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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
秘密と絆の学院生活

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宵の陣に立つ紅蓮の継承者


 聖堂院リュミエールには、一年の締めくくりに行われる大きな行事がある。


 その名も、魔導祭。


 名前だけ聞くと、魔法陣が浮かび、聖歌が響き、神官たちがありがたい顔で祈るような、ものすごく荘厳な祭りに思える。だが、ミーナからざっくりとした説明を聞き、周囲の浮き立った空気を見た限り、私の中で出た結論は一つだった。


 前世でいうところの、運動会である。


 まだ詳しい競技説明を聞いたわけではない。けれど、魔法を競う大会であることは間違いなさそうだ。


 徒競走中に魔法が飛ぶかもしれない。玉入れの代わりに魔法が飛ぶかもしれない。騎馬戦では、魔法のほかに人も飛ぶかもしれない。


 ……いや、それはもう運動会ではないのでは? いやいや。これは運動会ではない。魔導祭なのだ。そういうものなのである。


 つまるところ、私が一番気にしているのは――。


 安全管理、大丈夫?


 そんな私の不安をよそに、ディディエ司祭がいつもの穏やかな声で説明を始めた。


「魔導祭では、各学年ごとに二つの陣営へ分かれます。今年の一年生は、一組から二組までが《暁組》。三組から四組までが《宵組》です」


 暁組。宵組。


 前世でいう赤組と白組みたいなものだろう。ただ、名前が無駄にかっこいい。異世界、こういうところで本気を出してくる。


 配られた鉢巻も普通ではなかった。暁組は赤い鉢巻に金色の線。宵組は黒い鉢巻に銀色の線。前世の赤白帽と比べると、だいぶ戦場感がある。


 いや、かっこいいな。


 凝った鉢巻に、正直ちょっとだけテンションが上がった。


 ――だが、そこで私は思い出した。


 そういや私、魔法使えないんだった。


 私は手元の鉢巻を眺めながら、そっとため息をつく。嫌な予感がした。こういう行事は、だいたい私に優しくない。


 魔法が使えない人間に、魔法を使う行事は厳しい。カナヅチに遠泳大会。高所恐怖症に綱渡り。運動音痴に組体操。だいたいそんな感じである。


 ……いや、最後のは前世でも普通に嫌だったな。


「魔導祭では、魔力制御、運動能力、連携、判断力などが見られます。皆さんにとっては楽しい行事ですが、同時に、自分の得意なことを知る良い機会でもあります」


 ディディエ司祭はにこにこしている。でも、言っている内容はわりと重い。


 楽しい行事です。


 ただし、才能は見ます。


 やめて。


 一年生に査定を乗せないで。私の評価欄、魔法適性のところが真っ白なんだから。



 その後、一組から二組までの生徒は、講堂の一角に集められた。暁組一年生。つまり、今回の魔導祭で同じ陣営になる仲間たちだ。周りを見ると、知らない顔も多い。同じ一年生とはいえ、普段は別の教室で授業を受けている子たちである。


 みんな、どこかそわそわしていた。楽しみ半分、緊張半分。分かる。私もそわそわしている。ただし、理由は楽しみではなく「どうやって目立たずやり過ごすか」である。


「では、暁組一年生の代表を決めたいと思います」


 ディディエ司祭がそう言った瞬間、二組の生徒たちの視線が、すっとこちらへ向いた。


 え。なに。なんで一組を見るの。


「一組には、ソーカ家の方がいるし……」


「ゼルファス家のリリスさんもいるよね」


「ほら、あの、ボヤ騒ぎの……」


「洞窟の……」


 待って。その言い方やめて。うちのクラスが、事件発生装置みたいに聞こえる。いや、実際にいくつか起きている。ボヤ騒ぎもあった。洞窟の件もあった。つい最近、フォスティエ商会でも何かあった。


 でも、全部こっちから起こしに行ったわけではない。全部、私が関わっているけど。関わっている時点で、だいぶ怪しいけど。


 二組の子たちは、別に意地悪で役を押しつけようとしているわけではなさそうだった。むしろ、少し尊敬と怯えが混ざった目をしている。それが一番困る。悪意なら反論できる。でも、無言の正論みたいな空気を出されると、逃げ道がない。


 代表というより、危険物取扱責任者を一組に押しつけようとしてない?


