戦士と魔導士
「「身体強化」」
その二人の声が、開始の合図となった。
『身体強化』の声が二つしか聞こえなかった点から、アリナは考える。
(『練体術』の重ね掛けはまだしない? 様子見のつもりかしら)
同時に、少し離れた位置で見ていたエレインは昨夜ロイドに教えられた『練体術』の意味を思い出していた。
『魔導士は魔術が使える。じゃあ戦士は何が出来るか。その答えが『練体術』だ。体内の魔力を使う点は同じだが、魔術が空気中の魔力に働きかけて外に影響を与えるのに対し、練体術は自身の肉体だけが効果を受ける。身体に影響を与えるだけなので、種類は僅かに四種類だけ』
『そんなに少なくて大丈夫なんですか?』
『基本的にそのまんまな名前の『身体強化』があれば事足りるからな。後暗いところでも良く物が見える『暗視光』も良く使う。後の二つはあんまり使ったことねぇな』
双方が同じ術を使ったということは、さっきと同じような結果になるのでは。そう考えていたエレインだったが――直後、ロイドの槍がヴィルハルトに弾かれず、彼に回避をさせていた。
しかし、彼女が驚いたのはそこではない。彼女の驚愕の理由は、光――魔力――が、ロイドの周りに集合していたことだ。
「『整調』か……面倒な」
「これで練体術の強度は俺の方が遥かに上回る。お前の周りの魔力を俺の方に移したからな」
「それで勝ったつもりか? 『身体強化《+一重》』」
「うげっ、もう使うのかよ! アリナ!」
「分かってるわよ! アンタは前だけ見てなさい!」
本来超高等技術である『練体術の重ね掛け』を事も無げに実行したヴィルハルト。ロイドは最初こそ慌てた顔をしたが、それは直ぐにいつもの不適な笑みに変わった。
剣を横薙ぎに振るおうとしたヴィルハルトの目が、見開いた。
「『重力増加』」
直後、ヴィルハルトは自分の体重が何倍にも増加したような圧力を感じた。アリナの魔術だ。無理やり攻撃する事も出来たが、眼前では既にロイドが突きの動作に入っていた。腹に向かって放たれた突きをギリギリで躱すも、即座に柄を利用した殴打に転換する。木剣を盾にそれを防いだ直後、ロイドが槍を手放して殴りかかって来た。
「さっきお前がやった事……やらせて貰ったぜ」
ロイドの拳は、ヴィルハルトの顔面に吸い込まれていく。しかし、その拳は『顔の一cm前』で停止した。
「まさかとは思ってたが……やっぱりその鎧、『魔道具』だな」
「魔道具の使用は禁止されていない」
「そうだけどよ。なら――」
兜の無い、漆黒の全身鎧。そこでロイドは、彼の鎧が『首無し鎧』という名の魔道具だと理解した。
特殊な金属で出来た『魔道具』が相手なら、効果が発動している頭部への攻撃は避けるべきだ。しかし、頭以外は只頑丈な鎧でしかない。身体強化を掛けた上で、籠手で殴ればダメージを与えられる。
しかし、そこは流石凶戦士というべきか。想定内とでも言いたげに新たに練体術を掛ける。
「身体強化、解除。+『硬化』」
ガァン、という金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡る。
「硬ぇな、流石に名前負けしてねぇ。けど、それを使えば関節まで硬化するから動きが余計鈍るんだよ。だから――」
ロイドの言う事は正しい。硬化は自身の肉体だけでなく身に着けているものまで硬化する、防御用の練体術。大型魔物の一撃に耐え得る程の防御を実現する反面、機動力が大きく阻害される。その上練体術は通常重ね掛け出来ない為、対魔物戦闘の骨子ともいえる身体強化を解除しなければ使えない。故に、硬化は魔物を相手取る戦士達にはあまり使われる事の無い術だ。
しかし――。
「『身体強化、《+二重》』」
硬化の副作用とアリナの重力増加の影響でギシギシと軋む全身を、ヴィルハルトは身体強化の重ね掛けで無理やり動かしていた。硬化を解除するより、硬化した鎧を用いて更に威力のある拳打を放つ気だ。
マズい。
そう思った時には、ロイドはもう吹き飛ばされていた。恐ろしい勢いで吹き飛んだ彼は、受付の建物の外壁に背中を打ってようやく停止した。
背中を強打した影響で咳き込み、殴られた鼻からは鼻血がどくどくと流れる。しかし、二重の身体強化と硬化をかけた一撃を食らったにしては、驚くほどダメージが軽い。それにあれだけの勢いで飛ばされたというのに、建物の壁を突き抜けるどころかヒビすら入っていない。
