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その日も私はいつものように朝の仕事をしていた
屋敷の床を掃除して、窓を拭き、シーツを洗って干す。
そこまで済ませたら、一旦お昼の休憩を挟んでから買い出しだ
「ロザリー、今日は珍しくベルーナさんがいるから道草せず帰ってこいよー」
リリーが買い物カゴを渡しながらそう言った
「ベルーナさん?そう言えばここ最近見かけてなかったな…」
ベルーナさんとは、怖いメイド長だ
最初の頃は見かけていたのに、いつの間にか全く会っていない
前にリリーがベルーナさんは他の仕事で忙しいとか言ってたような・・・
「ベルーナさんはアンタを外に出すことをあんまり良く思ってないみたいなんだよね。だから、見つかる前に早く帰ってこいよ!」
あまり良く思っていない・・・それは、私への信頼がまだ薄いってことよね
家族の生活があるから逃げ出したりはしないけど、あまり顔を合わせていないし、信頼が薄いのも仕方ないよね
「うん。早く買い物終わらせてくるね」
複雑な気持ちを誤魔化すように笑顔を作り、お使いのために屋敷を出た
市場はいつものように賑わっていた
八百屋に花屋、石鹸屋さんに小物屋さん
本当は色々見たい気持ちもあるけど、今日はそう言う訳にはいかない
誘惑を振り切るようにメモ紙を睨みつけ、書かれたものを探す
「えっと、今日はキャベツと玉ねぎと、お肉に・・・
」
その時。何故だか視線を感じた気がした
キョロキョロと辺りを見渡すが、私に視線を送る人なんてもちろん見当たらない
気のせいかな?
首を傾げつつ、私は八百屋さんへと向かうことにした
この時、路地から私を見つめる人物がいる事に気付かずにーーー
それから買い物を済ませて、私は早足に屋敷を目指していた
しかし、買い物の途中で荷物をぶちまけてしまったおばあさんに遭遇し、手伝っていたら予想以上に時間がかかってしまった
「早く帰らないと」
重たいカゴを抱えながら、小走りに屋敷を目指す
と、その時ーーー
「わっ」
私は道の角から飛び出してきた人影とぶつかってしまった
お互いに尻餅をついた上に、私まで荷物をぶちまけてしまった
「あいたぁ・・・あっ大丈夫ですか?」
ぶつかってきたのは、幼い少年のようだった
ん・・・?この子は確か・・・
「あなたは・・・」
「おまえ・・・!」
少年は驚いた顔をしたが、散らばる野菜たちを見ると
「わ、ワリィ・・・」
かぶっていた帽子のツバを摘んで下げながら、小さな声で謝ってきた
初めて会ったときもぶつかったな・・・
あの時は悪態をつかれたけど、今日はさすがに謝ってくれた
「こちらこそごめんなさい。怪我はない?」
「ああ・・・ちょっと急いでたから」
散らばる野菜たちを集めながら、少年を横目でみる
年はまだ10歳くらいかしら?
汚れた服に、傷だらけの腕。顔にも・・・この街では貧しい人々がたくさんいるとリリーが言っていた
きっとこの子も・・・
「おまえ、あの薔薇の屋敷のメイドだろ?」
「・・・へ?」
考え事をしていたから、何と言ったのか全く分からず変な声が出てしまった
「へ?じゃねーよ!間抜けなオンナ!」
「な、間抜けって!?」
やっぱり口悪い!
「おまえも貧しいやつなのか?だからあんな屋敷でメイドなんてしてるのか?」
「それは・・・・・」
何と言えば良いのだろう
にんじんを手に持ったまま少年を見つめる
少年の目は、哀れな人を見る目ではなく、どこか切ないような目をしていた
「うちも貧しいんだ。同じ境遇のやつは仲間だから優しくしろってアニキに言われてる・・・だから、忠告してやる」
切ない瞳から、急に威圧感のある目つきに変わった
忠告?
「あいつら、恨みを買いやすいから気をつけろよ。おまえ間抜けみたいだし。さっきも見られてただろ?」
「おまえおまえって、私はロザリーって言うのよ。それに忠告って・・・」
散らばる野菜の最後のひとつをカゴに押し込むと、少年はすぐに立ち上がり
「じゃあな!」
そう言うと素早く走って行ってしまった
「あ、名前・・・」
変な子。何だったのかしら
名前聞けなかったな
私は握りしめていたにんじんをカゴに入れ、再び屋敷へと急いだ




