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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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傷つける言葉と信じたい言葉

 「シオン様。少し休憩しましょう」


 普段より足取りが重い。思うように脚が進まないことがバレて、エノクは日陰に土のベンチを作ってくれた。


 雷魔法ほどではないけど土魔法もそこそこ珍しい。風魔法と水魔法が基本というか、受け継がれやすい属性。


 両親が雷と水もしくは風だった場合、高確率で雷を持って生まれることはない。


 ノアールは元気に駆け回る。


 この世界で蝶を見たのは初めて。ヒラヒラと飛ぶ蝶を追いかけては、遠くに行きそうになると急いで戻ってくる。


 ノアールの遊び心にまで気付いてくれたエノクは、魔法で小さな土人形を作った。


 形はシンプル。動きはカクカクしていて滑らかではない。


 簡単に崩れるほどヤワでもないのでノアールの遊び相手になってくれている。


 「ねぇ。アルフレッド殿下ってどんな人か知ってる?」

 「お恥ずかしい話、顔を会わせる機会がありませんので。団長から聞いた王太子殿下は、困ってる人は放っておけず、駆け寄って手を差し伸べるお方だと」

 「そう」


 では、花を付けてくれたのは彼の性格がそうさせたと解釈していいのだろうか?


 もう過ぎたこと。思い出にすると決めたのだから気にすることもない。


 「なぜ急に王太子殿下のことを?」

 「実はね。王立学園で知り合った……見かけた先輩がアルフレッド殿下だと今日知ったの」

 「あぁ。確か留学されるとだけ聞いています」

 「留学の目的は?」

 「魔法を学ぶためだと聞いております」


 そこはゲームの設定と同じ。


 「レイがいるのにわざわざ留学する必要あるかな」


 本当の目的はユファンかもしれないのだ。


 王族ともなればお互いの国を行き来していても不思議はない。


 そこで偶然、目にしたユファンに一目惚れ。光魔法を持つことも知った。


 十六歳には必ず王立学園に入学しなくてはならないのが国の決まり。


 ユファンと仲良くなりお近づきになれるチャンスは学園に在籍している残り一年のみ。


 邪魔者(わたし)がいなくなった平和な学園でゲームと同じイベントが起こりうわけはないけど(モブ令嬢が私の代わりに悪女となっていれば話は別)。


 悪女がいなくても攻略対象と仲良くなるイベントは多数ある。


 それらをそつなくこなしていれば、自然と好感度は上がり良い感じになっているに違いない。


 ユファンが誰を選び、誰と結ばれても私が断罪されることはないと信じたい。


 ──だって私。何もしてないし。


 冤罪で裁かれるなんて、真っ平ごめん。


 「レイアークス様も独自で学ばれた方ですからね。きちんとした基礎から学ぶべきだとお考えになったのではありませんか」

 「なるほど」


 周りが納得するだけの理由はあるわけか。


 「……ごめん、エノク。ちょっと嘘ついた。本当はね。花を付けてくれたの」

 「花、ですか?」

 「入学する一年生のときにね、生徒会のメンバーが一人ずつ。私は誰からも無視されてて、そしたら彼……殿下が来てくれて」

 「そういえば。向こうでは身分を隠すとか話していたような」

 「ええ。伯爵子息だったわ。だからさっき、殿下の名前を聞いたとき、彼は王太子だったんだって初めて知ったの」


 知ったから何かが変わるわけではない。


 嬉しかった想いに少し、傷が入る程度。まやかしだったのだ。私に向けられた優しさは。


 これからの私の人生に大きな変化をもたらすわけでもない。


 「お待ち下さい、シオン様。一つ確認よろしいですか」

 「何かしら」


 随分と深刻な表情。おかしな点はなかったはずだけど。


 「無視をされていたとは、どういうことでしょう?」

 「はい?」

 「闇魔法を抜きにしても、シオン様は公女です!それを無視などと……!!」

 「公女である前に悪女だったから」


 触らぬ神に祟りなし。不当な扱いを受けないためには、関わりを持たなければいい。


 彼らは自分の身を守っただけ。責める理由などない。


 新たに怒りの炎に身を包むエノクにそう説明すると、納得することなく不満そう。


 「生徒会のメンバーは男子だけですか」

 「女子もいるわ」

 「ふーむ。よくわかりました!」

 「え、なにが?」

 「きっとその者達はシオン様が高嶺の花すぎて、近づけなかったのですよ」

 「ぷっ。何それ」

 「きっとそうです!シオン様から放たれる高貴なオーラに足がすくんでしまった。間違いありません」


 慰めにしてはオーバーな気も。


 真剣に力説してくれていることから冗談でないことはわかる。


 ──何だかオルゼ化してない?