「助かったぜ……アリナ」
今の状況の理由を察知し、アリナに感謝の言葉の代わりに右手の親指を立てて見せた。
殴られる瞬間、アリナがヴィルハルトに掛けていた『重力増加』を解除し、代わりにロイドに『重力低下』を掛けたのだ。ロイド自身にかかる重力を減らし、一時的に身体を軽くしたことでより大きく吹き飛ばされ、その分衝撃を緩和した。
こちらに歩み寄るヴィルハルトに対し、ロイドは少しふらつきながらも立ち上がり、自分に言い聞かせる。
相棒は最高のサポートをしてくれる。なら、後はオレ自身がどう戦うかだ。頭を使え。
自分の少し右側に立っている相棒に向けて、ロイドは親指と人差し指を顔の前で立てた。そしてヴィルハルトに向き直り、少しでも体力を回復する為に話しかける。
「ヴィルハルト……お前よぉ、何でそこまで魔物を嫌う」
「奴らが人に害しかもたらさない害虫だからだ」
「へぇ……それってさ。『俺らの村潰された』からそう思ったのかよ」
「……」
ヴィルハルトは何も答えない。しかし、それで良い。
彼は会話をしても極短い回答しか返さないのが殆どだ。しかし、会話そのものを拒否することは少ない。話しかければ、とりあえずアクションは返してくれるのだ。
「十年前のあの日。忘れもしねぇ、ジュリウスさんが死んだあの日だ。村の連中も全員魔物に喰われたか、誰もいなくなった。生き残ったのはオレ達三人だけ。だから三人で協力して生きようって言ったよな。だってのにテメェは――」
「その言葉に頷いた覚えはない。それに――」
少しずつ近づいて来ていたヴィルハルトが、ついに剣の間合いまで来た。振り下ろす態勢に入った彼は、冷酷に言い放った。
「お前たちを仲間だと思ったことも無い」
「そう……かよ!」
ロイドは、何かをヴィルハルトの顔に向かって投げつけた。砂だ。先ほどまで倒れていた時に握り込んでいた。それでもヴィルハルトは怯まない。しかし――。
「今だ!!」
ロイドの叫びに呼応して、アリナが光の玉を放った。飛来したそれは彼らの眼前で弾け、凄まじい閃光を放つ。
先程ロイドが親指と人差し指を立てたのは、彼女にだけ通じるサイン。意味は、『合図と同時に目を封じろ』。
来ることが分かっていたロイドは目を閉じたが、ヴィルハルトは目をやられたはず。
砂程度で怯まないのは分かっていた。砂は『最後の悪あがき』と思わせる為のもの。本命は、閃光の方だ。
流石に動きの止まったヴィルハルトに、ロイドはその右膝目掛けて渾身の突きを放った。
「俺には、お前やアリナみてぇな才能がない。だから、頭を使うことにしてんだ」
放たれた突きは狙いどおりの位置に命中した。しかし、手応えが硬い。硬化を重ね掛けしたらしい。
しかし、アリナが『整調』を掛けているので効果は思っているより大きくない。続けて打って、膝を着かせれば――。
「確かお前には、再生の『特性』があったよなぁ!? だから、傷じゃなくて衝撃で、膝を着かせてやる!」
何度でも何度でも、一点を集中して突き続ける。
最早模擬戦だということなど忘れている。突くたびに、僅かずつだが彼が揺らいでいくのを感じる。そして、五度目の突きを放った瞬間――その槍が、黒い籠手に覆われた手に掴まれた。
まさかと思ったロイドだったが、まだヴィルハルトは眼を閉じている。ではどうやって――その答えは、ヴィルハルト自身が口にした。
「目が見えなければ、音を聞く。狙いが一点だと分かれば、踏み込む音さえ聞けばタイミングを計るのは簡単だろう――身体強化《三重》」
掴まれた手を、振りほどけない。三重に掛けられた身体強化に力で対抗する術など、アリナの魔術を合わせても持っていない。仕方なく槍から手を離したが、もう遅かった。
「膝を着かせると言ったな」
足に凄まじい衝撃を感じ、横に倒れ込んだ。足払いを掛けられたのではない。太ももに蹴りを受けたのだ。充分に腰を入れたものではないが、それでも身体強化を三重に掛けた蹴りの威力は、鎧をしていなければ骨を砕かれていたかもしれない。それでも意地で倒れるのを堪えたが、地面に膝を着いたところで喉元に剣先を突き付けられた。
「それは、お前だったな」
ロイドはいつもの軽薄な笑みを浮かべ、両手両足を投げ出しながら後ろに倒れた。
「悪い、アリナ。負けちまったわ」




