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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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魔王エカテリーナ

 魔将を討ち静寂を取り戻した洞穴。それはヴィルハルトとエレインの勝利した証だが、ヴィルハルトは胸騒ぎが止まらなかった。


「静かすぎる……」


 洞穴の外から、何も聞こえない。魔将は魔物を生み出すが、エネルギー供給を行っている訳では無いので、魔将を倒しても今いる魔物が消える訳ではない。にも拘わらず、戦闘中なら聞こえるはずのあらゆる音がここに届かない。


「言われてみれば、そうだな」

「アタシたちがここについた時、外から怒号とか色々聞こえてきたわ。何も聞こえないっていうのは……待って! もしかして、もう全滅してるんじゃ――」


 アリナが最悪の想像を口にし、焦りを表情に出した時――それを否定する声が、何処からともなく響いた。


『大丈夫よ、アリナ。外の人たちはちゃんと生きてるわ』


 その瞬間、エレイン以外の三人の心臓が跳ねた。アリナとロイドは驚愕に心を埋め尽くされ、ヴィルハルトは絶対零度まで表情を凍らせる。

 その声は、三人にとって知っている声。聖母のように優しく、だからこそ恐ろしい声。この様な声音の持ち主を、彼らは一人しか知らない。


「いるのか……エカテリーナ!」


 天井に向かって地獄の底から這い出たような声をぶつけるヴィルハルト。それに呼応するように洞穴の壁が一部崩れ、中から奇妙な物体が姿を現した。真っ白な石にレンズを取り付けたように見えるそれは、明らかに自然に産まれたものではない。その物体のレンズから光が照射されると、そこからエカテリーナの姿が映し出された。


『十年ぶりね、ヴィルハルト。それにロイドとアリナも。三人ともあんなに小さかったのに、こんなに大きくなって……』


 目尻を指で拭う仕草を見せる、白髪に黒い瞳の女。舞踏会にでも行くかのような絢爛豪華なドレスを身に纏った彼女の姿は、美女という概念を具現化した様な美麗さを誇っている。

 ()()()()()()()()()()()()()。記憶にある『発明女王』エカテリーナ・ヴァルトシュタインの姿そのままだった。


『ああ、それと。私は今貴方たちの目の前にはいないわ。どういうことかと言うと……これは私の姿を遠くに映し出す為の魔道具なのよ。文明が凄く進んだ世界だとよくあるタイプのものでね。でも作るのは意外と苦労したのよね。何しろここじゃ素材が見つからないのよ。どうにかして代わりになるものを作ろうしたけど、これが結構難しくて……。名前はある異界で使われていた『投影通信機ホログラム』というものをそのまま使わせて貰ったわ。ちなみにその異界は――』


