第3話 いろんな人種
この仕事など、いいのでは・・・遠いか。
この討伐は・・・すでに受注済み。
ふむ。良さそうな内容の仕事もあるが、いまいち条件が合わない。
残念だが、ここで受注できる仕事は無いようだ。
・・・ここは、新米の同伴でもすることにしよう。
経験豊富な旅客の役割の一つに、新米旅客の育成がある。
その仕事は上位旅客しかいないようなハイレベルな地域でなければ、常に募集がかかっている。
その道のベテランが、右も左もわからない新米旅客にその業界の常識などを仕事をしながら指導するのだ。
あくまで立ち振る舞い方などを学ぶものであり、上位旅客ではなく、経験豊富な旅客の役割だ。
戦闘旅客においても例外ではなく、一定以上の仕事件数を受け、かつ成功率が良好な者は、ランクの低い旅客や経験の浅い旅客、初めて討伐の仕事を受注する旅客の仕事に同行し、その任務を成功に導くという仕事を受注することができる。
報酬は、その旅客パーティーの一員として仕事を受注するため、その仕事の報酬額を得ることができる。さらに、旅客情報局からも謝金として少しばかりお金が出る。
まあ、低ランクの旅客が受ける仕事なので、正直、報酬は安い。旅客情報局が出す報酬も、日数×3,000印程度で、高くはない。
だが、旅客が今後も活動を続けていくためには必要な仕事である。
「・・・受けられる仕事はないね。新米指導でもするよ。じゃ、ありがとね。」
「いえいえ。ありがとうございました。またどうぞ!」
窓口から離れる。
新米旅客同行は、別の端末から受注するのだ。
電子掲示板の近くにある個人用端末に旅客証をタッチ。すると、条件を満たしていると『新米旅客同行』の欄が出る。
新米旅客同行の欄をタッチする。
すると、数件の募集中の仕事が出てくる。
さて、どれにしようか・・・。
*****
選んだ依頼は、討伐任務への同行だ。
受注依頼は大鹿討伐。受注した新米旅客の人数は4人。
メンバーは、ある程度仕事をこなしてきている者もいるが、討伐任務は皆初めてのようだ。
5、6頭くらい討伐できれば、一人あたり手取り7,500印ほど。最低賃金ぎりぎりのラインである。
せっかく同行するのだから、一人当たり20,000印くらいは稼がせてやりたい。
そうなれば、16頭。俺の取り分まで含めれば20頭ほど討伐したい。
今回の討伐対象である大鹿は、『オオタイグンジカ』を代表とする数種で、非常に多産であることで知られる。文明圏に出没している段階で、この近辺の自然界での許容量を超えているのだ。20頭程度ならば生態系に影響はない。
受注処理を端末で終える。
すると、ハンドベルを鳴らすような音が響き、機械音声が流れる。
『待機番号、6番の方、同行の申し出がありました。3番端末の方と合流してください。』
当たり障りのない呼び出しである。新米旅客の同行でも、普通の仕事への共同参加でも、呼び出し音声は同じなのだ。
ロビーを見渡せば、音声に反応して、一人、旅客が向かってきている。
向かってくる旅客は、牛人系の旅客だ。身長は3m近いだろうか。立派な体格だが、多種族対応の旅客情報局の道は広々としており、牛人は悠々と歩いてこちらへ向かってくる。
そして、俺の前に来ると、困惑したように声を上げた。
「ど、どうも。えっと・・・?青鉄だよな?」
よく響きそうな、野太く雄々しいいい声である。しかし、その声は、自信なさげに震えてもいる。
先ほどの受付の時に、ここにいる全員に俺が青鉄だと伝わっているようだ。
「今回、同行依頼を出していただろう?」
「ああ、出していたが・・・。」
狼狽える牛人の旅客を、なるべく威圧しないように笑顔を作り、言う。
「じゃあ、仲間を紹介してくれないかい?」
すると、牛人旅客も安心したのか、幾分震えが収まり、席まで案内してくれた。
「今回、一緒に依頼を受ける奴が決まったぞ!」
席にいる3人に、牛人が言う。
「どうも。青鉄旅客のメタルです。よろしく。」
笑顔を作り挨拶しつつ、旅客達を観察する。
案内してくれた牛人のほか、植物人、爬虫類人、猿人だろうか?
