番外編 存在が罪【ラエル】
妹が生まれた。
正直、ガッカリだった。俺は弟が良かったのに。
妹だと一緒に遊べない。しかも国で唯一の公女。お淑やかに育てるべく、俺達とはあまり交流を持てないかも。
でも!!俺は兄だから。どんなに邪魔くさくても邪険になんてしない。
会いに行って、遊んでやるんだ。
母上の侍女に連れられた妹は、妹のための部屋に行き、ベビーベッドに寝かされていた。
──どんな顔をしているんだろう。
ワクワクが止まらなかった。
赤ん坊の顔なんて早々見る機会がない。兄貴は俺の生まれたときを知っているけど、まだ一歳だったからよく覚えていないらしい。
二人で一緒に覗くと、さっきまでのワクワクはなくなり、これは現実か?と誰かに問いたくてたまらなくなった。
俺と兄貴は父上からグレンジャーの名に相応しい赤い髪を。母上からは思慮深く心を落ち着かせる緑の瞳を受け継いだ。
妹はどうだ?
誰にも似ていないその髪はおぞましく、醜くて汚らしかった。
下品でみすぼらしくて薄汚れた、まるで呪われたような白い髪。不吉で悪の絶対的象徴の黒い瞳。
──こんな汚らしいものが妹?
こんなにも下品な色がこの世にあるのかと、妹の存在は俺の人生の汚点になった。
友人に紹介出来ない存在。あんな奴のせいで恥をかくなんて真っ平だ!
悲劇はそれだけに留まらない。
母上が死んだ。原因は妹。
侍女が泣きながら伝えた。誰にも似ていない醜い妹を見ては、現実を受け入れられずに心臓が止まってしまったと。
無理もない。自分の体から、あんな化け物が産まれてきたんだ。正常な人間なら発狂死してしまう。
その日から妹は、人生の汚点だけでなく、俺の目には人殺しにしか見えなくなった。
妹には誰も近づくことはなく、乳母も世話をするのを嫌がるほど。放置しておきたい気持ちがあったが、父上が妹を生かすことを決めたせいで渋々、世話をする羽目に。
生きてさえいればいいため、一日に三回のミルクと、そのついでにオムツを交換する。それ以外は部屋にも近づかない。
顔を見なければ嫌いな奴の記憶なんて次第に消えていく。完全に忘れ去る前に毎回、生存確認をしに部屋に足を運ぶ。
ある日の夜中。妹の部屋に、いるはずのない使用人が妹を取り囲んでいた。
──大人として赤子を放置することに抵抗があるのか?
様子を見ていると、使用人はただ憂さを晴らしているだけなのだと理解した。
「ほんと気持ち悪い髪」
「あんたなんて生まれてこなきゃ良かったのよ」
「公爵様達が可哀想だわ。こんな呪われた子のために奥様がお亡くなりになるなんて」
「奥様の代わりにあんたが死ねば、みんな幸せだったのに」
何を言っているのかわからない妹は話しかけられることが嬉しいらしく、喜んでいた。
世間には母上の死は自分の命と引き換えに娘を生んだと美談を流した。娘を見て命を落としたなんて公爵夫人にあるまじき失態だと考えたのだろう。
わかっている。父上は小さな失敗も許さない完璧人間。例え、政略結婚であろうと公爵夫人であったのなら、どんな化け物を産んだとしても気丈に振る舞うべきだと思っている。
愛がなくとも、何十年も連れ添った妻なのに。情の一つも湧かなかったのか。
俺は何も見ていない。何も聞いていない。
どうせあの化け物に人間の言葉が理解出来るはずもないんだ。
音を立てずに自分の部屋に戻っては、眠りにつく。その日はとても気分が良く、いつもよりぐっすりと眠れた。
ただ、気持ち悪かった。兄様と呼ばれることが。
触れようと伸ばされた手を振り払えば、泣きそうな顔をして俯くだけ。
──なんだよそれは。
人殺しの分際で被害者面をする妹には嫌悪感しかない。
不快で、見ているのも腹が立って、下品な髪を掴んでは頬を引っぱたいた。
勢いよく倒れる姿を見て、なんだかとても気分が良かった。
「気持ち悪いんだよ!」
「っぁ、ご……ごめんな、さい」
謝るぐらいなら死んでしまえ!!
