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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第二章

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幸せな笑顔

 「お久しぶりです。公女様」

 「ええ、久しぶりね、ブレット。夫人は初めましてよね」

 「はい。公女様。初めまして。妻のエリーラと申します」


 特別美人というわけではないけど、愛嬌がある。体型もスリムとは言い難く、そこがまた可愛らしさを強調していた。


 優しさの中に折れることのない強い芯がある。旦那を尻に敷くタイプではなく、夫婦二人三脚で頑張ろうとする姿勢が私には見えた。


 三人共が立ったまま話をするものだから、座るように勧めた。


 向かい合ったはいいけど、何を話そうか。


 私は本当に、二度とブレットと会うつもりはなかった。


 私の存在はブレットが生きていく上で邪魔にしかなり得ない。それならばいっそ、最初から私と出会わなかったように、静かで平穏な日々を送って欲しいだけ。


 一年もすれば私のことなんてみんな忘れる。忘れ去られた悪女なら、ブレットも気兼ねなく私のことを“過去”として切り捨てられた。


 「今日は商品をお持ち致しました」

 「商品?」


 新商品が発売するときは必ず、私の元に来るようにと言ったのはまだ屋敷にいたとき。あの約束は無効。律儀に守らなくてもいい。国境を越えてまでも。


 ブレットは丁寧に箱から幾つかの物を取り出す。


 イヤリング。ピアス。ネックレス。ブローチ。腕輪。


 どれも前の私の髪色と同じ白銀。派手さはなく無難な形と大きさ。


 「公女様。どちらにいたしましょう」

 「ごめんなさい。覚えがないんだけど、私が頼んだのかしら?」

 「いえ、こちらは……レイアークス様から注文を頂きました。普段使い出来る装飾品に通信魔道具を組み込みたいからと」


 なるほど。騎士の訓練場で私の耳を見たのは穴が開いているかの確認をしたかったから。


 それならそうと言ってくれればいいのに。サプライズにしてくれるつもりだったのかな?


 あの行動は周りの人に誤解を与えかねない。後で説明しておかないと。


 忙しいレイ本人が行けるわけもなく、従者にお使いとして頼んだ。


 空間魔法で国境を超えることは暗黙のルールで禁じられていて、森を突っ切った。最短一日の距離を風魔法でスピードを上げ数時間の短縮に成功。


 速すぎるために慣れたはずの馬車で酔ってしまったのは、果たして成功としていいのか。


 向こうは森に警備隊を配置していないため、森さえ抜けてしまえば誰でも入り放題。危険を冒してまで森を抜ける考えなしがいるわけもなく、そこに人手を割く合理的理由がなかったのだろう。