 そんなことを思っていたら、今度は一組の視線が私へ集まった。


 やめて。こっち見ないで。私は違う。代表向きじゃない。


 ソーカ家の娘。灯火の聖女の娘。事件のたびに近くにいる子。なぜか毎回、とんでもない結果を出す子。周囲からの私の評価が、そろそろ都市伝説になりかけている気がする。


 違うんです。私は実力を隠している天才ではないんです。外側だけ天才っぽく見える、かなり危険な偽装物件なんです。


 ミーナちゃんは、きらきらした目で私を見ている。やめて。純粋な期待が痛い。エルヴィンは、何かを計算している。若旦那、その分析をやめて。今は数字で私を代表候補にしないで。アルガスは腕を組み、「まあクロノなら」みたいな雰囲気を出している。その雑な信頼、困る。シャーロットちゃんは、おずおずと私を見ている。ごめん。その控えめな視線も十分刺さる。


 逃げ場がない。このままだと、私が暁組一年生代表とかいう、絶対に向いていない役を背負うことになる。


 その時だった。


 私は、前の方に座っているリリスを見た。背筋がぴんと伸びている。銀色の縦巻きロールが、窓から入る光を受けてきらりと揺れていた。そして、その目。


 めちゃくちゃ燃えている。


 やりたいんだ。ものすごくやりたいんだ。でも、みんなの視線が私に向いているせいで、少しだけ悔しそうな顔をしていた。


 ああ。そうだよね。リリスは、こういうの好きだよね。


 目立つのが好き。勝つのが好き。褒められるのが好き。魔法も、武術も、勉強も、トランプも、負けたらちゃんと悔しがって、次は勝とうとする。勝つために努力する。目立つために頑張る。認められるために、手を抜かない。


 高笑いはうるさいけど。圧は強いけど。たまに面倒くさいけど。この子ほど、代表が似合う子はいないんじゃないだろうか。そして、できれば私に集まっているこの視線も、まとめてそちらへ移動してほしい。私はそんな下心をほんの少しだけ混ぜながら、そっと手を挙げた。


「私は、リリスさんがいいと思います」


 講堂の空気が、少しだけ止まった。リリスが、驚いたようにこちらを見る。


「リリスさんは、何でも一生懸命頑張るし、勝ちたい気持ちも強いし、みんなを引っ張るのに向いていると思います」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。なんだ今の。普通に褒めてしまった。いいことを言ったはずなのに、なぜか私の方が照れる。人を真面目に褒めるの、慣れてなさすぎる。


 リリスは目を丸くしていた。それから、少しだけ頬を赤くした。


 お。効いている。高飛車令嬢、褒められ慣れていそうで、案外こういう直球に弱いのかもしれない。


 周りの子たちも、少しずつ頷き始めた。


「確かに、リリスさんなら気合い入りそう」


「魔法も上手いし」


「声も通るしね」


「代表っぽいかも」


「クロノさんがやらないなら、リリスさんが良さそう」


「というか、リリスさん、すごくやりたそうだったし」


「や、やりたそうだったわけではありませんわ!」


 リリスが即座に立ち上がった。


「ただ、勝利に必要な者が前に出るべきだと考えていただけですわ!」


 うん。めちゃくちゃやりたそうだった。


 ディディエ司祭が、穏やかに微笑む。


「では、リリスさん。お願いできますか?」


 リリスは一瞬だけ、私を見た。私は軽く頷いた。次の瞬間、リリスの目が輝く。


「もちろんですわ!」


 そして、両手を腰に当てた。


「おーっほっほっほ! 任されたからには、暁組一年生を勝利へ導いてみせますわ! 皆さん、気合いを入れてわたくしについてきなさい!」


 講堂に高笑いが響いた。


 うん。うるさい。でも、その迷いのない言い切り方は、悔しいけど少し頼もしかった。



 代表決めが終わったあと、暁組の生徒たちはそれぞれ教室へ戻ることになった。その途中、ミーナちゃんが小走りでやってくる。


「ねえねえ、宵組の代表も決まったんだって!」


「早いね」


「四組にもゼルファス家の子がいるらしいよ!」


 その瞬間、リリスの肩がぴくりと動いた。


「ゼルファス家?」


 私が聞くと、リリスは少しだけ嫌そうな顔をした。


「……わたくしの双子の弟ですわ」


「弟」


 双子?


 つまり、リリス二号?


 いや、それはだいぶ濃い。高笑いが二重。圧が二倍。教室の温度が上がりそう。


 やめよう。想像だけで疲れた。


 そんなことを考えていた時、廊下の向こうから宵組の生徒たちが歩いてきた。黒い鉢巻に銀色の線。暁組の赤と金に対して、宵組は夜空みたいな色合いだった。


 その中から、一人の少年がゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 リリスによく似た整った顔立ち。でも、雰囲気は少し違う。リリスが太陽みたいに分かりやすく輝くタイプなら、その少年は静かに立っているだけで目を引くタイプだった。


 少年は私たちの前で足を止めると、まずはきちんと礼をした。


「初めまして。ゼクス・フォン・ゼルファスです。姉がいつもお世話になっています」


 おお。普通に礼儀正しい。


 リリスの弟、意外とまとも――。


 そう思った、その時だった。


 ゼクスくんは胸元に手を当て、なぜか少しだけ斜め上を見た。


「そして今日、宵の陣を任されたことで、俺の称号は定まった」


 んんん?


