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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第一章 凶戦士と『自称』仲間たち
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魔将と人間

「何ですと……?」


 ヴィルハルトが最初の魔将だと知らされたエレインだが、その魔術はまるで乱れていない。整調が解除されたのは、迫り来る回転鋸を『重力増加』で押さえつける為に解除しただけだった。

 突然あんな話を始めたのは、彼女を揺さぶる為だったとみて間違いないだろう。その目論見が外れ、瞠目するテオドール。


「普通の人じゃないっていうのは知ってましたし、今更そんなこと言われてもあんまり実感が無いというか……ううん、それでも……」


 ヴィルハルトに整調を行いながら、はっきりと言い放つ。


「人でも魔物でも、ヴィルハルトさんは私の大切なヴィルハルトさんなんです!!」


 歯軋りをするテオドール。一方でヴィルハルトは口元に弧を描いていた。


「成程……やはりお前はそういう奴か」


 己を魔物と知りながら意に介さない、二人目の人間。他者に認められようとそうでなかろうとどうでも良かったが、彼女が自分の睨んだ通りの性格だったことが頬を綻ばせた。鋸の静止と同時、今度は重力増加の術がテオドール本人にのしかかる。


「むっ……」


 見えない巨人の手で押さえつけられるような圧迫感に、テオドールは眉を顰める。


「『身体強化』《三重トリプル》』


 行動阻害と同時に三重重ねの身体強化。手に持った鋸の刃にすんでの所で阻まれるが、即座に流れるように横へ移動し、再び斬撃を叩き込む。

 五度同じ攻防を繰り返した末に重力増加が解除される。しかし今度は、テオドールの眼前で雷撃が炸裂する。

黄雷おうらい』と呼ばれるこの魔術は、人間相手ならやや痺れさせることが出来るものの魔物相手には攻撃的な意味では無力な術だ。しかし、行使から炸裂までのタイムラグがほぼゼロな上、前触れなく炸裂する性質から目くらましには有効な技である。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()の援護には絶大な効果を発揮する。

 上段から振り下ろされた剣が、テオドールの核を捉える。まだ砕くには至らないが、それでも大きなダメージを負っているはず。その証拠に、テオドールの額には亀裂が走り、そして何秒経っても再生しない。

 単身でも特級の枠を超えるヴィルハルトは、魔導士による多様な支援を受けることで魔将さえ喰らう牙となっていた。

 しかし――


「甘く見ないで頂きましょうか」


 後ろと右から、挟み込むように二つの鋸が飛来する。その上テオドールが前方から手持ちの鋸を投擲し、彼自身はもう一つ鋸を手にして左に動いていた。

 単身での包囲攻撃。左右は勿論、上空に跳んでもテオドールに追撃される。ヴィルハルトがそう悟った時、エレインが叫んだ。


「『重力低下』!」


 その声を聞いた瞬間、ヴィルハルトは迷わず跳んだ。軽量化された身体は一気に洞窟の天井に達した。重力低下の解除と同時、《外れ者アウトサイダー》を大剣に変化させ、追って来た回転鋸二つを叩き割る。最後に残ったテオドールには躱され、返す刀で頭部に刃を受ける。《首無し鎧(デュラハン》の障壁さえ砕いた回転鋸は、彼の右の頬を浅く割いた。

 互いに距離を取ると、テオドールが再び口を開いた。


「兄上よ……どうして私があの人間たちが来た時、五分待つと言ったか……お分かりですか?」

「知らんな」


 破壊された円盤状の鋸を修復しつつ、テオドールは歯を剥き出して邪悪に笑った。


「貴方が魔将なのか人なのか。それが知りたかったからですよ。我々の細胞と核を持ちながら、半身と生まれが人間である貴方を何方に分類すべきか。どうしても確かめたかったんですよ」

「ほう。それで、判決は?」

「それは勿論――」


 言い終わる前に、修復された二つの円盤が横を向いて襲い掛かってきた。片方は避け、もう片方は大剣の刀身で防ぐ。そして、仕上げとばかりにテオドールが飛び出して来た。


「人間です。貴方は間違いなく、ね」


 処刑の如く、首筋を真っ直ぐに狙った一撃。紙一重で剣を手放し回避したが、当然追撃がある。


「核の有無や再生能力の話ではありません。魔物(われら)に刃を向け、あまつさえ魔導士と組むなどまさしく人間の所業! 単身では(わたくし)にすり潰されるしか能のない、弱小生物の生き方!」


