第2話 国籍不明の騎士団
騎士って言うと、あれだ。中世に存在したっていうヤツ。全身をプレートアーマーで覆って、武器に槍やら剣やらを持っている……今で言う歩兵ってところか。昔、博物館で見たな。
……って、おかしくないか?騎士だと?今は1944年だぞ。明らかに時代遅れだろう。どこの物好きだ。はっちゃけ大国アメリカか?……いや、ソビエトの可能性も否定できない。長期化する戦争でとうとう頭がイカれたのか。
「隊長!どうしますか!?」「レオン。こんなの想定外だぜ」
ノアとアルノルトの声が同時に聞こえた。……思考に耽っている場合ではなさそうだな。
このティーゲル戦車が歩兵如きに遅れをとるなどあり得ないが、逆に不気味だ。戦車相手に歩兵
の総力戦など効率が悪いにも程がある。そもそも騎士なんて、第一次大戦にすらいなかったぞ。
「とりあえず落ち着け。この規模の歩兵を用意していたとは俺も予想していなかった。まずは様子見だ。あちらが攻撃を仕掛けたら即座に発砲。それからでも遅くはない」
「りょ、了解しました」
待機を命じたものの、これ以上の手が思い浮かばない。88ミリで吹き飛ばしても良いが、あれだけの生身の人間を撃つのは正直気が引ける。
……待てよ?あちらさんが最初からやる気なら、普通散らばって進軍するはずだ。戦車相手に纏まって行軍するなど猿でもやらない。ということは、あの集団は「戦車」というもの自体知らないのではないのか?
……いや、戦車を知らないなんてあるわけがない。世界的知名度の高いイギリスが熱心に研究していたものなのだから、子供でも知ってる。……じゃあ、何故だ?
「お、なんか出てきたぜ」
アルノルトが覗視孔から外を伺いながら声を出した。俺も展望塔から覗き見る。
……何だあの格好は。女……か?あんな姿で戦場に立つなんて正気を疑うな。
騎士の集団を割って前に出てきたのは、如何にも指揮官らしい姿をした女だった。ただ、他の騎士達が全身を鎧で覆っているのとは対照的に、やや軽装の鎧だった。防御というよりファッションを意識しているようにも見える。……バカなんだろうか?戦場で着飾る余裕があるのか。戦車が相手ではどんな服装でも紙同然だが、それでもあれは舐めすぎだろう。
まあ、鎧姿でしかも固まって進軍している連中だ。愚行は今に始まったことではない。
「撃ちますか?」
「待て。何か要求があるのかもしれない。暫く待機だ」
腰に剣をぶら下げた軽装騎士の女がこちらへ進んできた。
……あの剣は自決用だろうか?それにしては長いな。まさか武器って事は……あるかもしれないな。騎士の格好してるし
ティーゲル戦車から30メートルくらいの場所に立った彼女の表情は険しかった。……あれは敵意だろうなぁ。武装した兵が後ろに控えてる時点で期待はしていなかったが。面倒なことにならないといいな……
「私の名は、アメリア・ベル・アナスタシア!アナスタシア王国の第一王女である!……問う!あなた方は何者か!そして何故我々の進軍を妨げるか!」
何を言っているんだ?アナスタシア王国なんて知らんぞ。俺も知らない小国家だろうか?……いや、歩兵だもんな。歩いて行ける範囲は限られてる。この辺の国家はある程度把握しているが、アナスタシア王国なんて聞いたこともない。
「どうするんだ、レオン。あちらさん、相当お怒りのようだぜ?トンズラするか?」
「何はさておき言葉を交わしてみる必要があるな。ドイツ語を話してくれているなら、意思疎通は出来る」
俺は展望塔のハッチを開ける。おや、空気が澄んでるな。実家の田舎のような綺麗さだ。……ここ本当に戦場か?
