第78話:謎の少女アラフィフ
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「僕はミラノ。ミラノ=ヘリファルテ。一応この国の王子様なんだよ。歳は君と同じくらいだと思うけどね」
そう言って笑う美少年を見上げながら、セレネは目を見開いた。
「まじかよ! ぼうず!」
「坊主って……君、僕と同じかちょっと年下くらいじゃないか」
ミラノは苦笑するが、セレネの頭はパニック状態だ。禁書庫にいたと思ったらいきなり空に放り出され、池に着水したと思ったらミラノがショタ化していたのだ。これはさすがにセレネ以外でも驚かざるを得ないだろう。
「まじ、おうじ?」
「ん? うん。まあこの格好だとそう見えないかな」
セレネの言葉を、少年ミラノは特に不快に感じてはいないようだった。というのも、今のミラノは長袖の白シャツに茶色の長ズボンという出で立ちで、大人の時によく着ていた礼服姿ではない。
「動きやすいようにこの格好してるんだ。結構長く着てるから、大分ボロになっちゃってるけどね。でも、ほら」
そう言って、ミラノは少し自慢げにシャツの胸元に指を当てる。そこには、大鷲をあしらったヘリファルテ王族の紋章の刺繡があった。
「この紋章、服には王族しか付けちゃいけない決まりがあるんだって。だから僕が王子様ではあるんだよ」
「お、おう……」
ミラノはそう説明するが、セレネは理解が追い付かず生返事を返すだけだった。大人ミラノが相手だったらマウント取りやがってみたいな反応を示していただろうが、今はそれどころではない。
『姫! ここにおられましたか!』
「あ、バトラー!」
その時、遥か彼方から弾丸のような速度でバトラーが駆け寄って来た。バトラーは息を切らせながらも、一気に跳躍しセレネの肩に飛び乗り、顔の横で深く頭を下げた。
『申し訳ありません! どうやら少し遠くに飛ばされていたようです。話し声が聞こえたので急いで駆け付けましたが、お怪我はありませんか!?』
「へーき、へーき」
セレネが笑顔でそう応えると、バトラーはほっと胸を撫でおろす。スタミナお化けであるはずのバトラーは、未だに荒い息をして呼吸を整えている。それだけ心配していたことがセレネにも伝わった。
セレネはアルエに手を出す者以外にはいちおう優しいのだ。
「そのネズミ、ずいぶん君に懐いているみたいだね。可愛いなあ」
『こ、これはミラノ王子!? なぜこのような姿に!?』
ミラノが微笑ましげに眺めているのを見て、バトラーはようやく少年となったミラノを認識したようだった。にぶいセレネと違い、バトラーはこの少年がミラノであることに一瞬で気が付いていた。
だが、セレネは未だにミラノが突然縮んだ事に納得いっていないらしく、吐息が掛かるほどにミラノに顔を近づける。
「んー?」
「ちょ、ちょっと君!? 顔が近い……ちょ! ちょっと待ってよ!」
目を細めながらミラノの顔を確認するセレネに、ミラノは顔を赤らめながら一歩引き、慌てて顔を背ける。
「なんか、もんだい?」
「い、いやその……服が」
「ふく?」
セレネは自分のドレスをつまんで様子を確認する。水に落ちたのでびしゃびしゃになっているが、取り立てて変なところは無い。
(この子、水に濡れてるから肌が透けて……!)
セレネは自分の身体に無頓着だが、ミラノとて少年といえども男である。女の子の裸を安易に見てはいけないと教え込まれてもいる。セレネの純白のドレスが濡れ、彼女の肌にぴったりと張り付き、うっすらと白磁のような肌が透けて見える。
ただ、それを口に出して指摘すると、なんだか自分が悪いことをしているような気持ちになったので、ミラノは真っ赤になって見ないように下を向いた。
「あやしい……」
『姫、そのままでは風邪を引いてしまいます。状況がまだいまいち分かりませぬが、少し乾かした方がよいでしょう』
何故か縮んだといえ、ミラノはミラノである。セレネは何かやましいことがあるのではと怪しんだが、ミラノの考えに気付いたバトラーが、遠回しにミラノへ助け舟を出した。
「ぶえっきし!」
それに呼応するかのように、セレネがでかいくしゃみをした。
「今日は暑いくらいだし、日に当てて服を乾かしたらどうかな。日当たりのいい場所に行けばすぐ乾くよ」
「うぃ」
バトラーの言葉はミラノに伝わらなかったが、結果的にはセレネのコントロールに成功した。セレネは本来はあまり日に当たってはいけない体だが、日差しを和らげる魔力を編み込んだヘリファルテでも最上級のドレスを羽織っているため、普通に昼間でも活動できる。
じゃあ何で普段は昼寝ばかりしているのかというと、単に本人が怠惰だからである。
そんなわけで、セレネは未だに訳がわからないまま、ミラノと並んで池のほとりの日当たりのいい場所に座り込んだ。ミラノは上半身を起こしていたが、セレネは大の字になって草むらに寝転んでいる。
