開演二時間前
試合まで二時間というところで開場された劇場には、長蛇の列が出来ていた。
事前に格安で販売された観戦チケットは即座に完売し、運良く入手した人々が会場入りの為に列を成していた。
その列の中には、アリナの姿があった。『野暮用がある』との事で何処かに行ったロイドを置いて、一人で並んでいる。
「こんな日に一体何の用があるってのよ……」
アリナがチケット販売を聞いた時には、既にロイドが特等席のチケットを確保していた。当然といえば当然だが、彼も相当楽しみにしていたはずだが、本当に一体どんな用事があるのか。
エレインが良いところを見せた時、『あの娘はアタシが育てたのよ』という感じで自慢したいのに。
そんな何処か邪な感情を抱えながら、少しずつ列を進んでいく。
その時、彼女の視界の端に何かが映った。
頭からフードを被った人物。体型を見ると、恐らく女性。顔ははっきり見えなかったが、僅かに覗いた部分に見覚えがあった。
「まさか……」
少しばかり考えたが、しかしすぐ可能性を除去する。彼女が今しがた頭に浮かべた人物は、こちらにいるはずのない者だったから。
「いえ。『リィズ・クローム』が、ここにいるはずがない……」
海洋の国『リズリー』にいるはずの女。エカテリーナが消え、ウルスラも死んだ今、世界でただ一人魔導士の最高階級である『賢者』の称号を持つ者。
彼女がいるということは、即ちリズリーの勇者もアルマイレにいるということだからだ。
ありえない、と可能性を排除しながら、しかしアリナは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
*
舞台裏の控室。そこでエレインは貸与されたローブに袖を通していた。以外にも派手な装飾があるわけでは無いが、魔導士用のそれより締め付けのキツい――特に胸元が。だが、サイズがこれしかない以上仕方ない。それより、今彼女が心配しているのはヴィルハルトだ。
今回の御前試合、間違いなく主役は戦士の二人。自分は言ってしまえばステーキの横に添えられた、人参のグラッセのようなもの。だから装飾の控えめな衣装も納得できる。
だが、ヴィルハルトは違う。主役故に、機能性度外視の装備が与えられる可能性がある。そういったものは、合理的なヴィルハルトが嫌うものではないのか。怒りで首無し鎧のまま出て行ってしまう恐れもある。
そんな不安を抱えながら、ヴィルハルトのいる部屋のドアをノックした。
「ヴィルハルトさ~~ん、今大丈夫ですか~~?」
「構わん」
短い返事を受け取り、エレインは扉を開けた。そこには、未だ首無し鎧を着用したヴィルハルトの姿があった。
「ヴィ、ヴィルハルトさん!? あの、ちょっと駄目ですよ!」
ヴィルハルトの腕を両手で掴んだエレインは、必死に彼を説得する方向に走る。
「? 何を言っている」
「幾ら気に入らないからって、それで出ちゃ駄目ですって! ルール違反ですよ!?」
「何の話だ」
「いやだって、用意された鎧来てないじゃないですか! 幾ら嫌でも、ここまで来たらもう着るしかないじゃないですか!」
「……あぁ、そういう事か。安心しろ、与えられたものは装備する」
「え? じゃあ、何で――」
「見ればわかる」
ヴィルハルトが貸し出された鎧を指差す。
その鎧を見たエレインは、開いた口がふさがらなかった。
「な……何ですか、あれ……」
「俺に聞くな」
そこにあったのは、至る箇所にアルマイレの国旗が描かれた鎧だった。山脈から登る太陽をモチーフにしたという国旗だが、それが銀色の鎧の上で数の暴力という形で自己主張していた。
エレインが想像していたヴィルハルトの嫌がる鎧像の斜め上を行く鎧に、彼女もヴィルハルトが着替えるのを嫌がったことに理解を示した。
「はい。ギリギリまで着なくていいですよ、ヴィルハルトさん」
「俺もそうしたいところだが……本番前に確認をしておく必要があるからな」
深くため息を吐いたヴィルハルトが、意を決したように鎧へ向かって歩き始める。首無し鎧を脱ごうとするヴィルハルトの後をエレインは追った。
「それ、脱ぐの大変じゃないですか? 良かったら手伝いますよ?」
「いや、問題ない」
エレインの申し出を拒否したヴィルハルトは、胸当てに手を添えた。数秒その状態で待機すると――首無し鎧が一つ一つの部位に分解され、床にバラバラと落ちていく。あっという間に鎧を脱ぎ捨て、下に着ていた鎖帷子だけになっていた。
その光景を目にしたエレインは驚いて顔が引きつっている。
「な……何ですか、これ……」
「首無し鎧の開発コンセプトは、全身鎧のデメリットを解消すること。ならば当然、『着脱が面倒』というデメリットを解決する機能があったということだ。胸当てに数秒手を当てれば、一瞬にして脱ぐことが出来る。エカテリーナにしては珍しく、まともに気を利かせた機能だな」
「そ、そうなんですか……」
平然と解説しながら、国旗まみれの鎧を着用するヴィルハルトに、エレインは何も言えなかった。
やがて鎧を装着したヴィルハルトは、その着心地を確認すると、再び嘆息する。
「悪くはないな……だからこそ腹立たしい」
いっそ着心地からして最悪なら、叩きつけてやれたのに。言外にそんな意志を感じ取りながらも、エレインは椅子に座って彼に着席を促す。
「まぁまぁ、それよりヴィルハルトさん。もう一度、今日のこと確認しましょうよ」
無言で首肯し、エレインの正面に腰掛ける。黒くない鎧を着た姿は新鮮だな、とエレインは一瞬今からすることを忘れて思った。
「まずはルールから確認するぞ。戦士と魔導士のタッグによる二対二。相手の戦士の頭部に攻撃を加えることが出来れば勝ちだ」
「会場は確か、対魔法用に改良されてるらしいです。だから、練体術も魔術も、遠慮なく使用して良いって話でしたよね」
「らしいな。昔劇場内で『黄雷』を使った奴がいたらしく、その時から改良済みだとか」
ルール確認はとりあえずこんなものだ。重要なのは、頭を攻撃された時点で終わりという事。つまり今回のルールでは、全力の振り下ろしも頬への軽い平手打ちも、同じ価値ということだ。
「なら次は、動きの確認をする」
「はい!」
この時、開演まであと一時間。
二人は開演までの時間をギリギリまで使い、本番に備えた。