 そのおかげで、私は難なく国を出られたのだから感謝はしておく。


 正体がバレないように一般客を装い、店主であるブレットに直接、注文を取り付けた。


 特別な相手へのプレゼントだろうと気軽に引き受けた矢先、渡す相手が私だと知り全力以上で取り組むと燃えていたらしい。


 ──そんな面白いやり取りなら、見てみたかったな。


 そのときにお代も払ってくれていた。商品を届けに来てもらうことも考慮され、通常よりも多めに。


 従者は護衛のためそのまま向こうに残った。命を最優先させるなら遠回りになっても迂回するしかなく、その道中でさえ安全とは言い難い。


 生活に困った人が生きるために馬車を襲うかもしれない。ただ奪うことを目的とした盗賊に出くわすかも。

 あらゆる危険を想定したらキリがない。


 ──やることなすことスマートすぎるな。


 客だからと威張ることもない。同じ目線で対等に接する。


 護衛を付けた理由に、商品のためではなくブレットのためだと言えてしまうのだから初対面の人がレイに心を開くのも納得。


 私がピアスを気に入るかもしれないからと、選択肢に入れてくれた気遣いは流石。


 色の指定まではなかったのだろう。わざわざこの色にしてくれたのは、少なくとも彼らはこの色が嫌いではないと示してくれている。


 世界中の全員があの色を嫌っていなかったのなら、私も好きでいて良かったのかな。シオンの色を。


 黒く染めたのは知り合いにバレたくない思いから。レイが提案してくれたんだよね。


 懐かしいな。


 たまたま森で助けた人がまさか第一王子だなんて。あの偶然がなければ、私は今もこうしてリーネットにいたのだろうか。


 「そうねぇ……。迷うけどやっぱりブレスレットにするわ」


 ずっと欲しかった。アクセサリーを買い漁っていたときも、これだけは買ったことはない。


 ずっと遠い未来で、祭りに参加出来たときに買えるかもしれないと、淡く儚い希望を抱かずにはいられなかった。


 些細なことでも生きる希望にしなくては、現実に耐えられなかった。


 他の商品も会計は済んでいるため全て、私の物となるらしい。


 選んだのはあくまでも、魔道具を組み込むためであり、その他も普段から使えないわけでもないデザイン。


 「同じ色で首輪もお願いしてもいいかしら。ノアールとお揃いにしたいの」

【お揃い!?】


 目をキラキラと輝かせ尻尾を振るノアールからはかなりの喜びが感じ取れる。


 「こちらで、よろしいでしょうか。公女様」


 もう一つの箱を開け、中から首輪を取り出した。


 サイズはノアールにピッタリ。早速付けると大喜び。


 一度外すと尻尾がへにゃりとしぼんだ。ノアールの感情は尻尾で読み取れる。


 首輪にも通信魔道具を組み込んで欲しいから、頼んでみようと思う。ノアールにはそれまで我慢してもらわないと。


 「私ね。今、丘に住んでるの。ほら、ブレットが綺麗だと言っていたあそこ」


 私の近況に興味はないかもしれないけど、あの場所を教えてくれたのはブレット。


 自己満足だろうと報告はしておきたい。


 情報なくリーネットに来ていたら、あの丘に家を建てる許可は貰わなかったし、そもそも。隣国であるリーネットを選択肢に入れていなかった。


 何日もかけて辿り着く国。私が決して行かないであろう辺境を目指すつもりだったのだ。


 プライドの塊が苦労を買って出るなんて、誰も夢にも思わないだろうし。


 今の私が自由に、望んだ平穏な日々を送れているのは紛れもなくブレットのおかげ。


 「公女様が幸せそうで何よりです」

 「優しい人達に囲まれているからね」


 それでも、深くは踏み込めない。優しさに触れてしまったら、突き放されてしまったときに、抑えきれない絶望によって世界がどうなってしまうのか。


 英雄が世界を救ったときとは真逆。


 光なんて届かない。太陽も月も星も、道標となるべき光が消える。希望を打ち砕くように一筋の光さえ握り潰す。


 その世界を簡単に想像出来てしまうから明確に線を引く。


 あちら側には行かないと。


 私は、私とノアールの二人だけの世界を強く望む。それは今でも変わっていない。


 でも、きっと。本当にそんな世界になってしまったら、どうしようもない寂しさに生きることが苦しくなって、自分の手で命を終わらせてしまう。


 「公女様がこんなにも笑顔でいるなんて初めてです。雰囲気も柔らかくなっていますし。心に余裕が出来たみたいですね」

 「そ、そう……かしら」


 自覚をしていなかっただけで、私はかなり変わっていたらしい。


 ──改めて言われると恥ずかしいな。


 心に余裕が生まれ、まだ癇癪を起こしていないのがその証拠。


 今の生活に不満はないからね。私をイラつかせる家族や使用人はいない。


 荒んでいた心は洗い流された。


 人間とは不思議なもので、優しくしてくれる相手には優しくしたい。私が変われたのはリーネットのおかげ。


 笑顔が増えたなとは自分でも思っていた。表情筋がよく緩む。だらしなくではない!普通の笑顔として!


【シオン】


 ピョンっと膝の上に乗っかったノアールは私を見ていなかった。


【顔が赤いよ】

 「え?」


 確かにブレットと夫人は顔が普段より赤い。言われなければ気付かない程度。


 顔色は悪くないし滑舌も良い。息切れも起こしていなければ体が震えている様子もない。


 国によって気候は違う。私は慣れてしまっているから感じないだけで、ハーストよりも気温が高いのかもしれない。


 医師でもないド素人の判断は危険。念の為、王宮医に診てもらおうと人を呼ぼうと立ち上がった瞬間、二人は全身の力が抜けたかのようにふらっと倒れた。


 テーブルに倒れ込んだ大きな音に、様子を見に来たオルゼは何事かと扉を開けた。


 ブレットはテーブルを巻き込んで倒れ、夫人はソファーに横たわる。


 つい数秒前まで、私と話していた二人は倒れたまま動かなくなり、顔や体には三センチほどの黒い斑点が浮かび上がる。


 「大丈……」


 触れようとした手をオルゼが掴んだ。その表情は険しく、手に力がこもる。


 「すぐに部屋を出る!」

 「待って……。あの二人を」

 「あんな症状!見たことも聞いたこともない。すぐに離れるべきだ!!」


 私を気遣う余裕なんてなく、無理やり力で引っ張られる。


 オルゼの心配は尤もだ。新種のウイルスで感染方法もわかっていないのだから、とにかくまずは部屋を出るしかない。


 二人は大量の汗をかき、胸を押さえながら苦しむ。呼吸も荒々しく、息を吸い込むだけで血を吐くような勢いで咳までしていた。


 ──あんな姿を見て、放っておけと言うの?


 オルゼの手を振り払って駆け寄ろうとすれば、竜巻のような風が私の四方を塞ぐ。


 「気持ちはわかる!でも!危険なんだ」


 救えないかもしれない。その事実がオルゼの胸をキツく締め付けている。泣いてしまいそうなのは、何度も同じことを経験しているから。


 目の前で失われていく命。必死に繋ぎ止めようとしても、無情にも糸は切れていく。


 ピクリとも動かなくなった人を目にするのは辛い。


 「レイは!?鑑定したら症状がわかるでしょ!?」

 「叔父上と兄上は明日にならないと出てこられない」

 「今はそんな冗談を聞いている場合ではないの」

 「冗談じゃない!本当に……そういう部屋があるんだ」


 では、私はこのまま死ぬかもしれない二人を置いて、自分が助かりたいがために見殺しにするの?


