プロローグ 魔法少女の希望
魔法少女たちの憧れ。
それは、長い間一人で世界を守り続けた魔法少女・ネルにほかならない。白く柔らかいシルエットの魔法少女の衣装が良く似合う、頼りになる魔法少女の大先輩。魔法少女になったのは7つのときで、その魔法で世界各地に現れる敵組織と戦っていた。光り輝く魔法は希望の象徴で、憧れない魔法少女なんて居なかった。
だから。
ネルに執着していた敵幹部の一人と共に消えた時はみんな心配していたのだ。この世界から希望の象徴が失われたことに。さらわれてから1年、ネルを攫った敵幹部も一年ぶりに街に姿を現した。黒く長い髪が風になびく。
「ネル先輩をどこへやったの!」
後輩魔法少女のひとり、アカリが声を上げた。
その声を聞き、幹部──ロイは楽しそうにくつくつと笑った。面白くて仕方がないとでも言うかのように。
「知りたいか?」
「……勿論よ」
「だそうだよ、ネル」
ロイが空中に手をかざすと、不気味な音が鳴った。音ともに空間が歪み、歪んだ先には黒い城が見える。……あれが、敵組織の根城……。アカリが魔法ステッキにぎゅっと力を込めていると、そこから黒いハイヒールを履いた足が出てくる。驚き顔を上げれば、そこにはネルが立っていた。
「……なに、ロイ」
「彼女たち、君に会いたいみたいだよ」
先程のアカリへの態度とは打って変わって、ロイは優しくネルに接する。手を取り、隣に立たせたかと思うと抱き上げた。
ネルの問いに、ロイはアカリたちを指さす。ネルは興味なさそうな顔をして、それでも一応こちらを見た。
「何か、御用?」
「……っ!」
かつて希望の象徴であった少女は、ロイの腕の中にいるのが当然でそこが自分の椅子の上であるかのように自然に微笑んだ。笑い方だけがかつてと同じで、それが酷くいびつだった。アカリのステッキを握る手に力が篭もり、隣に立つハルカも立つ足に力を込める。
「……それ、そんなに握っては危ないわ。爪がくい込んで、手が痛くなってしまうでしょう?」
「……?!」
ネルが指を少し振ると魔法が発動し、アカリのステッキが宙へ浮く。ネルが魔法少女として長く活躍できた原因はこれだ。ほかの魔法少女はステッキなどの媒介なしに魔法を発動させられないのに、ネルはいとも容易くそれを行うことができる。
「ねえ。なにか御用があって、私を呼んだのではないの」
じれったいのか、ネルの方から催促した。胸元の黒曜石のような宝石がちかりと光る。アカリは無意識に自分の胸元の宝石を抑えた。この宝石が仲立ちとなって、体内の魔力を精製してステッキへ送り、魔法は発動される。ネルの宝石も何の因果か、アカリと同じ胸元についていたはずだ。ハルカも黒曜石のようなそれに気がついて、震える唇を開く。
「その、格好は……」
「この格好……?いいでしょう?似合うってロイは言ってくれているの。」
ね、とネルがロイを見上げた。ネルは強い魔法少女だが、肉体自体は小柄な方だったと今更ながらに思い出す。そして、その親しみを込めた目線にアカリは悟った。
「ネル先輩を、返して!」
宙に浮かされていたステッキを取り大きな魔法陣を展開する。それを補助するように、ハルカも魔法陣を縁どっていく。ふたりの心臓がばくばくと大きな音を立て、嫌な汗が背中を伝う。……ネルは洗脳されている。魔法少女の体内魔力の色を表す宝石が黒曜石のように真っ黒になっていたのも、きっとそのせいだ。元のネルは光属性で、白い魔力を持っていた。光属性と闇属性は互いに威力が倍になる関係だ。威力というのは単なる物理、もしくは魔法攻撃の威力だけでなく精神攻撃の効力も含む。魔法陣を二重、三重に展開する。アカリのピンク色の魔力では闇属性の洗脳に叶わないことは知っていた。でもハルカの魔力が合わされば、ロイ自体を傷つけることは不可能では無いはずだ。ゆっくり丁寧に、しかし可能な限り急いで魔力を流し込む。まずは元凶のロイを何とかしようと思っての事だった。
「食らいなさい!」
「きゃ」
魔法を発動しようとしてステッキを振り上げたその時。小さくネルが鳴いた。アカリのステッキは振り切れなかった。空中で止まっていた……否、アカリが止めたのだ。ハルカもそれを責められない。なぜなら、ハルカも魔力を流し込むのを辞めてしまったからだった。描いた魔法陣が発動途中で光を失っていく。ネルは小さく縮こまってロイの腕の中にいた。
「可哀想なネル。かつての仲間から力を向けられてしまうなんて」
「ロイ……っ」
「僕は君にそんなことはしないよ」
「ネル先輩!その人から離れて!」
「だって。ネル、離れるかい?」
ロイはネルを抱き抱えていた手を緩め、いつでもネルが逃げ出せるようにして見せた。アカリとハルカは必死で手を伸ばす。洗脳されていても、ネルはやさしかった。アカリの手が傷つかないように気づかってくれた。きっとまだ、魔法少女だと信じて。しかしネルは2人の手のひらをじっと見つめたあと、自分を抱き抱えるロイの顔を見上げた。
「……離れる?どうして?」
「……っはは、ネル、君って最高だよ」
「ロイのツボは、よく分からないわ。いつものことだけれど」
ネルは心底分からないというふうに首を傾げた。綺麗な銀糸がさらさらと流れ落ちる。ロイは余程嬉しいようで、顔を手で覆いながら笑っていた。
この空間で、アカリとハルカだけが本気だった。そして、アカリとハルカだけが絶望していた。