「俺に何かあったらお前達だけで逃げろ。いいな?」
「隊長!危険ですよ!」
エレナの止める声が聞こえる。しかし、このまま戦車の中に閉じこもっていても進展はない。ならば前進あるのみである。
「隊長を置いていくことなど出来ません。隊長無しで我々は誰に付いて行けばいいのですか。このティーゲル戦車を動かせるのはあなただけなんです」
「お前を置いて行くなんて頼まれてもやらねぇよ」
「つ、通信相手がいなくなるのは困ります!」
「装填の指示……隊長の役目」
口々に声を上げる仲間を見て俺は思う。……いい部下を持ったな、と。
上官の命令を拒否することは反逆行為であり、銃殺刑もあり得ることだ。そこまでして俺の存在を尊重してくれる仲間には脱帽である……とまあ、その上官が俺だったりするんだが、嬉しいことだ。エレナ・クリューゲル曹長の言葉には少々引っ掛かるものがあったが。
皆がここまで言ってくれているのならば、俺が下す命令はただ一つ
「皆に命令を言い渡す。……俺を死なせるな!」
「「「「了解!!」」」」
ちょっとどこらか、かなりの高慢野郎だと思ったが、こいつらの意思を尊重するなら、この命令が一番だろうと俺なりに考えた結果だ。……ちょっと胸が痛んだんのは否めないが。
俺は部下達の心強い後押しの力で展望塔から顔を出した。突然顔を出した俺に驚いたのか、ティーゲルの前に立つ女騎士がぎょっとした目を向けた。
……とりあえず降りるか
「あなた方の進軍を妨害してしまった事、謝罪します。私はドイツ陸軍第503重戦車大隊、191ティーゲル戦車斥候小隊隊長、レオン・メルツ少尉と言います」
「ド……イツ?どこの国だ?聞いたこともないぞ。それに、その後ろのモノはなんなのだ?馬車なのか?」
まさかとは思ったが、ドイツを知らないとは。ドイツ語知ってるくせにな
……とすると、何らかの拍子に別の時代、若しくは別の次元に来てしまったと考えるのが自然か。戦車を馬車と言う辺り、こちらは科学が発展していない世界なのだろう。
時間遡行、次元転移……か。信じたくないが、この非現実を説明するにはそれしかないだろう。
「これは、我々ドイツの誇る傑作戦車ティーゲルです。馬車ではありません」
「こ、これが戦車だと!?あなた方の国はどれ程の大国なのだ!?」
お?この口振り、戦車を知ってるようだな。ならここらでこちらの実力を見せておいた方がいいか。そうすれば少なくとも殺されることはないかもしれないからな。
「我々のティーゲルの力、ご覧になりますか?」
「見せてもらえるのか?」
「はい、喜んで」
俺はわざとらしく笑って見せた後、ヘッドフォンの通信機器へ声を吹き込んだ。この国の戦車がどんなものかは分からないが、このティーゲル戦車よりも格下なのは明らかだ。ならばきっと驚くだろう。
「砲塔9時。榴弾再装填」
「了解……榴弾装填します」
ラルス曹長からの応答が聞こえた。まるで待っていたかのような素早い対応に驚いたが、ラルス・シュティーアはそういう男だ。口数は少なく、意思疎通も最低限。しかし、無駄な行動は一切しない。常に効率的な手段を考えている。
その点では彼の方が俺より車長は向いているのかもしれないな。力が強いから装填手なのだが。
そんな事を考えている俺の前で砲塔を動かすティーゲル戦車の姿に心底驚いている騎士達が居た。これは予想以上のリアクションをしてくれそうだ。
「榴弾装填完了」
「よし。400メートル先の地面に向けて撃て」
「了解。撃ちます」
今度はノアの声が聞こえた。それとほぼ同時にティーゲル戦車の88ミリ砲が火を吹いた。
もの凄い轟音であった。それは発射を命じた俺でさえ驚く程に。発射の突風で吹き飛ばされそうになったが、車体の取っ手につかまり何とか耐えた。尻餅をつくなんて恥ずかし過ぎるからな。
普段は車内でしか発射音を聞かない分、その凄まじい爆音に俺でも身が引けてしまった。
撃ち出された榴弾は400メートル先の地面で大爆発した。今更だが榴弾とは、炸薬を詰めた砲弾の事で、着弾と一緒に爆発するものだ。わざわざ榴弾を再装填させたのは、この爆発の威力、盛大さを見てもらいたかったからだ。徹甲弾だとちょっと地味だし。
騎士団からざわめき声が聞こえてくる。アメリア王女は尻餅をついてポカンとした顔をしていた。そりゃあ驚くだろうな。これで俺達と喧嘩する気がなくなってくれたらいいのだが……
「……あ」
「あ……?」
王女殿下が声を出しかけたので俺は体ごと振り向き、復唱した。完全に腰が抜けてしまったようだ。喧嘩抑止のためとは言え、ちょっと申し訳ないことをしたかもしれないな。……手を差し伸べた方がいいか?
だが、その必要はなかったようで、いきなり王女殿下がこちらへ跪いた。よく見ると後ろに控えていた騎士達も膝を付いている。……なんだ?
「あなた方を我が国に賓客として迎えたい!如何か!」
「え?」
予想外の反応に俺は声が出なかった。開いた口が塞がらないとはこの事を言うのだろう。
……さて、ややこしい事になってしまったぞ。どうしたものか。
戦車の砲口からはまだ微かに煙が昇っている。その様はティーゲル戦車がこの状況を密かに笑っているようにも見えた。
■一部の方は既にお気づきのことと思いますがこの小説、【ナチス・ドイツ】という表現を避けています。それによって多少の違和感を感じるかもしれませんが、そういうものだと思ってこれからもお楽しみください。