第1話 旅立ち
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現歴2265年4月10日 朝7時。
爽やかな朝の光に、鈍色が煌めく。
一人の青年が、剣を振っている。
青年が動くたびに、短めに切られた黒髪が揺れる。
少したれ気味の目は、真剣さを湛えており、鋭く切れ味のある眼光を放つ。
顔つきはまだ若く、ヒトの20歳程度か。
決して美形ではないが、不細工とも言えない。10人とすれ違ったら、10人全員が気にしない、地味で平凡な顔つきである。
だが、体つきは、非凡であった。
鍛え上げられた体は、巌の如く。
激しく隆起し、しなやかに伸縮し、踊るように躍動し、青年の体を動かし続ける。
その芸術のような筋肉には、しかし、無数の傷跡が刻まれている。
小さな無数の傷から、致命傷を匂わせる大きなものまで、傷の見当たらない場所はない。
だが、それは決して見苦しくはなく、むしろ、ある種の荒々しい美しさすら醸し出している。
この青年の名は、メタル=クリスタル。この名は、この星において、古典にしか出てこない英雄の名だ。
*****
鋭い踏み込みと共に重低音が響き、大地が軋む。
同時にコンパクトに横薙ぎに振るわれた剣は、間髪入れずに翻り、斜め上に向けて斬り上がる。
そのまま剣を担ぐ姿勢に移り、タイミングをずらして袈裟懸けに斬り下ろす。
剣を振り下ろした体勢から肩を相手に叩きつけ、姿勢を崩した相手の腰から肩にかけて剣を走らせる。
地を蹴り、相手から離れる。
剣を引き、集中は切らない。
腰から両断された仮想の敵は霧散し、戦いは終わる。
「ふぅ。」
メタルは集中を解き、軽く息を吐いた。
30分ほどの短い仮想戦により全身は程よい熱を持ち、力が腹の底から湧き上がってくるような錯覚すら覚える。
体の動きは上々。調子はいい。
体を解しつつ、運動場の片隅に向かう。置いておいたスポーツドリンクを手に取り、口に含む。
春の日差しを受け、ほんのり温くなっているが、汗をかいた身体には気持ちいい。
今日の鍛錬はここまでだ。
いつもならこの後、もう少し続けるところだが、今日はこのくらいにしておく。
「あれ、今日はもう終わり?」
そう訊いてくるは、同居人の大鏡 誠司だ。地球の日本出身の18歳である。
その後ろでは、同じく同居人の駒村 詩乃が汗をぬぐっている。
二人は俺が地球に行ったときにある事情から保護し、そのまま我が家で過ごしているのだ。
「ああ、俺は上がるよ。二人は続けて。」
「オッケー。わかった。」
背後で、再び鍛錬を始める気配がする。
真面目な二人だ。筋も悪くない。きっと強くなるだろう。
玄関でトレーニングシューズを脱ぎ、風呂場へと向かう。
ほんのり冷たいシャワーを頭から浴びる。
ああ、気持ちがいい。
火照った身体が冷やされ、爽やかさ抜群だ。
部屋着に着替え、笑顔の男が描かれた箱からシリアルを椀に盛り、牛乳を注ぐ。
ザクザクとした食感を楽しみつつ、現在の家計状況について、思案する。
決して今すぐに金がないというわけではない。無駄遣いしなければ、あと5、6か月くらいは持つ。
だが、余裕があるわけでもないのだ。
残念なことに、二人いる弟も、現在は遠方に出かけており、すぐに収入を持ち帰ることもない。
そして、現在は同居人二人を養わなければならない。
それを考えれば、そろそろ、稼いでおいた方がいいだろう。
念のため言えば、俺も、決して無職というわけではない。
「Blue Coat」という戦闘請負会社と、「蒼鉄工房」という武具屋を営んでいる。
「Blue Coat」は高難易度戦闘をメインに扱う戦闘請負会社だ。
この星の野生生物は強い。文明の及ぶ都市部や幹線道路等は安全なのだが、ひとたび山野や田舎の自治区へ行けば、凶暴な野生生物が多く生息している。
10m級のオオトカゲなどがざらにいるのだ。ソフトスキンの車両だと危険な地域も多い。
そんな中、護衛や害獣の討伐や、そう言った地に赴く人物の護衛などを行う民間の戦闘請負会社の需要がある。
うちは、高難易度戦闘をメインに受けている。だが、逆に言えば、並の難易度の仕事はあまり受けていない。そして、高難易度の仕事はそもそもの件数が少ないのだ。
そのため、仕事一回の収入は大きいものの、仕事は不定期であり、数か月~数年仕事がないことも多い。
もう一方の武具屋である「蒼鉄工房」は、それなりに質の高い製品を作成すると自負している。基本的にオーダーメイド生産だが、店舗にもそれなりに武具を置いている。
先に述べたとおり野生生物がそれなりに危険なこの星では、近接武器を個人が携行するのは一般的である。ちなみに、銃は治安上の観点から基本的に許可されていない。
町で少し探せば、武具屋は簡単に見つかる。
残念ながらうちの小さな店舗はいつも閑古鳥が鳴いている。まあ、もとより商売気がないといえばその通りだが…。
最後に客が来たのは、1か月くらい前だっただろうか?
