も、公爵家が負ければいいと願っている。たとえ勤め先が没落しても。
神殿騎士にどんな証拠を探しているのか聞いてみようか。協力できそうなら己は──。
「やっと見つけた。こんなところにいたのか、ナナ」
と、そのとき背後で聞き覚えのある声が響いた。ナナが「え?」と振り返ると小さな厨房の出入口によく知る男が立っている。
さらさらの黒い髪。その下に覗く涼やかな水色の双眸。忘れもしない、この男は。
「ミデルガート卿?」
驚いて呼べばミデルガートはシッと人差し指で咎める。もう彼は普段の青いコートを着てはいなかった。白地に緑ラインの制服は神殿騎士のそれである。
アークレイ家を去った後、聖女ペテラに仕える身になったとは聞いていたが再会できるとは思わなかった。多大な信頼を寄せていた仕事仲間の一人だから喜びに胸が弾む。
彼もここへは家探しに来たのだろうか? ロージアの助けとなるために。
「お元気そうで良かった……!」
「ああ。そっちもな」
ところで、と挨拶もそこそこに騎士が小声で問いかけた。
「あれからずっとリリーエの専任メイドをやっているのか? もしそうなら昨日のあの女の行動について教えてほしい」
低い耳打ち。ナナは周囲に人がいないのを確かめてからこくりと頷く。
何に必要な情報なのかは不明だが、ミデルガートが尋ねるのだから重要事項なのだろう。ナナはできるだけ詳細にリリーエが神殿へ向かうまでの出来事と帰宅してからの出来事を述べた。
「……で、お戻りになってすぐにお嬢様は小館へいらしたわ。私は待機時間が発生するといつもカニエ様付きのメイドたちに交じるのだけど、昨日は流れでお嬢様からの贈り物を一緒に開封したのよね。珍しく公爵様もしばらく小館に留まられて、お嬢様のお淹れになった紅茶をお飲みだったの。それ以外は特に何もなかったと思うけど……」
ミデルガートがふむ、と口元に指を当てる。こちらが話し終わるまで騎士は神妙に耳を傾けていた。
「その贈り物というのはどれくらいの大きさだった?」
「ほとんど小箱よ。アクセサリーが多かったから並べるのには手間取ったけど、一番大きな箱でこれくらいだったかしら。中身は紺地のドレスだったわ」
答えつつナナは身振りで具体的な箱の大きさを表現する。メイド一人で十分抱えられたと言えばミデルガートは眉間に深くしわを寄せた。
「馬車に残した荷物は一つもなかったのか?」
「ええ、最終確認は私がしたわね。それが一体どうしたの?」
しばし逡巡したのちに騎士はぽそりと立ち入り捜査の真意を告げた。明日の裁判で証言台に立つはずだった代書人が行方不明になったのだと。ハルエラ・スプリンというその若い娘が最後に目撃されたとき、一緒にいたのが「金髪の少女」だったという。それで王女はアークレイ家の仕業と踏んで捜査の申請をしたそうだった。
「しょ、証人が……!?」
一大事ではないかとナナは息を飲む。では早朝から押し寄せた神殿騎士らは追加の証拠を探しているわけではなくて、アークレイ家の不正を暴こうとしているのか。
ミデルガートは改めて「人を拉致してきたとしたらどこに隠すと思う?」と問うてくる。しかしナナにはわからなかった。唯一あそこはどうだろうと思う場所もあるにはあったが。
「ええと……、さっき言った通りお嬢様たちは紋章の入っていない中型馬車でお出かけになっていたの。持ち帰られたプレゼントは座席の上にしか積まれていなかったから、私下は見ていないのよ。シートの下の一番大きな収納は」
本当に誘拐したのだとしたら人間を閉じ込めておける空間はそこしかない。だが騎士は苦い顔で首を振るだけだった。「馬車はもう調べたんだ」と嘆息が返される。
「でも連中は神殿から戻って最初に小館に入ったんだな。だとしたらやっぱりここが一番怪しい。徹底的に調べてみるよ」
ありがとう、とミデルガートは踵を返した。足音は呆気なく遠ざかる。
その後も日没近くまで神殿騎士による立ち入り捜査は続いたが、屋敷からはたいしたものは出なかったようだった。
太陽は無情に沈み、夜が来る。
朝日が昇れば神殿裁判の開廷はもうすぐだった。




