一戦目
「ちゃんと来てくれたんだな、嬉しいぜ」
翌日。戦士達の集う訓練場で、ヴィルハルトとロイドの二人が対峙していた。今日はロイドも軽装とはいえ、鎧を着用している。
「そういう取引だったはずだ。それより、何故そいつらを連れて来た?」
「アリナはまぁ、今のお前の強さが見たいんだとよ。エレインちゃんはアレだ、授業」
「まあ、別に構わんが。……槍か」
ヴィルハルトがロイドの持つ木製の槍に視線を向けた。そう言った彼は、木製の剣を両手で保持している。無論、何方も訓練用の貸出品だ。
「意外か? 便利だろ、リーチは長いし習得の手間も少ない」
「いや、お前らしいとは思う。だが、魔物を狩るのには不便だ」
「……確かにな」
肩を竦めるロイド。
エレインはどうも話の内容が理解出来ないらしく、目を丸くしている。その様子に気がついたアリナが補足するように解説した。
「魔物って『核』って言う弱点を壊さないと倒せないの。その核に近い場所ほど身体が堅くなるから、普通は斬って、その手応えを頼りに核の位置を探して、見つけたら威力の高い突きで壊すの。だから突きしか出来ない槍は、魔物退治には向かないってこと」
「斬る事も突く事も出来る剣は最適な武器……」
「エレインちゃん、分かるの?」
「前にヴィルハルトさんが教えてくれましたから」
女性の二人の話をよそに、二人は既に構えていた。ヴィルハルトが『無駄話はここまでだ』と言い、ロイドもそれに頷いたからだ。
場に緊張が走る。周囲には幾らかギャラリーの影が見える。『凶戦士』の戦いぶりを一目見ようと考えているのか、鎧を着た戦士とローブを纏った魔導士両方の姿が確認出来る。
ただ風の音だけが響くその場所で、アリナは昨日のロイドの言葉を思い出していた。
『まともにやったら勝負にもならない』
これはつまり、まともにやろうとは考えていないということだろう。どんな手段を取るかは分からないが、何にせよ秘策があるらしいことは分かる。
両者が構えて数秒後、ロイドが『身体強化』という声と共に動いたことで戦いの火蓋が切って落とされた。
*
この模擬戦の結果を単刀直入に述べよう。
開始三秒でヴィルハルトが勝利した。
*
「何が……起こったんだ?」
「あの槍使い、上級戦士じゃないか」
「上級が三秒で……」
ギャラリーの騒めきを遠い世界の事のように感じながら、アリナは自分に見えた戦いの一部始終を回想する。
まず、ロイドが『身体強化』と唱えるのと同時に、剣を構えたヴィルハルトも『身体強化』と唱えた。飛び出したロイドは槍の穂先がギリギリ届く程度の場所で踏み込み、突きを放った。木の槍とは思えぬ風を切る音が発された時、ヴィルハルトは既に剣を振り下ろしていた。その剣はロイドを倒す為ではなく――彼の刺突を潰す為に放たれた。
そしてこの時、ヴィルハルトはロイドに接近しながら振り下ろした剣を斬り上げようとしていた。それに気が付いたロイドは槍を構えて防御しようとしたが、斬り上げの途中でヴィルハルトはあろうことか『剣を手放した』。
これが勝負を分けた。手放された剣を一瞬目で追ったロイドは次の瞬間、ヴィルハルトの左の拳を顎に食らい、続く右の拳で吹き飛ばされた。その衝撃で手放された槍はヴィルハルトの手で遠くに投げられ、後には素手で構えたヴィルハルトと倒れたまま起き上がらないロイドの図が出来上がる。
これらが、ロイド対ヴィルハルトの三秒間に起きた全てである。
「痛ってぇ……お前殺す気かよ!?」
「殺す気だったが?」
「模擬戦の意味分かってんのか!?」
「訓練だろうと闘いなら殺すつもりでやる」
左頬を押さえながら不平を述べるロイドに対し、ヴィルハルトは何が不満なのか理解出来ないといった顔をしている。
