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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第二章

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俺以外にはいない【ヘリオン】

 やはり納得がいかなかった。例え王族であろうと、貴族同士の婚約に口を挟むなど。


 多少のすれ違いから誤解が生じてしまっただけなのに、あそこまで言われる筋合いはない。


 名誉を失墜だと?ふざけるな!!誰がそんなことをするものか!!


 幸い、学園は夏季休暇に入る。行方不明のシオンを捜す時間ならいくらでもあるというわけだ。


 本来、夏季休暇は魔力を増やしたり魔法の特訓をしたり、婚約者と親睦を深めたりする者もいる。


 俺はシオンを取り戻す以外に予定を組むつもりはないが。


 「それで?ヘリオン・ケールレル。話というのは?」

 「シオンを捜す許可を頂きたいのです」

 「君達はもう赤の他人だ。そもそもの原因は、君が招いた不始末のせいだろう?」

 「私とシオンは愛し合っているのです!互いを必要とし、他の者など目に入らないほどに!」


 証拠としてシオンからの手紙を見せた。


 一枚ずつ丁寧に扱い、ゆっくりと目を通していく。


 「なるほど。確かにシオン嬢は君に想いはあったようだ」


 よし!食いついた。


 殿下も婚約者のことは愛している。俺の気持ちに共感させてしまえば、命令の撤回など容易い。


 十六年のほとんどを屋敷でしか過ごしていない、シオンの行ける所など限られてくる。それでも小公爵に見つけられないのが不可解。


 シオンのことを匿う人間などいるわけがない。国中から嫌われている悪女なんだ。


 時間と金さえかければすぐにでも見つかる。


 少しすれ違っていただけだ。きちんと説明すればシオンだってわかってくれるはず。


 「それで?最近の手紙はないのかい?」


 封に入れてスっと手紙を返しながら、殿下はニッコリと笑った。


 想定外の反応に動きが止まる。笑顔も引きつった。


 殿下の笑顔は脅迫に近いものがある。


 どうする。手紙をでっち上げるにしてもバレたら面倒だ。


 他に殿下を納得させられる物などない。


 「まさか、たったこれだけで来たわけではないだろうね」

 「たった?私にとってかけがえのない宝物です!」

 「でも、君は他国の公女と結婚式するんだろう?」


 殿下がなぜ、そのことを知っているんだ?


 俺の新しい婚約は正式ではないため、まだ発表もされていない。ましてや母上が上手く説得し、納得までさせた。公になっているはずがない。


 エイダ嬢は文句の一つもなく、詳しいことも聞かずに笑顔で承諾。裏がありそうな感じはなかった。恐らく、エイダ嬢も私との婚約は不本意で、どうにか白紙にしたかったのだろう。


 「向こうの国から手紙が届いてね。もしかしたら交流を持つかもしれないから、よろしくと」


 そうだ。いくら内密に事を進めたとしてと、外国の、しかも大公家から縁談があれば相手側は国王に報告する。しかも、今のハースト国には闇魔法の使い手も誕生した。


 懸念し、警戒するのも当然。


 闇魔法は世界を滅ぼそうとした悪の象徴なのだから。


 シオンの悪行は国だけに留まらず外にも広まっている。個人の醜聞は事実が捻じ曲がり国から国へ、人から人へと瞬く間に伝わっていく。


 シオンがユファンを突き落としたという噂も捻じ曲がり、殺そうとした。きっと、そんな内容に変わる。

 あの高さから落ちたら、運が悪ければ死んでしまう。あながち、嘘ではない。


 ち、違う!シオンは助けたのだ!ユファンを!!


 誤解であったことは俺自身も認めているはずなのに、なぜまだ、シオンが突き落とそうとしたなどと妄想が。


 ──まさか……そうであって欲しいのか?


 「殿下はご存知ないようですが、その件は保留となっています」


 そんなはずないと強く否定しながら、婚約に関しても正しい情報を殿下に伝えた。


 「随分と勝手だね。君から申し込んでおきながら」

 「私にはシオンがいるのです!シオン以外を娶るつもりなど毛頭ない!!」

 「シオン嬢は君を好きでもないのに?」

 「それは……」

 「婚約破棄も君だけが過剰に反応していただけで、シオン嬢はすんなりと受け入れていたのは私の記憶違いか?」


 シオンは婚約破棄を望んでいた。思い当たる節はない。


 噂に関しての謝罪はした。他のことが原因だとしたらシオンの性格上、俺に言ってくるはず。


 あんなのは一時の気の迷いに決まっている。王命だったから仕方なく受け入れただけで、本心であるはずがない!


 シオンが俺から離れたいなんて。




『いらない』




 ある日のシオンの言葉が聞こえてきた。


 いらない?不要?なぜ?