 聞かれていない話を延々と始めるエカテリーナ。やはり記憶のままだと、アリナは嘆息する。


「その息も吐かせぬ異界トーク。本当にエカテリーナ様なんですね……」

『そうよ、アリナ。私は――』

「御託はいい」


 始まりかけた会話を、ヴィルハルトが中断した。その眼は憎悪の炎を宿しており、先の言葉が無ければ即座に飛びかかっていただろう。


「要するに、今見える貴様は本体ではないという事だな。何処にいる。貴様の子供にんぎょうは今しがた壊したぞ。そろそろ出てきたらどうだ、『魔王』エカテリーナ」

「魔王……?」


 ヴィルハルトを除く三人が一斉に首を傾げる。

 ヴィルハルト以外に、魔王の正体がエカテリーナだということを知る者はいなかった。しかし、先程テオドールはエカテリーナこそ魔王であると明言していた。

 それを最初に思い出したのは、ロイド。


「さっきの魔将の話はマジだった訳か。見た目が変わってない時点で変だと思ったが……」


 次に、ロイドの言葉を聞いたアリナが口を開く。彼女にとって恐ろしい想像を浮かべ、身体を震わせながら。


「嘘……ということは、兄さんを殺したのは――」


 良くできました、と言わんばかりに微笑んだエカテリーナは、事も無げに真実を伝える。


「そうね。私がジュリウス、それとウルスラ。あの人達と戦ったのも十年前だったわね」

「そんな……」


 英雄の殺害に加え、世界全体を揺るがす未曾有の大虐殺を繰り広げた元凶は、それさえも一昔前の思い出程度の軽さで語る。

 ロイドさえいつもの笑みが消えている。遅れて激情に駆られたアリナは口を開こうとするがーーヴィルハルトによって制止された。


「無駄だ。この女に倫理や道徳を説いたところで、反省や後悔は有り得ん。奴にとって、己の行動は全て『世界の為』の行動だ」

『ちょっと違うわ、ヴィルハルト。私は、人の為になることだけをするのよ』

「人の為になると信じている。だから身寄りのないガキを改造しても、知り合いやその縁者を何人殺しても何も感じない。生まれついての破綻者……それがエカテリーナだ」


 彼女に育てられていたヴィルハルトは、目の前で幾度もエカテリーナの異常さを見ていた。


『それより、私はまだ貴方達の前には出られないわ。まだその時じゃないもの』

「ほう。それは何時(いつ)だ?」

『そうねえ……貴方達次第かしら。少なくともジュリウスとウルスラの二人には勝てるぐらいになって貰わないと』


 かつての最強二人を『少なくとも』扱いしたエカテリーナ。アリナが息を呑んだものの、彼女は十年前、既に彼らを下している魔王。嘘や誇張の違いは一切無く、ただ真実を言っているに過ぎない。

 それぞれが胸中に複雑な思いを抱える中ーーそれまで口を開かず、魔王も触れていなかった者が動いた。


「そうなれば……出てきてくれるんですね?」

『貴方は……』

「エレイン・アーネット。ヴィルハルトさんの魔導士です」


 彼女の存在を感知した時、エカテリーナは初めて微笑み以外の表情を浮かべた。目を細めて口を横一文字にして、黙りこくる。

 やがて再び微笑を湛えると、先程の探る様な目が嘘のように話を進めた。


『そうね、エレイン。ジュリウスとウルスラは、私の産んだ魔将を全て倒してしまったの。だからせめて、二人を超えたというなら同じ事はして欲しいわね。あの時より魔将の性能自体、随分上がってるから。だからこそ……』


 両手でパチパチと小さく拍手をしたエカテリーナ。投影される彼女の像も、何故か赤い色に変わる。


『テオドールに勝ってしまったのは驚いたわ。あの子、つい三年前に出来たばかりの最新型なのよ。ヴィルハルトも勿論だけど、貴方もなかなか良い魔導士なのね。どうやってヴィルハルトと調律したのかは気になる所だけど』


 先程の沈黙はそういうことか、とエレインは一人得心した。


『まぁ、今はいいわ。フフ、良いパートナーを見つけたわねヴィルハルト。その調子で、エレインと一緒に力をつけるのよ。そして……』


 再びエカテリーナは笑う。だが、先頃までの笑顔が聖母だとすれば、今の笑顔は狂人の笑顔だった。何処か妖艶さを抱いた顔で、子を慈しむように激励の一言が掛けられる。


()()()()()()()()()()()()()


 その一言を最後に、投影通信機ホログラムは破裂し、四散した。最初からそういう風に仕組まれていたらしく、二度と蘇らせることは出来ないだろう。

 突如、エレインは肌がピりピりするような尋常ならざる気配を感じた。気配の方向には、殺気を滾らせるヴィルハルトの姿があった。


「貴様に言われずとも……すぐに殺しに行ってやる。首を洗って待っていろ、エカテリーナ……」


 奥歯が砕ける程に歯を食い縛り、口の端から血を滴らせるヴィルハルトの手を、エレインはそっと包み込んだ。


「私も手伝います。一緒に、あの人に勝ちましょう」

「そうか」


 エレインはエカテリーナを見て、感じていた。『彼女は危険だ』と。ヴィルハルトへの所業や魔物を生み出したというのは勿論だが、言葉の端々からその異常性を感じ取っていた。同じ言葉を話していながら、何も気持ちが伝わってこない。彼女の一切を理解出来ない。

 だが、それ以上にヴィルハルトの願いが彼女を討つことなら、他に理由は要らなかった。

『魔王』エカテリーナ・ヴァルトシュタインの討伐。

 その目的の下、二人の心は一つとなった。

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