その言葉は必死に飲み込んだ。
じんわりと赤くなっていく頬を抑えながら、走って部屋に逃げ込む。
生まれて初めて誰かを叩いた。手が痛い。
「ラエル様!お手は大丈夫ですか!?」
一部始終を見ていた使用人が駆け寄って俺の心配をしてくれる。
汚いものに触れたのだからすぐに消毒をして手当てをしてくれた。
怪我をしているわけでもないのに、大袈裟に巻かれた包帯。恥ずかしかったけど兄貴に心配してもらえたのは嬉しかった。
ただでさえ目障りな妹が、よりにもよって闇魔法の使い手だった。
世界を滅ぼそうとした魔法が、名高きグレンジャー家から生まれるなんて。
恥どころではない。醜聞だ。
すぐさま父上に手紙を出すと、仕事を切り上げて戻ってきてくれた。
ただ、父上は妹と会うつもりはなく、俺と兄貴に詳細を求めた。
本人も戸惑っている様子で、どうしたらいいのかと俺達に聞いてきたのだ。
グレンジャーの血筋は代々、二つの属性を持つことで有名。父上は五大属性全ての魔法を扱えるがな。
だが、妹は属性がないどころが、闇だと。
見た目もそうだが、魔法もふざけている。
こんな奴のせいで母上が死ななければならなかったと思うと耐え難い。
父上が許可してくれればすぐにでも、殺してやるのに。
「いずれはバレることだ。放っておけ。今は初級魔法も使えないはずだ。魔力が暴走したところで、お前達や屋敷に危害が加わるわけでもない」
仕事ばかりの冷たい人間だと思われがちの父上ではあるが、たまに顔を合わせるとこうして心配をしてくれる。
家族を大切にしながら仕事を完璧にこなす父上はまさに憧れ。
俺は父上のような大人になると物心つく前から決めている。
その愛情を母上に向けてあげなかった理由はわからないが、きっと意味があることに違いない。父上が間違えるはずはないのだから。
妹のために怒ったわけではない。
たかが雇われ執事如きが、グレンジャー家の名前を見下したことに腹が立っただけ。
陰口や多少の不遜な態度には目を瞑る。妹は所詮。運良く公爵家に生まれただけの愚物。公女として扱う必要なんてない。
だが。調子に乗ってグレンジャーの名前を汚すことだけは許されない愚行。本来であれば俺が直接、罰を与えるところだが今回だけは妹に譲ってやる。
──一応は、コイツの部屋だからな。
兄貴と同じように優しい兄として接してやったのに、妹はいつの間にかそこからいなくなっていた。
人の気持ちなんてお構いなし。自分こそが正しいのだも言わんばかりの態度。
妹に対する怒りが膨れ上がる。
アイツがもっと下手に出て、自分が生まれてくる価値のない人間だったと認めるのなら、少しは優しくしてやってもいいと思っていたのに。
執事の愚行に関しては処罰の必要がないと判断した。
俺は自分が間違ったことをしたつもりはない。
アイツは兄貴が死にかけているのに笑ったんだ。
──母上だけでは物足りず、兄貴まで殺そうとするなんて!!
「私に……あのゴミが散乱した部屋で過ごせと言ったのに?それでも正しいと?」
その瞬間、これまでの妹の悲痛な顔を思い出した。
使用人からのいじめにより、何度も俺達を見るその目は痛みに耐えていて。
いつからか、俺達を見ることはなくなり、漆黒の瞳は虚だった。
今も、その瞳は……。
それはまるで、兄貴が間違っているかのようで。
そんなはずはない。兄貴は正しいんだ。いつだって。
母上が死んで泣いてばかりいた俺を慰めてくれた。
父上が屋敷にいないのは公爵家当主としての務めを果たしているからだと教えてくれた。
たった一年しか違わない兄貴は人生の先輩であり、師でもあったのだ。
その兄貴が間違えるはずがない。そうだ。きっと、コイツが兄貴を怒らせたんだ。そうでなければ、仮にも公女にあんなゴミ部屋で過ごせなどと……言うはずがない。
一発殴るだけじゃ怒りは収まらない。
自分の罪を認めないどころか兄貴のせいにして責任を逃れようとするなんて。
手の皮がめくれても、アイツの顔が醜く腫れ上がっても、殴ることをやめたくなかった。
すました顔を殴ってやろうと拳を握りしめると忙しいはずの父上が様子を見に来てくれた。
空気が変わったのを感じる。
久しぶりの父上は激務に追われているというのに、やつれることはなく以前と同じように威厳を保ったまま。
俺はそこでまた、思い出したことがある。
いつだったか、妹が魔力暴走を起こし、高熱で寝込んだときがあった。あのときも父上は屋敷にいたが、様子を見に行くことも、心配する素振りもなかった。
まるで最初から、娘という存在がいないかのように振る舞う。
父上が来たことに誰よりも驚いていたのは妹。
羨ましがることはないものの、俺は心の中でざまあみろと呟いた。
親が子供を心配するのは当然。心配されないのは、妹が、シオンが、家族ではない証拠。
図々しくも母上を殺して生まれてきたような失敗作。
生きていることではない。生まれたことが罪なのだと、思い知れ。
お前のような化け物は早く消えてしまえ。俺達の前から……いなくなれ!!