 俺は婚約者としてシオンのことを一番に考えてきた。初めて会ったあの日から、ずっと。


 俺しかシオンを救ってやれない。


 俺だけがシオンを愛してやれる。


 ()()()()()姿()も含めて、俺はシオンを……。


 「はぁ。ケールレル。君はグレンジャー公爵から全てを聞いた上で、あんなことをしたのだろう?ならば諦めて現実を受け入れるのが筋だ」

 「何のことですか?」

 「驚いた。婚約者である君には話していると思っていたが……。ねぇ、一つ教えてくれ。君達の婚約はシオン嬢が望んだものだったんだよね」

 「いいえ。将来、子供を授かるための政略結婚です」


 婚約はケールレルから持ち掛けた。グレンジャー家は、あんなのでいいのかと確認していたが、父上と母上は血を絶やさないために多少の欠点には目を瞑った。


 せめて俺に兄弟がいれば良かったのだが、魔力の高い子供を生むのは体に負担がかかる。最悪の場合は命をも落とす。


 グレンジャー夫人がまさにそうだ。体があまり丈夫ではなかったため、自らの命と引き換えにシオンを産んで、そのまま……。


 両親からはそう伝えられたが、俺にとってシオンは子供を産むための道具なんかではなく、愛する女性だった。


 「そう、か。私達は勘違いをしていたのか」


 殿下は驚きに満ちた顔をしていた。目を伏せ、膝の上に乗せられた拳を強く握り締める。小刻みに震えていることから、まるで怒っているような。


 感情が高ぶっているのか、沸騰したように紅茶がぶくぶくと泡立つ。


 水魔法の使い手は、能力が高い者は感情によって周囲の水やお湯に影響をもたらす。魔力のコントロールが出来ていれば被害はない。


 「この罪を、どうやって贖えばいいのだろう」


 誰に言ったのか。開かれた殿下の瞳は揺れていて、後悔の色に染まっている。


 「ヘリオン・ケールレル。命令は絶対だ。勝手なことをするな」


 今までと違いグッと低い声。笑顔ですらない。


 目は俺を睨み、感じたことのない威圧に息を飲む。


 急激に酸素が減ったのは気のせいか?


 喉が渇く。上品な紅茶を味わうことなく口の中に流し込む。

 カップが空になると殿下は外にいる騎士に声をかけた。


 「ケールレルがお帰りだ。丁重にお見送りして」

 「なっ!殿下!!」

 「最悪だ。せめて本人に確認しておけば良かった」


 呟かれた独り言。


 騎士に腕を掴まれ強制的に部屋を退室させられる。


 残された殿下は力なく天井を見上げては、両手で顔を隠していた。


 「ケールレル。君は体調は大丈夫かい」


 投げかけられた言葉はあまりにも小さく、答える間もなく扉は閉められた。


 質問の意図がわからないまま俺は王宮を後にするしかなかった。


 待っていてくれた御者には、歩いて帰りたいからと先に帰ってもらう。


 一人になって考える時間が欲しかった。


 婚約者を想う俺の気持ちに寄り添おうとしない殿下に腹が立った。


 会話の中に見つけた違和感。グレンジャー公爵が俺に何かを隠している?しかもシオンのことを。


 ──婚約破棄の日も、やたら殿下がシオンの肩を持っていたな。


 二人に面識はない。シオンは一度として王宮に参上したことはないのだから。


 闇魔法のせいでシオンが孤独にならないように気を遣ってくれているにしても、あれは変だ。


 確固たる証拠もないのに公爵を問い詰めたところで白状はしないだろう。


 風に当たりながら歩いていると、前方にユファンを見つけた。


 安物のアクセサリーを選んでいて、女性物から母親へのプレゼントだと予報がつく。


 男にあげるのではないことに安心した。


 「あ!ヘリオン様!」


 愛らしい輝く笑顔。


 抱きしめたい衝動を抑えながら、どれを買うのかと、会話を広げた。


 小ぶりの宝石が付いたブレスレットを母上に贈りたいらしい。


 夏季休暇を利用して知り合いの店で金を稼ぐ予定も立てている。


 母親へのプレゼント故に自分で稼ぎたいのだろう。


 ──親の金で豪遊していたシオンとは大違いだな。


 クソッ!まただ。


 シオンとユファンを比べるなど。


 あんな穀潰しとユファンを比べて失礼だ。


 思考が何かに侵食される。徹底してシオンを悪者にしたいかのような。


 「ヘリオン様は長期休暇のご予定はありますか?ご迷惑でなければ、魔法の特訓に付き合って頂きたいのですが」


 俺の予定は完全になくなった。ハッキリと命令が下されてしまった以上、シオンを捜すなんて到底不可能。


 ──この国のどこかにいることは間違いなのに……!!


 今頃はシオンの頭も冷えて勢い余って婚約破棄を受け入れたことを後悔している。


 俺の前に姿を現せないのは、俺が怒っていると思っているから。


 迎えに行って、抱きしめて。そうだ。キスの一つでもしてやれば機嫌は治る。


 「私で良ければいくらでも付き合おう」

 「本当ですか!?嬉しいです!」


 手を合わせながら大喜びするユファンは貴族とは程遠い。


 可愛くて、女の子を思わせるユファンの行動は俺にとって新鮮だった。

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