 定まった?


 何が?


 ゼクスくんは、バッ、バッ、バッと妙にキレのあるポーズを決め始めた。


「我が称号は、宵の陣に立つ紅蓮の継承者!」


 称号、自分で決めるんだ。


「暁の陣に立つ蒼氷の継承者よ!」


 リリスを指さす。


「覚悟しろ! 勝利の空には、俺の炎が刻まれる!」


 急にどうした。


 さっきまで普通だったよね?


 今、何かのスイッチ入ったよね?


 私が固まっていると、リリスが即座に反応した。


「ゼクス! またその変な言い方ですの!?」


 ゼクスくんは、すっと普通の顔に戻った。


「変ではありません。これは僕の戦いに必要な儀式です」


 儀式って言った。


 本人の中で設定があるタイプだ。


 分かる。前世にもいた。休み時間だけ人格が変わる男子。自由帳に必殺技名を書いている男子。傘を剣にして戦う男子。そして数年後、布団の中で思い出して叫ぶやつだ。


 ゼクスくんは、再び胸元に手を当てる。


「暁の旗の下に集いし者たちよ。この紅蓮の継承者ゼクスの前に立つなら、覚悟しろ」


 男子たちがざわついた。


「ぐ、紅蓮の継承者だと……」


「かっけえ……」


「俺も何か継承したい……」


 女子たちは、静かに半歩下がっていた。


 この世界の男子、だいぶ痛い。しかも、痛さへの食いつきがいい。


 アルガスまで腕を組んで、真剣な顔をしていた。


「なら、俺は爆炎の破壊者だ……悪くねえな」


「増えた!」


 戻ってきて。アルガス、そっちに行っちゃだめ。


 ミーナちゃんは目をきらきらさせている。


「ゼクスくん、面白いね!」


「面白いで済ませていいのか分からない」


 シャーロットちゃんは、小さく頬を染めた。


「えっと……ちょっと、こっちが恥ずかしくなるかも……」


「シャーロットちゃん、その感性を大事にして」


 本当に大事にしてほしい。今この場で、一番まともな反応をしている。


 ゼクスくんは、リリスへ視線を向けた。


「姉上。暁組代表になったのですよね」


「ええ。ゼクスこそ宵組代表とは、面白いですわ」


「では、今年の魔導祭は、どちらがよりゼルファス家の名にふさわしいかを示す場にもなりますね」


 そう言ったあと、ゼクスくんの目が少しだけ細くなる。


 あ。


 またスイッチ入る。


「凍てつく姉上の蒼氷も、俺の紅蓮で溶かしてみせる」


「やれるものならやってみなさい! わたくしの蒼氷は、あなたの小さな火では溶けませんわ!」


「その侮りが命取りだ。小さな火ほど、一瞬で深く燃える」


 いや、何の話?


 でも、男子たちはまた「かっけえ……」みたいな目をしている。


 大丈夫か、この異世界の男子。


 ゼクスくんは、今度はこちらを見た。


「あなたがクロノ・ソーカさんですね。姉上から、話はよく聞いています」


「聞かせてませんわ!」


 リリスが慌てたように叫ぶ。


 ゼクスくんは落ち着いた顔で答えた。


「三日に一度くらいは名前が出ます」


「数えないでくださる!?」


 仲いいな、この双子。


 リリスは怒っているけど、ゼクスくんはどこか楽しそうだった。からかっている。完全に姉をからかっている。


 ゼクスくんは丁寧に微笑んだ。


「魔導祭、楽しみにしています」


 ここで終われば、普通に礼儀正しい少年である。


 でも、そこで終わらないのがゼクスくんだった。


 一歩下がる。マントはないが、バサッとする仕草をする。後ろへ振り返り、視線を斜め上へ。そして、人差し指と中指をそろえ、ビシッと空へ突きつけた。


 ボッ!


 指先に、小さな火が灯る。


「宵の紅蓮は、暁の陣を焼き払う」


 やべえ。


 リリスの弟、思っていたより仕上がっている。というか、廊下で火を出すな。


 ゼクスくんはそのまま、振り返らずに宵組の生徒たちの方へ戻っていった。黒い鉢巻の銀線が、廊下の光を受けてちらりと光る。


 その背中を、男子たちが妙に熱い目で見送っていた。


「宵の紅蓮……」


「継承者……」


「俺も何か決め台詞を……」


 やめろ。感染すんな。


 隣で、リリスが小さく唇を噛んでいた。銀色の巻き髪の先が、ぴくりと揺れる。悔しいのか、それとも単純に弟への対抗心が燃えているのか。たぶん両方だ。


 この魔導祭、想像より騒がしくなりそうである。


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