エピローグ
花咲かなえという人間は生きるのが下手だったと思う。
現実の男にいじめられて男性恐怖症に。
かと言ってレズビアンに振り切れるわけではなく、アニメやゲームの中の人間しか好きになれなかった。
そこで出会ったのが、自分で作ったキャラクターだった。
欲しい言葉を欲しい時にくれる都合のいい存在。
幸い多彩な才能に恵まれていたかなえは自分で理想の世界を作り、その中で幸せな人生を送ってきた。
通り魔に殺されてよかったまでとも思った。
だって、ここでならライナと一緒にいられる。
ここでならーー……
✳︎
「う、うーん」
「かなえ!起きたのね!」
起きたら病室だった。意味がわからない。
「えーとちょっとまって。意味がわかんないんだけどなんでわたし入院してんの?」
「記憶の混濁があるようですね」
ライナは?周りを見ても遠い昔に見た家族しかいない。懐かしいなオイ。
「貴女1年も寝てたのよ!」
「へーそれはご迷惑を」
毒親に興味はない。
ゲームの中の世界の方が幸せだったな。
残念に思っていると病室のドアが開いた。
「花咲さん、点滴の交換のお時間で……」
「ライナ?!」
そこにいたナースはライナにそっくりな容姿をしていた。多少毒気は抜けているが、この世に顔が似ている人間は3人いると言われている。まさか本当に存在するとは。
「ライナ……?私の名前は来栖菜々子ですが……」
「夢でも見てたのよこの子はもう恥ずかしい真似しないの!」
「いった!こっち病人だから!」
いつか、会えるかもしれないと言う話は本当だった。
だけど、来栖さんはライナじゃなくて、モデルのあの子もライナじゃない。
私を守ってくれたライナはもういない。
だから自分で守らなきゃ。自分のことを。
唇に指を当てる。暖かさは残っていない。
最後のプレゼント。
きっとあれが、私の人生での唯一のハッピーエンドだった。
今までのことが全て夢とは思えない。
夢と言うにはあまりにもリアルすぎた。キスの感触だって鮮明に脳裏に残っている。
きっと、夢ではなく本当に私はあのゲームの世界に「存在していた」のだと思う。
だとしたらあの世界は崩壊してしまって、もう存在しない。続きはない。
元々、ゲームとはそういうものだ。一度クリアしてしまえばその先の世界などない。未来は打ち止めで、同じ世界、同じ時間をグルグル回るだけ。
グレイとアレンは何も分からずに消えたと思う。エドワードは最後まで正義を貫いて死んだ。自分の存在に疑問を持ちながら。
ライナはーー、彼女はあれでよかったのだろうか。
いや、よくない。
彼女が良くても私が許さない。
こんなのハッピーエンドじゃない。
だって誰1人幸せになっていないじゃないか。
「お母さん!紙とペンある!?」
「あるけど……」
「ちょうだい!」
1年眠り続けていたのだ。急に体は動かせず紙とペンを取ることは断念してしまう。
が、構想なら頭の中でどうとでもなるだろう。
エドワードは自分のことを「前座だ」と言った。たしかに、そのつもりだった。テンプレを組み合わせた万人受けするキャラクター。それが、ライナ以外の彼らだった。
でももう違う。
私は彼らに触れて、一緒に日々を過ごして、人となりを知った。
彼らはちゃんと「生きていた」のだ。
だから私は、自分のやるべき事をやらなければならない。
彼らが本当に幸せになれる、私の全力を込めたストーリーを作らなければならない。
それがきっと、唯一私が彼らにできる事だと思うから。
アフターストーリーなんて蛇足だと言われてしまうかもしれない。それでも、私は彼らの為にこのままで終わらせたくないのだ。
さあ、次はどんな物語を描こう。
とびきり幸せな物語がいい。彼ら全員が幸せになれるようなーー。
私は頭の中で「シークレット・ブルーム」次作の構想を練る。
まぶたの裏に映る彼らはいつもと同じように笑っていた。
すこしだけまっててね、今度は君たちを絶対に幸せにしてみせるから。
病室を春の風が通り過ぎる。
それは新しい物語の訪れを予感させていた。
完結です!応援してくださった方ありがとうございました!とても励みになりました!
続けて評価などしていただけると書いてよかったな〜となります!