軍人や旅客の固定客もおり、武具の手入れを引き受けているが、最近は平和であり、必要になったような話も特にない。
このとおり、職はあるが、どちらも収入は安定しない。
そして、悲しいかな、直近に収入のある予定もないのだ。
「ふむぅ・・・。」
なかなか頭の痛くなる状況である。
こうなると、家業以外で収入を得る必要がある。
もっとも簡単な方法で、なおかつ今回考えている方法は、旅客として仕事を受け、報酬を得る方法である。
旅客。それは、旅先で路銀を稼ぎつつ、諸国を旅する人々のことだ。
旅客には多くの種類がある。昔は冒険者と呼ばれていた『戦闘旅客』、流れの理髪師である『理容旅客』、諸国で料理修行をする料理人の『調理旅客』など、その種類数はこの世の職業の数の分だけあるといわれている。
戦闘旅客は、元冒険者ということもあり、『戦闘』旅客と言いつつも、採取や調査なども仕事に含まれる。
戦闘力がランク決定の大きな指標となるため、戦闘旅客と呼ばれているのだ。
危険な生物の多いこの星では、文明が星々をまたにかけるまで進んだとしても、護衛や素材採取に未だ一定の需要がある。
日常に必要なものは栽培や工業生産で賄えるのだが、変わったものや研究素材などは、未だ危険な山野深くへ採集に赴く必要がある。
また、この星唯一の国家である『碧玉自治連邦』は、その名の通り多くの自治区が集合した連邦制国家である。
自治区ごとに住んでいる種が違い、技術格差も大きく、トラックなどの商隊護衛も必要になる場面も珍しくない。
そのため、戦闘旅客といった職業が成り立つのだ。
旅客として仕事を受けるのならば、それなりの期間、家を空けることになる。
まあ、誠司と詩乃を残して家を空けるのは、初めてではない。そこは問題ないだろう。
そんなことを考えているうちに朝食を食べ終わったので、流しに食器を下げ、洗う。
さて。旅客として仕事を受ける用意をしなければ。
武具庫へ行き、装備を選ぶ。
数多くの装備がそろっている、自慢の武具庫だ。
仕事が確定しているならば、仕事内容や気分に合わせて装備を変えてもいいだろうが、今回は、どういう仕事を受けるかはまだ決めていない。
ということは、汎用装備でいいだろう。
まず、服は長距離行軍・戦闘両用の深い蒼色のロングコートを選ぶ。
その中に、ナイフを仕込む。小ぶりだが肉厚で頑丈なナイフだ。10本も持てば十分だろうか。
バックパックには、三日分程度の食料は詰めておこう。外側に金属製の小鍋やマグカップを取り付けるのも忘れてはいけない。どれも程よく使い込まれ、手になじむ品だ。
バックパックに、抜刀しやすい角度で長年の愛剣『蒼硬』を括り付ける。『蒼硬』は、切っ先諸刃造りの直刀で、常識外れの頑丈さがウリだ。
腰には、60㎝ほどの刀身の短めの直刀『重鉄』を佩く。幅広で頑丈、切れ味もそこそこ。激しい連続使用に耐えうるように設計した。ちなみに、うちの武具屋「蒼鉄工房」の製品の一つだ。
そして、投擲用武器として、『重鉄』の反対側に軍から特別にもらった1世代前のAPFSDSの弾頭を下げる。70㎝ほどあるため、2本が限界だ。バックパックにも3本ついている。
さて。準備は済んだ。
あとは、着替えや洗面用具などの基本セットをそろえて完了だ
諸々の準備をしていたら、昼時になってしまった。
「旅に出る?わかった。」
昼食の時、誠司たちに言ったら、すんなりと受け入れてくれた。
「とりあえず、生活費は置いておくよ。上手くやりくりしてね。なくなったら連絡を頂戴。」
100万印ほど置いていくことにする。
ちなみに、この星の物価は、大卒初任給が20万印程度と地球連邦日本地区とほぼ同じだ。
100万印あれば、無駄遣いしなければ、数か月は暮らせるだろう。
誠司たちが留守番をするのは、今回が初めてではない。金管理などは問題ないことがわかっている。
弟たちが帰宅した時用に誠司に言伝を頼み、家を出ることとする。
「じゃあ、行ってくるよ。家をよろしくね。」
「いってらっしゃい。」
誠司と詩乃に見送られて家を出る。
春のぽかぽか陽気の中、のんびり歩く。少し暑いくらいか。
家を出て15分。駅に着く。この村唯一の小さな無人駅だ。
券売機で乗車券を買い、携帯電話で小説を読みつつ電車を待っていると、隣町に向かうであろう人が、ちらほらと集まってくる。
観武村でそろわないものは、隣町の月町へ買いに行かなければいけない。
この路線は、観武村のライフラインなのだ。
俺の目的地は、月町のさらに先、『剣ヶ峰市』になる。
少し待つと、電車が到着する。1両のみの小さな電車だ。
乗り込めば、立っている人が数人いる程度の込み具合。
座るつもりもなかったので、荷物が他の邪魔にならないように端に立つ。
車窓を見れば、田園風景がゆるりと流れていく。
どんな旅になるだろうか。