「しっかし……まともに戦えるとは思ってなかったが、こうまで瞬殺だと流石にへこむわ」
「いいから立て」
「いや待て早いだろ」
「二戦やるんだろう。早く済ませるぞ」
「だから待てって、話を聞いてくれ。いいか、ヴィルハルト。さっき分かっただろうけど、お前からすれば俺を捻るなんて朝飯前だ。だけどさ、どうせならお前にとっても実入りのある様な戦いをしたいとは思わねぇか?」
「何が言いたい」
ロイドがフフッと笑いながら立ち上がり、後ろを振り向いた。
「見てただろ、アリナ。『助けてくれ』」
「……えっ、はぁ?」
「何だと?」
完全に予想していなかったロイドの言葉に、その場にいた誰もが首を傾げた。
通常、戦士の訓練は戦士同士の一対一かパートナーの魔導士を混ぜた二対二である。ヴィルハルトは誰とも組んでいない為、必然的に一対一になる。無論、合意があれば模擬戦自体は可能だが、そもそも一般の戦士は魔将含む魔物が全て獣の姿をしていると考えているので、対人戦自体技の師事などの理由が無ければあまり行われないのが実情である。唯一、魔将が人型であると知っているロイドはこの情報を開示していないのだが、その情報の証明には証拠が必要となる。ロイドに客観的な証拠が無いまま彼の言葉をヴィルハルトが信じたのは、『自身が半分魔将である』からだ。
したがって、戦士一人と魔術師との二人一組による模擬戦闘は、かなり稀な事態である。
当然、それを知るアリナはロイドに説明を求める。
「ちょっと待ちなさい、アンタとヴィルハルトの戦いでしょ? 幾ら勝ち目がないからって、アタシが出るのは――」
「逆だ。お前が手伝ってくれなきゃ俺はただの殴られ損だよ。お前がいて初めて俺の狙いは達成出来るのよ」
「……あっ。まさか、アンタ――」
「気付いたか?」
アリナはこの街に来たその日の夜、彼の言っていた事を思い出した。『下準備は俺がしてやる』。これこそが彼の下準備であり、魔物退治以外に関心を示さないヴィルハルトに対峙する機会だった。
「別にいいだろ、ヴィルハルト? 二回戦るとはいったけどよ、二回とも同じ条件でやるとは言ってねぇし」
「成程、それがお前の狙いか。まあいい、好きにしろ」
「ありがとよ。礼と言っちゃあ何だが、魔将のこと一つ、先払いで教えてやるよ」
先ほどヴィルハルトに放り投げられた槍を取りに行く際、すれ違いざまにロイドは彼に囁いた、
「魔将は魔術と練体術を使える」
周囲には、ロイドが何を言ったのか聞き取れなかった。しかし、その言葉を聞いたヴィルハルトの眼付きが魔物と闘う際のそれに変わった事を、彼の戦いを知る者は例外なく察知した。
*
「良い目してるじゃねぇか、お前」
ロイドが槍を拾い、後方にアリナを置いて一戦目と同じ位置で構えた。対するヴィルハルトは、殺気を隠さぬ眼でロイド達を睨んでいる。ロイドの軽口にも言葉を返さず、ただ一戦目と寸分違わぬ構えで二人に剣を向けている。
「始める前に、一つ宣告しておく。俺は魔導士に攻撃はしない」
「……何ですって?」
その言葉を聞いた瞬間、アリナは自分の血液が沸騰していくのを感じた。この期に及んでも尚、目の前の男は自分を甘く見ていた。
彼女にはそれが許せなかった。何故自分を見下すのかは分からない。自分が『英雄』ジュリウス・ヴァーミリオンの妹だから、その威光を借りて特級魔導士になったとでも思っているのか。
いや、今は関係ない。自分の力でロイドを勝たせて、認識を改めさせてやる。
「その言葉、後で後悔するんじゃないわよ。アタシはアリナ・ヴァーミリオン。ジュリウス・ヴァーミリオンの妹である以前に、特級魔導士なんだから」




