一年前(2)
ギシ、とスプリングが音を立てて、自分が今ベッドの上にいることに気がつく。さっきまでは確か敵と戦っていて、防御魔法を目いっぱいに展開して……それから、どうなったんだっけ。
ずきずきと痛む頭を抑えながらネルは体を起こした。
ベッドの上にいるということは、あの場は何とかなったのだろうか?だがいつもよりもふかふかのベッドで寝心地がいいのが逆に違和感だ。戦闘後の治療で運ばれるベッドは大抵もっと薄いし、硬い。うっすらと目を開けると黒いサテンのワンピースパジャマが目に入った。
「なにこれ……」
ぴら、とパジャマの裾をつまんで訝しんでいると、ギイ……とドアが開く音がする。
「あれ、ネル起きたのかい?」
「?!」
入ってきた男……黒くて長い髪を束ねた男は、これまで見た姿とは違うが間違いなく先程まで交戦していた男だ。今はゆったりとした黒いシャツにスラックスという戦闘には不向きな服装をしている。ほとんど反射で立ち上がり手のひらに魔力を集中させるが、集め切るより早く膝から力が抜けて倒れ込む。
倒れ込んだネルを男はサッと支えた。服装もそうだが、男からは全く敵意を感じない。それがネルには理解できないし、不気味だ。
「危ないよ、ネル。君まだ魔力切れなんだから。魔力がこれ以上抜けないように術を施してるんだ」
「これは……どういうことなの」
「うん?……ああ、まだ記憶が混濁しているのかな?それとも覚えられなかったかな?ちょっとびっくりすぎるものね、仕方がないか。」
「何の話?」
男は少し目を見開いて、本当に覚えてないんだ、と呟いた。それからまた明るい表情を浮かべて手を取ってくる。
「ああうん、教えてあげるよ。それより、僕はロイって言うんだ。ロイと呼んでくれないかな」
「……何を言っているの」
「ロイって、さあ呼んで?呼んでくれたら気が変わって君のこと帰してあげるかもしれないだろ?」
そんな見え透いた嘘に乗ってやる趣味はない。そう思いながらも、握られた手に力を込められて少し怯む。たかが、名前を呼ぶだけ。それで帰してもらえるかもしれない。実際は嘘だとしても、少しの希望がある。
「……ロイ」
「……はーい。」
男……ロイは名前を呼ぶと、顔を少し赤らめて楽しそうに返事をしてくる。この男は何がしたいんだろう。じっとその顔を見つめていれば、ロイはヘラヘラと笑いながらまた口を開いた。
「そうだった、君の話だね。君はさ、前陛下の子なんだよ。」