この星には、多くの種から進化した高度知的生命体がいる。
高度知的生命体は、慣用的にざっくりとした分類を示すときは○○人と『人』の字をつけることで表現することが多い。
もっとも、分類学的には種小名は別にある。種小名はカタカナで表記され『人』はつけない。
ほとんどの高度知的生命体の種は、種小名に『チテキ(知的)』や『シコウ(思考)』などの知性を示す名称が付いている。
また、その生命体が原種にどれだけ近いかを示す値として、原始率というものがある。
原始率が高いほど原種に近い外見になり、原始率が低いほど二足歩行で『ヒト』に近くなる。
例えば、チキュウ人は猿人の原始率1~5%で、アウストラロピテクスは猿人の原始率70%程度といった形になる。
この星の高度知的生命体は、『交配体』という細胞小器官によって、異種交配が可能になっている。
各個人の種は、最も遺伝子の割合が多い種を国に登録するが、外見の原始率は、同種でも大きな開きがある。
しかし、だいぶ多様な種がそろった4人組である。
俺が席に着くと、牛人が早速旅客証を取り出し、自己紹介を始める。
自己紹介の時に旅客証を示すのは、半ば常識である。
「おいらはチテキクロゲヤギュウの角蔵だ。今回旅客登録をして赤クラスに指定された。よろしくな。」
角蔵は、この席まで案内してくれた牛人だ。チテキクロゲヤギュウは、この星の牛人としては数は多いほうで、よく見かける人種である。
原始率は70%くらいだろうか?牛が二足歩行したような外見をしている。手の指は発達しており、器用そうだ。頭には、まっすぐ横に伸びた30㎝ほどの一対の角があり、その角には、炎をモチーフにしたような赤い紋様が彫り込まれている。
3m近い身長に筋骨隆々とした体格と、険しい顔つき、黒い毛並みが合わさり、非常に厳つい外見である。
しかも、赤クラスでしかも初めての仕事に討伐を選ぶとは、なかなか野心的である。外見や体捌きは決して弱そうではないため、筆記の成績でも悪かったのだろうか?
戦闘旅客は、筆記試験もあるため、最初のうちは強さとランクが釣り合わないことも多い。仕事をこなせばおのずと知識もつくため、ある程度経験を積めば強さとランクがそろってくるのだ。
装備は、焦げ茶色のレザージャケットに、黒いレザーズボン。ジャケットは袖なしで、かなりの軽装備である。武器は腰の剣のようだ。
「アタシはフーロ。シコウアカガシさ。本体は外にいる。黄クラスだ。よろしくな。」
植物人。長命で大型になることで知られる人種だ。シコウアカガシに限らず、植物人は己の自治区から出てくる者が少ないため、会う機会の少ない種である。
フーロは女性型で、身長はそこまで高くなく細身だ。ツンツンと跳ねたショートカットに見えるのは、集まった葉で、体表は樹皮のような質感をしている。というか、まさしく樹皮なのだ。
本体が別にいるということは、今ここにいるフーロは分体のようだ。ということは、分体を作らなければこの建物に入れなかったということだろう。
・・・というか、この建物の前に立っていた見慣れない樫の木は、フーロだったようだ。原始率は90%を超えていそうだ。
武器らしきものは持っていない。本体が持っているのか、それとも、樫人は肉弾戦が得意な者が多いというが、フーロもそうなのだろうか?
旅客としての経験は大体半年。今までは採集の仕事を主に受注していたらしい。
「ワタシは、レナート。ユキミカメレオンの、レナートです。ランクは黄。どうぞ、よろしく。」
ざっくばらんな感じの他二人と違い、丁寧そうな物腰なのは、白い鱗の細身で身長が高いカメレオン人だ。目の脇や頭頂部などの要所要所の青い鱗が美しい。二足歩行なところを見るに、原始率は70%くらいだろうか?
