公女の憂鬱
それからしばらくロージアはエレクシアラと連絡を取りつつも基本的にはアークレイ家で潜伏を続けていた。異母妹を断罪するには使える証拠をもっと集めねばならなかったからだ。
使用人たちのことも放ってはおけなかった。寝込んだリリーエと看病に励むカニエはともかくオストートゲは普通に生活しているのだ。不道徳な手がまた誰か傷つけないか心配で、ロージアはこの一週間ほとんど父の側から離れられなかった。──意外にもオストートゲは主として持つべき以上の関心を誰にも示さなかったけれど。
(お父様、日常的にやっているわけではなかったのかしら……)
身支度を終えて食堂で紅茶を啜る父を見やり、ロージアは小首を傾げる。
時が経つほど現実感は薄れていた。この目ではっきり見たのではなかったら、ナナの涙がなかったら、勘違いだったかもと思い直したかもしれない。
父のスケジュールは仕事で埋まり、女遊びをしている暇はまったくなかった。幾夜も見張っていたけれど寝室に若い娘を呼びつけることもなく、あれは一体なんだったのかと悩みは深まる。単にナナを黙らせるためにやったのであればそれはそれで悪質だが。
(まあ次々と被害者が増えるよりはましだけれど)
ふうと小さく息をつく。オストートゲの狼藉を過小評価したがる自分が嫌になった。人間は近しい者の悪徳から目を逸らしたがる生き物だが、あれは到底見過ごせる案件ではなかったのに。
事情があるのではなどと考えてしまう理由は自分でわかっていた。
親子の愛はなかったとしても尊敬の念は失くしたくなかったのだ。
父の望む公女でいること。それがロージアの誇りであり、人生の指針だったから。
(お父様……)
傍らから見下ろした碧眼は相変わらず冷淡だ。厳しいだけでやわらがぬ頬も人間味に欠けている。全体他者への興味が薄い人である。実の娘に対しても。だから父の行動がロージアには不思議で仕方ない。
先日の口ぶりでは、オストートゲはほとんどのメイドに手をつけてきたようだった。だが今のところ父が誰かを欲望の捌け口にする兆しはない。逆に己が困惑するばかりである。
もしかすると本当に今まで全部「味見」で終わっていたのかもしれない。
二度三度と同じ災難に見舞われなければ黙って無かったことにする被害者のほうが多かろう。一度きりの通過儀礼として忘れる努力をした者のほうが。それなら一切ロージアに報告がなかったことも頷けた。
「登城時刻だ。馬車の準備を」
九時の鐘が響いた瞬間オストートゲはカップを置き、一秒も遅れることなく立ち上がる。今日は宮殿で貴族会議に出席する予定らしい。どこぞの婦女子に悪さをする可能性はなさそうだ。
(リリーエはまだ朝食にも出てこられないみたいだし、わたくしも今のうちに一度スプリン家に戻ろうかしら? 証拠集めも大事だけれど、母体の健康状態くらいは確かめておきたいものね)
広い食堂の出口へと遠ざかるオストートゲの背を見送る。父の姿が見えなくなるとロージアは空いた窓から屋敷を出た。
ふわりと浮かぶ。重い気持ちを抱えたまま。
今後もずっと公爵家を監視しているわけにいかない。ロージアとてそのうちハルエラの胎内に還らなければならないのだ。
父をどうするべきなのか、考えなくてはならなかった。「味見」であろうと最低な行いには間違いないし、いつそれが凄惨な暴力に変わってもおかしくはないのだから。
だがナナたちを守るための妙案は、まだ思いつきそうになかった。