 「私に友達が出来なかったのも、高貴なオーラのせい?」


 ユファンを守るために危なっかしい令嬢を取り巻きにしたけど、友達ではなかった。


 向こうも甘い蜜が吸えると内心では大喜び。


 休日に仲良く出掛けることもなければ、共通の趣味があったわけでもない。


 私自身に惹かれるものはなく、彼女達の狙いは麗しき公爵子息二人。


 おかしな話よね。誰もが私を否定し毛嫌いするのに、あんな奴らのためになら、私の傍にいることも我慢するなんて。


 「いいえ。それはきっと、妬みです」

 「妬み?」

 「はい!こんなにも美しい髪と瞳を持ったシオン様に嫉妬して、友達という特別な仲になるのが嫌だったのでしょう。貴族はプライドが高いですから」

 「残念だけど、それはないわ」


 私の黒髪はリーネットに来て、レイが染めてくれた色。元の髪は……。




『おぞましい姿』



『気持ち悪いんだよ』





 ヘリオンと次男の言葉は胸に刺さり痛かったけど、今はもう何も思わない。


 「私の髪は、おぞましくて、気持ち悪くて、穢らわしい色だから」

 「私は前の色を存じ上げませんが、レイアークス様やスウェロ殿下が宝石のように美しく輝いていたと褒めておりました。私は心ない言葉を吐いてシオン様を傷つける連中よりも、敬愛し尊敬するレイアークス様達のお言葉を信じております。ですので、シオン様の髪がおぞましいなんて、あるわけがない」