ユキミカメレオンは、北方系爬虫類人種の一種だ。爬虫類っぽい見た目だが寒冷地に対応して恒温動物である。カメレオン系の種だが、有色の鱗を白くさせるだけしか変色能力をもたないことが多い。
線の細い印象を受ける男で、腰には短剣とショートワンドが下がっている。魔術師タイプだろうか。
旅客としての経験は1か月ほどだそうだ。
「私、エミーリア。ミニマムレギオン。昨日旅客になった。緑クラス。よろしく。」
ほう、驚いた。ミニマムレギオンか。かなり珍しい種だ。レギオンというのはその『軍勢』の名の通り、多くの個体を内包していること種のことを言う。ミニマムレギオンはその中でも最小の種だ。
そして、最初から戦闘旅客として一流とされる緑ランクに指定されたようだ。最初から青ランク以上には指定されないようになっているため、実際の実力は未知数と言えるだろう。
エミーリアは身長は一五〇cmを少し超えた程度の、濃紫色の髪を肩口くらいまで伸ばした少女だ。髪の毛は乱雑に切りそろえられており、様々な方向にはねている。ジト目で三白眼の活力のなさそうな表情をしている。肌は色白だが健康的な肌色をしている。
チューブトップで露出の多い恰好をしており、露出した肌の所々にツギハギが見える。ヒト型であり、パッと見て複数の集合体には見えない。だが、どこかに別の個体が潜んでいるのだろう。
地球のスクトゥムに似た四角い盾を持ち、刃渡り50㎝ほどの分厚い短めの剣を佩いている。前衛のようだ。
全体的に前衛よりのパーティである。まあ、俺も前衛だし、指導するには都合がいいかもしれない。
最後に、俺の自己紹介だ。
旅客証を取り出し、示す。
「俺はメタル。メタル=クリスタル。魔法と呪法はいまいち使えないけど、物理戦闘ならお任せを。旅客証の色は青鉄。皆さん、よろしくね。」
4人は、俺の旅客証を見つめて固まっている。
「あ・・・青鉄って、都市伝説じゃなかったんだな・・・」
フウロがぼそりとこぼす。
まあ、青鉄クラスは、全国に数千万人いるという戦闘旅客の中でも0.001%程度しかいない。遭遇率がただでさえ低いというのに、現実味に乏しいエピソードが流布しているせいもあって、半ば都市伝説化しているのだ。
さて。自己紹介が終わったところで、聞いておかなければいけないことがある。
「ところで、みんなは今回初対面かい?」
そう訊ねると、皆が頷く。
初対面の旅客4人か。連携した戦闘は期待できそうにない。
もう一点、確認することがある。
「この中で、戦闘経験がある人は手をあげてもらえるかい?」
そう訊くと、無言でエミーリアと角蔵が手をあげた。
エミーリアはまだしも、角蔵は意外だった。装備も新品で、あまり戦闘したことがあるようには見えない。
「俺は、田舎にいるときは自警団にいた。何回か害獣相手はしたことあるぜ。」
なるほど。そうなれば、角蔵は大丈夫そうだ。
レナートとフーロは、戦闘経験が無いそうだ。
「では、さっそく仕事に向かいたいのですが、皆さまはよろしいですかな?」
レナートから声がかかる。
「おう。いいじゃねぇか。早速行こうぜ。」
「アタシも、行けるよ。」
角蔵にフーロも、やる気に満ちている。
エミーリアを見れば、無言で頷いている。
今は昼過ぎ。今から行っても、数頭は狩れるだろう。
「ああ。皆の実力も見ておきたいしね。本番は明日になるだろうけど、今日も行ってみようか。」
そう言うと、誰も異存はないようで、誰ともなく立ちあがり、旅客情報局を後にした。