幸せになって欲しい人【レクシオルゼ】
「叔父上!アル兄様の名前を出すなんて、何を考えているんですか!?」
シオンはエノクと共に丘の上の家に帰ることになった。
俺が付き添いたかったけど、即却下されたので仕方なくエノクに頼んだだけ。
そう、仕方なく!断じてシオンが指名したからではない。
──顔色が悪そうだったけど、大丈夫かな。
アル兄様の名前を聞いた途端、血の気が引いた。
普通はそうだよな。親しくしている伯爵家の先輩がまさか、隣国の王太子だなんて夢にも思わない。
二人の距離がどれだけ縮まっているかなんて、連絡を取り合っていないから想像するしかないけれど、きっと休日に遊びに行くぐらいには仲良くなっているはず。
身分を隠すことで留学が許されたんだ。兄様自身が明かすことはない。絶対に。
だから俺も、兄様のことを愛称で呼んでいるのに叔父上ときたら……。
勝手にバラしてしまったら、兄様が可哀想すぎる。これでは玉砕覚悟の告白になってしまう。
何のために三年間、頑張っていたのか。
「あの二人に接点がないから名前を出しただけだ」
「はい?」
「接点がないというより、アルフレッドのほうがレディーに名前すら明かしていなかった」
初めて玉座の間でシオンを鑑定した日、プライバシーに関わるとわかっていてもつい、アル兄様とのことも見てしまった。
シオンは普通の人と比べて人間関係は単純で、交友関係も極めて少ない。見るのに時間はかからない。
あるはずの名前がなかったとき、叔父上は僅かに動揺したとか。
ポーカーフェイスを崩さない叔父上の動揺は誰にも悟られることはなかった。
「アル兄様はシオンが好きで。だから、留学したんですよね?」
シオンと関われるのは一年だけ。その一年でシオンと親しくなり、卒業式に告白すると意気込んでいた。
──距離の詰め方までは聞いていないけど。
え、待って。名前も名乗らずにどうやって、仲良くなるつもりだったんだ。
実際は王太子とはいえ、留学中は伯爵。加えてシオンは唯一の公女。
名前も名乗らない先輩なんて怖すぎて、物理的な距離取られるに決まっている。
──実は兄様、バカなのか。
たった一年でもシオンと学園生活を送れることに胸を躍らせていたのに。
シオンを幸せにするのも笑顔にするのも、絶対に誰にも譲らないと豪語した結果が、まさかの他人以下の距離。
ま、まぁ。出会ったのが入学式で、シオンがリーネットに来た時期を考えると夏の長期休暇に入る前。一ヵ月や二ヵ月の月日ならそれが妥当……。
いや!違う。一年と三年の接点なんてないに等しいが、運命なんてものはいくらでも作り出せる。
廊下ですれ違うとか、中庭で昼食を取っているときに話しかけるとか。方法は色々と。
人を好きになるのは初めてだし、緊張していたのかもしれない。なにせ、ずっと恋焦がれていた人が、目を奪われる美しさで成長しているのだ。
カッコ良い姿だけを見て欲しくてつい、後手に回っていたとしても不思議ではない。
アル兄様は一途だ。とても。怖いほどに。
一度好きになったのなら、アル兄様の世界はそれを中心に回る。
叔父上への崇拝度はスウェロ兄様のほうが上ではあるが、尊敬しすぎるあまり何をしていても必ず叔父上を引き合いに出す。
本人はそれを悪いとは思っていないし、むしろ正当であると主張する。
で、それをスウェロ兄様が援護する形になるから厄介。最終的には叔父上に言い負かされて終わる。
今回は尊敬や崇拝とは訳が違う。完全なる好意。
シオンを好きすぎて、シオンのためなら何をしてもいいと思い込み、問題を起こすのではないかと父様はずっとハラハラしていた。
母様も気丈に振舞ってはいたものの、プライベートの空間では落ち着きがなかった。
安心したのはアース殿下から報告書が届いたとき。アル兄様は副会長として皆に慕われ、人望も厚い。
試験も毎回、生徒会長を抜いて学年一位。相手は小公爵。
少しは手を抜いてあげてもいいのに。いや、アル兄様はきっと手を抜いている。会長に花を持たせるつもりで。
つまりは、クローラー・グレンジャーはその程度。大したことはないということ。
人気があるというよりは、次期公爵に擦り寄っている感じか。
容姿は整っているから女性人気は元からだろう。
「レクシオルゼ」
「はい」
「この話はもうやめていいか。頭が痛い」
「俺もちょっと痛いです」
大事にならずに暮らせているのなら、こちらから干渉することはない。
シオンが行方不明になっても、無闇に捜したりせずに冷静を保ちながら学園卒業まで我慢していることがアル兄様にしてはすごいこと。
昔なら周りの言葉を無視して、シオンを捜しに行ったはず。見つけたら一方的に想いを伝えて困らせただろう。
アル兄様はそれぐらい、本当に一途なんだ。
──大人になったってことかな。
アル兄様の成長は喜ばしいことで、アース殿下からの定期的報告が届く度に両親は不安から解放され、今ではアル兄様のことを信じている。
「叔父上はシオンのこと好きではないんですか」
「なぜ、陛下もお前も。私とレディーをくっつけたがる」
「お似合いだからですよ」
「親と同年代の男を宛てがわれるレディーの気持ちを考えろ」
「歳の差なんてお互いの気持ちがあれば、気にすることではないでしょう?」
叔父上は大人の余裕から寛大な心でシオンを愛する。たまに嫉妬する叔父上も面白い。
想像の中で二人が幸せそうに笑い合う。正直、アル兄様より叔父上を応援したい。
別にアル兄様が嫌いとかではなくて。
なんだろう。漠然と思ったんだ。兄様や俺はいつかは誰かを好きになって、幸せな日常を送るのだと。
叔父上は?
