元『凶戦士』の変化した日常
漆黒の剣が、小型魔物『ゴブリン』の頭部を吹き飛ばした。
ただでさえ最強だったヴィルハルト・アイゼンベルクは、『整調』の術を受けた事で以前とは桁違いの戦闘力を手にしていた。
ヴィルハルトは、後方で自身のコンビである魔導士、エレイン・アーネットに視線を向けた。目の前に最強の大型魔物『キマイラ』がいるにも係わらず。
「核の位置は?」
「尻尾の蛇の頭です!」
「了解」
超人的な速度で駆け出すと、次の瞬間には核を貫かれて崩れ落ちるキマイラの姿があった。『黒閃の魔人』の名に相応しい早業に、周囲の戦士達は唖然とする他ない。
犠牲者はおろか負傷者さえ出なかった、まさしく完全勝利。その理由は単純。魔物出現の方を聞いて即座に駆け付けた彼によって、他の戦士達が交戦する前に全て終わってしまったからだ。
「終わりか。……随分と楽になったものだ」
「そりゃあそうでしょう。私がいますから」
「そういうことになるな」
『凶戦士』と呼ばれ、何者も寄せ付けなかった孤高の男に、突如可憐な魔導士が就いた。それだけでも
衆目を集めて当然だが、その魔導士、エレインは魔導士として登録されるのと同時に上級魔導士の称号を得た。そして、『魔力視』という特性さえ所持している。こうなれば、『最強』と『天才』のタッグとして野次馬根性の強い者達が諸々噂をするのは火を見るより明らかだろう。
それはヴィルハルトも分かっていた。分かっていたが――。
*
それでもやはり、面倒なものは面倒だ。眉間に皴を寄せながら、ヴィルハルトは大通りを足早に過ぎていく。
彼の周囲には、魔将を討伐した最強の男を一目見ようと、多くの観衆が集まっていた。
「あれがヴィルハルト・アイゼンベルクか。確かに『勇者』って感じじゃないよな」
「全身真っ黒だしね……」
「隣の魔導士の娘、可愛いな。あれで凄い天才なんだろ?」
「あの娘は人当り良さそうだな。お~~い」
群衆の中から呼ぶ声を聞き、エレインは照れ笑いを浮かべながら手を振って応えた。
「おお、今手を振ってくれたぞ!」
「やべぇ、俺完全にファンになったわ……」
「俺様は前からファンだったけどな」
「前からって何時からだよ」
騒ぎが大きくなり、通りが人で溢れていく。ヴィルハルトが一度短く舌打ちすると、エレインを引っ張ってさっさと歩いて行った。
*
「ヒッ……こんにちは、ヴィルハルト様。換金ですね」
「……頼んだ」
数少ない、以前と変わらない受付嬢の対応に、少しばかり安心感を覚えたヴィルハルト。机の上に魔晶石で満たされた革袋を置き、換金を依頼した。待機している間、エレインと少しばかり言葉を交わす。
「なんか今日のヴィルハルトさん、魔晶石を気にしてませんでした?」
「少しな」
「お金が気になります?」
「三本目の外れ者を買った時、蓄えが吹き飛んだ」
「あぁ、なるほど……」
ヴィルハルトの愛剣『外れ者』は『魔道具』と呼ばれる特殊な武具の一種で、一本で王都に家を建てられる程の超高級品。一本目は先の戦いで折られてしまい、今は事前に確保していた二本目を携帯している。
慎重な性格の彼は再び予備の一本を確保していたらしく、結果これまでの魔物退治で稼いだ金が底を突いた、という経緯のようだ。
「あれ? そういえば、魔将が遺した魔晶石……洒落じゃないですよ。アレはどうなったんです?」
「分からん。ここアルマイレは魔将の討伐を受け持った事が無いからな。買値を決めあぐねているのだろう。流石に持ち逃げするとは思えんが、あまり期待しない方がいいな」
「どうしてです?」
エレインの問いを聞き、ヴィルハルトは顔を上げて周囲に目を向けた。彼女も視線を追う形で同じ方向を見た。
その先には若い戦士と魔導士数人が集まっている。
「アルマイレ所属の戦士と魔導士は、他国より練度が低いのは知っているな?」
「えっ、そうなんですか? でも、どうして……」
「『安い』んだよ。アルマイレの魔物討伐報酬は」
エレインがぽっかりと口を開ける。彼女は報酬の相場を知らない。
「大体ヴァンドラムの半分ぐらいだ。だから金目当てだが腕の良い奴は寄り付かない。いるのは愛国心の強い生え抜きか、『俺が危機に瀕した国を救ってやる』って考えの奴、他国では落ちこぼれる程度の力しかない奴のどれかだな」
「ちょっと待ってください。戦士って、ジュリウスさんに憧れてる人が多いんですよね? それなら、お金なんて気にしないんじゃないんですか?」
「多いのは事実だ。だが十割じゃない。本音が報酬目当て、或いは単純に家族の復讐でも、『ジュリウス様のように』なんて建前使う奴もいる」
ヴィルハルトは少しだけ辟易したように深く息を吐き、エレインをじっと見据えた。
「覚えておけ。己の思うように生きる為、己を偽らなければならない。他人と生きるには、そうしなければならない時もある」
真っ直ぐにぶつけられた言葉に、エレインは頷くことが出来なかった。しかし、そのメッセージだけは心の中でしっかりと受け取った。無意識のうちに、両手を胸の前で組んでいる自分に気が付いた。
「お待たせしました、ヴィルハルトさん。こちら、本日の分です」
清算を終えた受付嬢が、大量の金貨が入った袋を差し出してくる。しかし、ヴィルハルトはそれを受け取ろうとしない。
「本日の、か。魔将の魔晶石に値が付くのはいつだ?」
「それ洒落……じゃないですね。ご安心下さい。それも今朝完了しています」
受付嬢は計算器具を取り出し、パチパチと音を立てながら報告を始めた。
「魔将の討伐について、唯一清算を行った記録のあるヴァンドラムの集会所に問い合わせてみたんです。その際の記録と、今回の魔将が十年前より強化された個体である可能性を考慮して――」
計算を終え、計算器が机の上に置かれる。正規の教育を受けていないエレインは何の事かさっぱりだったが、ヴィルハルトが声に出してくれた。
「三千万エラ、か。まあ、ヴァンドラムを基準にすればそんなものか」
「三千万ってことは……大型魔物百体分ですか!? それ、結構凄いんじゃ――」
「おい、声が大きい」
何故か少し焦ったように、ヴィルハルトがエレインを諫める。理由はすぐに分かった。
周囲にいた若い戦士と魔導士たちが、一斉に集まってきたのだ。
「大型百体討伐ってマジですか!?」
「バッカ、大型百体分の値が魔将についたってことよ!」
「じゃあ、魔将を倒したのは本当の話なんですね! もしよかったらその話、詳しく――」
純粋な、使命に燃える若者たちが瞳を輝かせて一斉に見つめてくる。エレインは慌てながら照れ笑いを浮かべたが、後ろのヴィルハルトは全てを諦めたかのような仏頂面で立ち尽くしていた。
「ああ……本当に面倒だな……」
少し前までの孤独を懐かしむように、ヴィルハルトは呟いた。