 ヴィルハルトは黙して鋸を捌き続ける過程で剣を拾い上げた。魔将は完全にヴィルハルトに集中している為、後ろを気にする必要はない。その分攻撃の密度は最大だが、整調があれば耐えられる。


「貴方とてアレらの弱さを見たはず。アレらが兄上に何をしてくれました? むしろ喧しく鳴いて足を引っ張ったでしょうに。『理想の英雄像に踊らされる愚民』など、世界に必要なーーッ!?」


 言い切る前に、テオドールが言葉を詰まらせた。ヴィルハルトが三つの鋸を掻い潜って切先を突き出してきたからだ。刺突そのものは当たらなかったが、剣から迸る殺気は並の人間なら腰を抜かすだけでは済まない程強靭で鋭かった。


「そうかもしれんな」


 呆れるような声でヴィルハルトは呟く。

 否定ではない。それどころか何も言い返せないと言いたげな声色は、エレインはおろかテオドールさえ一瞬戸惑いを見せた。


「それならばーー」

「勘違いするなよ。俺は勇者になるつもりは毛頭無い。民衆の救いや希望なら他に適任がいる。俺はただエカテリーナを殺し、奴との因果を断ち切りたいだけだ。ああ、それから一つ言っておこう」


 今度はヴィルハルトが邪悪に笑う番だった。口の端を吊り上げ、鼻で笑うようにして嘲笑をぶつけた。


「魔将の生き方とやらを垂れる貴様の姿は……貴様と俺の嫌う『英雄像に踊らされる愚民』そのものだったぞ」


 テオドールが砕けんばかりに歯を食い縛った。もし彼が人間なら、今頃こめかみに青筋が立っていただろう。


「……わたくしを怒らせたいのですね」

「事実を言ったまでだ。魔将でありながら根性はそこらの人間と変わらん、その程度だよ貴様は。だからこそ――」


 整調によって底上げされた身体強化、その三重重ね。繰り出された最速の一振りは、テオドールの認識速度さえ超え、右手を裂いた。踏み込まない分威力は低いが、彼に焦燥を与えるには充分だ。


「逃がさん。ここで始末する」


 堂々たる死刑宣告の後、巨大化した《外れ者アウトサイダー》による振り下ろし。身の丈程の剣が、ダガーを扱うように軽々しく振り回される。さしものテオドールも、核に直撃を受ければ一たまりもない。

 言動、行動、そして身に着けた武具。全てが魔将テオドールへの殺意に満ち満ちている。しかし、テオドールはひるまない。


「成程……それが貴方ですか、兄上。人の魂、魔将の核。そして半人半魔の肉体。黒と白で混ざりながら、しかし芯は白」


 テオドールがヴィルハルトから大きく距離を取った。虚空より、棒状の柄のついた円盤状の回転鋸を出現させ、その手に握った。その刃が唸りを上げて回転を始めた瞬間、周囲に暴風が吹き荒れる。しかしそれは、彼らからやや離れた位置にいるエレインには何の影響も与えていない。ただひたすらヴィルハルトの行動だけが阻害される。


「ほう。それが貴様の全力か」

「手を抜いていた訳ではないがな。一秒も早くすり潰すべき羽虫にんげんの為の武装だから使用を控えていた。異界魔法『狂荒嵐デザストル』。塵芥と化せ、ヴィルハルト・アイゼンベルク」


 遂に敬語さえ失せた。ヴィルハルトを兄ではなく、排除すべき敵と断定したテオドールに対し、ヴィルハルトもまた全力の殺意で応えた。


「吠えたな。ならば教えてやる、塵と化すのは貴様だ、テオドール」


 互いに得物を構え、睨み合う。最早言葉は不要。二人が最後の言葉を同時に吐き出し、最終局面の幕が上がった。


「消えろ、人間クズ

「消えろ、魔将クズ

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