父上のために、国のために全てを捧げると決めた。それが叔父上の幸せだとしても、独りでいて欲しくない俺のエゴ。
わかっているんだ。叔父上は強い。独りでいても寂しさとは無縁。淡々と仕事をして、息をして。そうして生きている。
それでも。やっぱり俺は。叔父上が好きな人と、叔父上を好きな人が一緒になって、笑い合って欲しい。
「私よりお前はどうなんだ」
「好きですよ。異性ではなく人として。俺達は友達ですから」
「お前やアルフレッドのほうが歳も近いし、お似合いだと思うがな」
死の淵から生還したあの日。ぼんやりと視界に映ったのは、子供のように泣きじゃくる誰か。
叔父上が傍にいるのに慰めることもなく、その子はずっと、ただ泣いていた。
わからないけど俺には、その子の温かさのようなものを感じていた。流れる涙は綺麗で。
古い言い伝えがある。宝石のように美しい涙を流す者は心が温かい。優しい人であると。
薄れていた意識がハッキリしていたわけではないけど、俺には涙が光って見えた。宝石が零れ落ちるような、そんな風に。
あんなにも優しい人を泣かせてしまった原因が俺にあったのだとしたら、涙を拭ってあげたかったんだ。
命が助かった俺はぼんやりと、黒髪の少女のことばかり考えていた。
あの泣き方は俺が助かったことが嬉しくて泣いているのではなく、別の理由があるんじゃないかと思わせる。
無邪気な子供のように、人目もはばからず大きな雫を流し続けていたのだから。
「俺はアル兄様も叔父上も、もちろんシオンのことも好きです。だからこそ幸せになって欲しいと願わずにはいられない」
「レクシオルゼ」
「バカなことを言っている自覚はあるので、バカと言うのは勘弁して下さい」
「優しいお前だからこそ、優しいレディーとお似合いだと私は思っているよ」
予想外の返しに俺の時間が止まった気がした。
ポカンとアホ面を晒していると額に鋭い痛みが走った。
叔父上の中指が額に直撃したからだ。ポーカーフェイスを崩したことと、無防備になったことへのお仕置き。
「俺も叔父上も、アル兄様とシオンがお似合いとは言わないんですね」
アル兄様の恋心を知っているはずなのに。
シオンは歳下の俺なんかよりも、歳上の落ち着いた人が隣にいたほうがいい。となると、それは叔父上になってしまう。
アル兄様は次期国王としてとても優秀。それは誰もが認めている。
間違いを間違いとして指摘して正すことが出来て、瞬時に状況を判断し、困っている人々に平等に手を差し伸べる。
理想の国王。
だからこそ。シオンと結婚した後がどうなるのか。
国務を放り出すことはないが、仕事中もずっとシオンのことばかり考えて、シオンを愛して。
シオンを好きすぎるあまり、グレンジャー家やブルーメル家を滅ぼしかねない。
愛する人を傷つけられて見逃すほど、アル兄様の想いは安くはないのだ。
そして、一番厄介なのが。その命令を受けたスウェロ兄様や俺が遂行すること。
「今はまだ、お前のほうがお似合いだと思った。それだけだ」
叔父上は小さな笑みを浮かべた。
なるほど。アル兄様の恋を応援していないわけではないと。
二人が結婚する未来よりも、結婚した後の未来のほうがずっと想像しやすい。叔父上も俺と同じ未来を視ている。だからこその発言なのかもしれない。
それが本音かどうか俺にわかるはずもなく、叔父上の言葉だから信じることにした。




