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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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勝つのは

 家に着くなり、ヴィルハルトは即座に素振りを始めた。

 それ自体は普段通りだが、今日は少し違う所があった。使っているのが真剣ではなく木剣なのだ。

 無論、真剣と木剣では重さが全く違う為、特別な理由が無ければ真剣を振るう方がより実戦に近い訓練になる。

 つまり、今ヴィルハルトが木剣を振るっているのはそれだけの理由があるということだ。


「……さん。ヴィルハルトさん!」


 後ろからエレインの声が聞こえた。それまでも何度か声を掛けていたようで、少し強めの声だった。


「何の用だ?」

「いえ、もう七時ですよ? ご飯行きましょうよ、ご飯」


 もうそんなに時間が経っていたか、と空を見ると、日が既に落ちていた。どうやら数時間、ノンストップでトレーニングをしていたらしい。


「忘れていた。行くぞ」

「はい。もうお腹ペコペコです」



 *



 皿に盛られた大量の焼肉を無心で口に運ぶヴィルハルト。向かいにはじっくり煮込まれた肉のシチューを味わうようにゆっくり食べるエレイン。

 暫く無言で食事をしていた二人だったが、ふとエレインが口を開いた。


「ルドルフさんとロザリアさんって、そんなに強いんですか?」


 突然の問いに、ヴィルハルトがナイフとフォークを止める。


「何故今それを聞く」

「だって、使う剣も動き方もいつものヴィルハルトさんとは違いましたから。普段は魔物を倒す為って感じですけど、今日のはまた違って見えました。だから、二人のこと気にしてるのかなって……」

「ほう」


 ヴィルハルトは素直に感心した。彼女の予想には何の間違いも無かったからだ。


「お前の言う通りだ。確かに今日、俺はアイツらを想定した訓練をしていた。対人と対魔物ではやり方が違う。まして相手は『剣聖』と『雷霆』だ」

「剣聖はルドルフさんで……雷霆?」


 話の流れからロザリアの事という推測は立つが、知らない呼び名故に引っかかった。


「ロザリアは『黄雷』をよく使うからな。そうして隙を作り、ルドルフの剣で決める。それが二人の基本戦術だ」


 黄雷をよく使うから、雷霆。脳内でそう記憶するエレインに、ヴィルハルトが真剣な面持ちで続ける。


「奴に最後に会ったのは五年前だが……順当に成長していれば、状況次第でアリナ以上に厄介な相手になる」

「えっ……アリナさんよりですか!?」

「魔力が優れている分、アリナの方が術の強度は高い。だが、奴は高くない魔力を補う為にテクニックを磨いていた。……俺が言いたいことは分かるな?」

「……私が頼りってことですね!」


 自信満々に答えたエレインに、苦虫を噛み潰したような顔になるヴィルハルト。『まあいい』と呟いた後、ナイフを垂直に持った。


「ルドルフの剣はまさに神業。力押しでは厳しい相手だ。1mm(ミル)でも隙を見せれば即座に斬り伏せられる」

「それにロザリアさんまで加わるとなると……」

「魔将に対抗し得る、というのも決して大袈裟ではないということだ」


 身体から体温が抜けていくような感覚を抱くエレイン。湧き上がる恐怖心を抑えんとする彼女の様子を見てか、ヴィルハルトは口角を僅かに上げ、『だが……』ときっぱり言い放った。


「勝つのは『俺達』だ」


 力強い宣誓を聞き、心に渦巻いた恐怖は消え去った。彼女は迷いなく、大きく頷いて応えてみせた。



 *



「叔父様、そろそろ休まないとお体に障りますわ」


 後ろから発せられたロザリアの声を聞き、ルドルフは稽古を止めて彼女に向き直る。


「む、今何時だ?」

「もう七時を過ぎています。今日はこのぐらいにして、夕食を頂きましょう」

「そうだな」

「……もう若くはないのですから、無理はしないで下さいまし」

「ああ、すまんな」


 四十目前という並の戦士ならばとうに引退している年齢でありながら、全盛期と比較してもほぼ劣らぬ体力を維持し続けているのは三十年以上続けている鍛錬の賜物である。それに加え、年々更なる高みへ研ぎ澄まされていく剣技があれば、世界で五本の指に入る実力も必然といえる。

 しかし、今日のルドルフは少し力が入り過ぎている。人間を止めた姉を除けば唯一の血縁者であるロザリアは、タオルを抱えながら心配そうに彼を見つめていた。


「一週間前だというのに、高揚を抑えられんのだよ。五年ぶりに、本気で弟子と手合わせ出来るとなれば……な」

「叔父様が剣を通して人を理解出来る方とは知っていますけど……叔父様があの人に負けるとは思えませんわ。ましてや、叔父様にはわたくしがいますわ。わたくしたち二人なら、勝てない相手など何処にもいませんわよ」

「私もそう思うさ。だが……」


 ルドルフの勝利を信じて疑わない姪から受け取ったタオルで汗を拭いながら、ルドルフはすっかり黒く染まった空を見上げた。


「ヴィルハルトの剣は、基本の型こそ私から教わったものだが、私とは戦法スタイルがまるで違う。私の剣は磨きぬいた技術によるものだが、あいつの剣は、いっそ狂気とも言える攻めによって全てを押し潰す。言うなれば『魔人の剣』だ」

「型を理解しているからこそ、型を破った戦いが出来る……そういうことですの?」

「その通りだ。だからこそ、お前が頼りになる」


 ロザリアの頭に、微笑む叔父の手が乗せられた。


「あのエレインという少女、『魔力視』という特性スキルを持つということ以外情報が無い。くれぐれも油断するでないぞ」

「勿論です。たとえ相手が赤子でも、勝負するからには全力で臨みますわ」


 夜風に深紅の髪をなびかせながらロザリアは右手を握りしめる。誇らしげに剣聖を見つめるその瞳に、ルドルフは亡き妹の面影を見た。


「あの冷血動物に吠え面かかせてやりましょう」

「ああ、勝つのは私たちだ」


 離れた場所にいる師弟は、互いのパートナー相手に全く同じ宣誓をした。

 そして同時に、己のパートナーに全幅の信頼を寄せる二人の魔導士もまた、感じていた。戦士の質に大差が無ければ、魔導士の力量が即ち勝負を決める。

 御前試合まで、一週間。それでも四人の魂に燃える炎は煌々と燃え盛っていた。

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