 「でも、エノクは見てないから」

 「シオン様!!どうかシオン様を傷つけるだけの言葉などに惑わされないで下さい。あの方々は決して嘘は言いませんから」


 生まれてからずっと、蔑まれてきた。褒められるどころか、認められもしない色。


 あくまでも私の近くにいた人達からは、だ。


 家族や使用人はいつも顔を歪めたり睨んだりしていたけど、ブレットやメイはどうだっただろう?忌避感なく、普通の人として接してくれていた。


 森で出会ったスウェロも私の姿を見て大袈裟な反応を示すわけでもなく。太陽の如く輝く笑顔を向けてくれた。


 「信じたい。本当はあんな人達じゃなくて、みんなの言葉を」


 思い出しても傷つかないだけで、呪いのように私を縛る。


 シオンの色を私も好きになりたい。好きになろうとすれば呪いがまとわりつく。


 見るに堪えない穢らわしい色、と。


 黒い影は人の形となり、黒い手が目を塞ぎ耳元で囁く。


 根っこから否定されると、その通りだと思い込む。


 好きになる一歩手間で足がすくみ、好きになってはいけないと自身に暗示をかける。


 知らず知らずの内に尊厳さえ奪われていた。


 「それでは。シオン様が信じられるように、聞き飽きるまで何度でも言いますね」

 「エノク。貴方って本当に独身?」


 ときめいてしまいそうなことばかり言ってくれる。


 性格も誠実で優しい。空気を読んで察して能力もあり、おまけに副団長。モテ要素がしっかり詰まっている。


 顔しか取り柄のない攻略対象よりも遥かにイケメン。


 「付き合っていた彼女はいたのですが、討伐に行ってる間に、その……」


 苦笑いをしながら頬を掻く。


 恋愛未経験者の私にもピンときた。浮気されたんだ。


 討伐ばかりで滅多に会えない彼氏よりも、近くにいてくれる人につい惹かれてしまうのもわかるけど。


 こんなにも優しいエノクを差し置いて浮気することが信じられない。


 「あ!いいんです!元は私が悪いので」

 「いや、浮気したほうが悪くない?」

 「浮気?ち、違いますよ!?別れたのは私が彼女からのプロポーズを断ったからで……」


 私の勘違いは一分とせず訂正された。


 幼馴染みだった元カノとはエノクが騎士団に入る前から付き合っていて、周りからもお似合いカップルと賞賛されるほど。


 結婚を考えてないわけではなかったけど、死ぬかもしれない職に就いているため言い出せずにいた。


 熟練者であろうと、上級魔物との戦いは毎回のことながら命を懸ける。初級や中級でも油断をすれば命取り。


 魔物討伐とは、そういうこと。


 エノクには実力がある。油断なんて一瞬足りともするはずがない。それでも。多くの仲間の死を目の当たりにしてきたからこそ、幸せへの第一步を踏み出せないでいる。


 愛する人を幸せにしたい想いと、自分が死んで悲しみを背負わせたくない思いの交差。


 無理やりにでも引き止めて関係を続けるのか、別の人との幸せを願うのか。どちらが正しいかなんて誰にもわからない。それは本人達にも。


 未来を選択した二人が後悔していないのが一番。


 「勘違いしてごめんなさい」

 「謝らないで下さい。紛らわしい言い方をしたのは私ですから」

 「エノクはやっぱり、今でも彼女欲しいの」

 「気になる女性はいます。ですが、想いを伝えるつもりはありません」

 「どうして。エノクならきっと上手くいくよ」

 「困らせたくないのです。その人を」

 「告白したら困らせてしまうの?」

 「シオン様もよくご存知の方ですよ。最近、カフェ・ベラーノで働き始めた女性です」


 ──ん?それって……。


 ヒントを出しすぎたせいか、ほんのりと顔が赤い。反応から察するに相手はメイで間違いなさそうだ。


 恐らく、同年代だろうし二人が付き合うにしても、何かを気にすることはない。


 メイは平民にしてはとても優雅な立ち振る舞いで、ドレスを着てアクセサリーを付けたら最早、貴族。


 オルゼの帰還パーティーでもモテていたし、エノクのあの日に一目惚れしたのかも。


 「好意を寄せられて迷惑に思う人はいないんじゃないかな」

 「彼女はシオン様にお仕えすることに生きがいを感じ、シオン様に全てを捧げているように見えます。親しくもない男からの好意など、困らせるだけ。迷惑極まりないかと」

 「これから仲良くなっていく、じゃダメなの?」


 恋愛経験値ゼロの私が言うのもなんだけど。そんなすぐ好きな人のことを諦めなくてもいいんじゃないかな。


 メイの口から「困る」や「迷惑」と言われたわけでもないのだから。


 土足でズカズカ入り込まず、まずは友達から始めるのも一つの手。


 その場合、時間はかかるかもしれないけど。


 「迷惑でないのなら、もう一歩ぐらいは踏み込んでみたいです」

 「うん。そうするといいよ」


 しり込みしていると他の人と良い感じになってしまう。


 何もせずに後から後悔するぐらいなら、精一杯のことをして後悔するほうが、ずっといい。


 ──当たって砕けろ精神ではないけども。


 今のとこ、メイに春が訪れた様子はないのでエノクにもチャンスもある。私としてはエノクを応援したいので、出来る限りの協力はしていきたい。


 「そうと決まれば今から店に行こ。まずは顔と名前を覚えてもらわないと」


 カフェには多くの騎士が訪れる。店員も皆、彼らを「騎士様」と一括りに呼んでいるらしい。


 お互いに自己紹介をしたわけでもないし、常連になってくれた団員のことは敬意が親しみに変わり「騎士様」と呼ぶ。


 結局は騎士様なんだよね。


 恋人になるにしても友達から始めるにしても。まずは“大勢”から“個人”に抜け出さないと。そのためにエノクという人間を知ってもらう必要がある。


 理想は朝昼夕と三回。食べに行くことだけど、難しいかな?


 魔物の出現も減ってきた今ならいけるかなと軽い考えなんだけど。


 みんなの予想に反して魔物は激減している。このままなら年内には完全に、リーネットから魔物はいなくなる。(食用は除いて)


 討伐をメインとする第二騎士団の存続が危機に陥るわけではない。


 元々、第二騎士団はレイが作った討伐隊が進化したもので、宰相になった今でも騎士達の憧れの的。戦う姿は見られなくても、稽古を付けてもらえるだけでも贅沢。


 ──その第二騎士団に入るのが一苦労なんだけどね。


 レイが命を懸けて国を守ってくれていた証を失くすはずもない。


 「いえ。今はシオン様を送り届ける使命がありますので」

 「私のことはいいの。ノアールがいてくれるし。それよりも。思い立ったらすぐ行動!」

 「し、しかし。団長とレイアークス様に怒られてしまいます」

 「そっか。それは困るね」


 どんなに私がいいと遠慮しても、エノクは上司から命を受けている。途中で投げ出すなんて以ての外。


 後で叱られるのはエノクだし、聞いたところで素直に怒られたなんて言うはずもない。


 私に責任を感じさせないために優しい嘘をついてくれるんだ。


 私を送ったあとは報告のために寮に戻らなくてはいけないだろうし。


 その後に行けたらいいんだけど、他の団員、もしくは団長に捕まりそう。


 だってもう、指名された理由なんて第二騎士団の副団長だから、だろうし。


 騎士団員は皆、誠実で思いやりがあり優しい。その中で選ばれたのがエノクなのだから、そういうことだと思う。


 私は彼らにとても好かれていて、自分達を差し置いてなぜエノクなのかと、詰め寄られる可能性もある。


 自惚れでも自意識過剰でもなく、本当に彼らはただの一瞬足りとも私を邪険に扱わない。例え私が闇魔法を持っていなかったとしても。


 「そうだ。カフェに寄り道するのはいいよね?」


 ノアールも遊び疲れてお腹が空いてきたみたいだし、私も何かを食べたい気分。ガッツリではなくアッサリを。というか甘い物。


 私は食べたことはないけど、確かシャーベットはこの世界にあったはず。


 日陰にいたとはいえ少し暑さにやられてしまったと言えば、エノクは私の嘘に乗っかってくれた。


 ノアールを抱き上げて、メイが働いているカフェへと行先を変更。


 魔法で作られたベンチはサラサラと砂になり形を崩した。


 土人形はノアールのお気に入りとなり、カフェに着くまでは崩さないでいてくれる。

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