季節は春から夏へと移り変わるくらいで、暑すぎず寒すぎない素晴らしい時期だった。暖かな日差しが新緑や池を輝かせ、セレネの純白の身体は光り輝いているように見えた。
そうしてセレネが寝転んでいる間、セレネのドレスに付いた水草などをバトラーがせっせと片付けている。
「そのネズミ、すごく賢いんだね。まるで従者みたいだ」
「ふふん」
自分の功績でもないくせに、セレネは何故かドヤ顔をした。ちなみにミラノは自分で服についた草などを払い落としていた。
「でも本当にびっくりしたよ。池のほとりに座ってたら、いきなり空から落ちてくるんだもん」
「わたしも、びっくり」
ミラノの言葉にセレネは素直に答えた。ショタミラノは見た感じ悪意を感じなかったからだ。いや、そもそも大人ミラノも悪意など皆無なのだが。
「君、どこから来たの? ここは王城の中じゃないけど、女の子が一人で来るのは初めて見たよ」
「うーん……あっち」
「あっち?」
セレネは空を指差し、ミラノも空を眺めた。雲一つない青空が広がるばかりで、ミラノは首を傾げる。セレネとしても意味不明なのだ、ただ、空から落っこちてきたことは間違いない。
「君……その、何なの?」
「な、なんなの?」
ミラノは困惑しながらセレネにそう問いかけた。今までに見たことないほどの美しい少女であり、白い衣を纏って突然空から現れたのだ。
(まさか天使……そんなわけ無いか)
ミラノは興味深げにセレネを眺める。その瞳の奥には隠し切れない興奮があった。
親方! 空から女の子が! みたいな感じで、神秘的な光に包まれて緩やかに落ちてきたのではなく、ものすごい勢いで池にダイブしたのだから大分俗っぽい登場である。
一方、セレネはどう答えていいか悩んでいた。何なのと言われても、自分が何なのかセレネは良く把握していなかった。一応アークイラの第二王女であることは認識している。
だが、セレネはたまにその事実を忘れるし、恐らく読者もお姫様であることを忘れている。ちなみに筆者もたまに忘れる。
「あ、アラフィフ……」
悩んだ結果、セレネはトンチンカンな事を言った。異世界から転生したおっさんで小国の第二王女で、大人のミラノにアルエ姫の人質として連れてこられましたなんてややこしい説明をセレネが出来るわけがない。
はっきり答えられるのは、自分がもうトータル年齢アラフィフに到達するくらいだった。
「アラフィフ? それが君の名前なのかい?」
「う、うん」
うんじゃないが。面倒だったのでセレネは適当に相槌を打った。だが、ミラノは名前を知れた事で上機嫌になったらしく、笑顔を向けた。
『なるほど。確かに現状が把握できませんし、偽名を使うほうが賢明ですな』
バトラーは、セレネが瞬時に機転を利かせた事に感心していた。突如としてミラノが少年になってしまったという異常な状況下の中で、自分はセレネ=アークイラと名乗るのは愚策だ。
名前でアークイラ王国の関係者であることが分かってしまうし、そもそもセレネは隠された存在なのだ。仮に時が戻っているならば、セレネはまだ月光姫になっていないどころか、生まれてすらいないかもしれない。
無論そんな深い考えは無いのだが、バトラーは、自分自身も判断が付きかねる状況で、この幼い主人が極めて冷静に立ち回っていることに感銘を受け、気を引き締めた。
「それでアラフィフ、君は……」
「おうじ、なにしてた?」
「え?」
ミラノの質問に被せるように、セレネは半身を起こしながら口を開いた。これ以上質問されると頭がパンクしそうだったので、とりあえずミラノを黙らせるようにしたらしい。
「それは、その……」
ミラノは目をそらし、なんだか答えづらそうに口をもごもごさせた。普段セレネが見ている邪知暴虐の性王子とはえらい違いだと思っていた。
「見つけたぞミラノ。こんなところでサボっていたのか」
「げっ!?」
ミラノが明らかに怯えた様子で目を向けた先には、岩のような大男が木剣を構えて近づいてくるのが見えた。一瞬山賊か何かかと思ったが、どこか威厳のような物を感じる。
「と、父さん! その、これはちょっと違って!」
「とうさん!?」
そう言われてセレネもようやく気が付いた。彼こそミラノの父であり、現国王――獅子王シュバーン。
いつも王城でごつい鎧や外套に身を包んでいたが、今日はミラノと同じような長袖にズボンというラフな格好をしていたので気付かなかったのだ。それに、セレネが記憶しているよりも大分若返っているようにも見えた。
シュバーンは険しい表情でミラノに近づいてきたが、そこでふと目を丸くした。
「ん? なんだこの白い娘は?」
「この子、アラフィフって言うんだ。そこの池で溺れてたのを僕が助けたんだ」
「アラフィフ、です」
セレネはぺこりとお辞儀をした。元々迫力があるシュバーンだったが、若い頃はさらにパワーが漲っているように見えた。
すみません本名はセレネって言います。ごめりんこ♪
なんて名乗る度胸はセレネには無かった。