 それは今まで受けたどんな痛みよりも痛かった。


 心臓を握り締められる。胃がキリキリする。


 オルゼの魔法の中でレイに鑑定してもらうつもりで持ってきていた王林を素早くカットして、口元に持っていくも食べる気力さえない。


 どんな万能薬だろうと、食べられなければ意味がないんだ。


 「お願い。助けて……。誰でもいいから……助けて!!」


 天を突き抜けるような声。


 黒い霧が流れたかと思えば二人を包む。それは私が特訓している怪我を治す魔法で、痛みや苦しみを闇の中に飲み込んだ。


 汗は引いていないけど、呼吸は整い顔色も良くなってきた。


 「オルゼ。魔法を解いて」


 さっきの魔法で魔力が切れた。


 怪我ではなく病だったから、普段より消費が激しかったのか。後でレイに相談しないと。


 この風には私を傷つけるだけの威力はないはず。かといって抜けられるわけでもない。本人に解いてもらわなくては。


 症状が消えたところで、治ったかなんて私達には判断がつかない。


 「お願い、オルゼ。貴方を嫌いになりたくないの」


 悲痛な叫びにでも聞こえたのだろうか。何かを言おうと開いた口はすぐに閉じ、風は段々と弱まる。弾け飛ぶように風は消えた。


 「ありがとう」


 感染して私に移ったとしても文句も悔いもない。

 体内での潜伏期間が長いのか、発症はすぐではなかった。どこでどうやって感染したのか。そもそもこれは、感染するのか。


 今の段階では何もわからない。


 脈は正常。呼吸の乱れもない。意識もハッキリしてきた。


 ソファーに座らせると、体の力はまだ戻っていないようで背もたれに体を預けたまま。


 姿勢が悪いからと無理に正そうとする二人を慌てて止めた。


 正真正銘、病み上がりなんだから。


 楽な体勢でいたほうがいいに決まっている。


 今の状態では一口サイズであろうと固形物を食べるのは難しい。


 王宮にはまだ、すりおろしたリンゴの在庫がいっぱいあり、オルゼが持ってくるように指示を出していた。


 私に近付くなと言った彼は、自分で二人に食べさせるつもりだった。


 自分より他人(わたし)を優先してくれていたんだ。


 皆から慕われる騎士団長が、隣国の商人のために命を危険に晒すなんて。


 「ごめん。酷いことを言って」

 「いや。俺も乱暴だった。冷静に説明すれば良かったんだけど」


 スプーン一匙のリンゴを口元に運び、僅かに開いた口の中に入れると飲み込んでくれた。


 渇いた喉も潤されるのだから、病気をしたときのリンゴの役割が大きい。


 「落ち着いた?」

 「はい。ありがとうございます」

 「無理はしないでね」

 「いえ!本当にもう大丈夫です。体は軽くなって。むしろ前より調子が良いです」

 「私達より公女様のほうが、その……」


 助けられないことに怒りと悲しみ、助かったことで安堵し。涙が流れっぱなしで目が腫れてしまった。


 回復魔道具を持ってこようとするオルゼを止めた。


 冷やしておけば、明日明後日には治る。魔道具だって発動するのに魔力石を使うのだから、いざというときのために取っておかないと。


 この一件で泣く未来があるかもしれない。何が起きるかなんて、誰にもわかりはしないのだから、救う手段は一つでも多いほうが安心。


 「それで。さっきのは一体何?」


 二人は視線を交わらせた後、ゆっくりと口を開いた。


 「実は……数日前からハースト国で原因不明の病が流行っていまして。あ!平民の間だけです!」

 「それは、さっきみたいな症状なの?」

 「はい。ただ、まだ一部の村で発症しているだけなので、知っている者のほうが少ないのです」


 商人は情報が命とも言える。貴族よりも平民の情報を持っているのは彼らかもしれない。


 今のところは病気が発症した人が死んだと報告は上がっていないようだ。


 黒い斑点、高熱、体の激痛。この三つが発症した証。

 どんな薬を飲んでも何一つ効くことはなく、永遠に苦しむだけ。死の恐怖に怯えながら。


 オルゼは顎に手を当てて何かを考えたあと「そういうことか」と呟いた。


 まるで原因がわかったような。


 深刻そうな横顔。口元が微かに笑っているのは気のせいだろうか?


 今回のことは報告しなければならないからと立ち上がった。


 引き止めるわけにもいかず、伸ばそうとした手を抑えた。


 三人だけになると沈黙が流れる。紅茶を飲む音さえ目立ってしまいそうで、誰もカップには手を付けない。


 気まずさが残る中で、私が泣いたことは誰にも内緒にして欲しいとお願いすると「もちろんです」とうなずいてくれた。

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