フェイタル・ストライク
セイレーン編後半です。今年もよろしくです!
「そうだ、それでいい! 全力を見せてみろ!」
「アルトまってて、すぐに助けるから」
吹き荒れる爆風とともに迸る白銀の流星に吹き飛ばされながらも、クレストは愉快に高笑いを上げる。纏った魔力を払って姿を見せたスピカは或斗の傍らに降り立つと、苦しげな息遣いの彼に届くかわからぬが小さくもしっかりと声をかけた。そしてクレストと相対する。
「さあ思う存分楽しもうぜ!」
歓喜に震えて意気揚々としたクレストに対してスピカは口は開かず、無言のまま右手にティアラを携える。拘束から逃れた事を察知したセイレーンがまたしても触手をけしかけてきて、殺意をぎらつかせた鉄仮面と無限に再生していく触手に挟まれた状況であるが、スピカは平静を保っていた。
触手の群れが真っ先に襲いかかり、その先端部分を先程までの鋭い凶器から捕縛用の枷や細かなケーブルとなってスピカへ覆いかぶさる。しかしその場から一歩も動かずにスピカは剣を振るい、触手は瞬く間に輪切りとなって元に再生するでもなく朽ちたように砂となっていった。マギアによって自己再生プログラムが上書きされて無効にされたからだ。
対するクレストも自身に刃を向ける触手に対して、魔力で模った大蛇を作り出してその巨体で触手を引き付けた。魔力に反応するなら魔力で作られた使い魔は良い目眩ましであり、邪魔者がいなくなったクレストはスピカに向けて駆け出す。
「さぁ邪魔者はいなくなった! 残り4分、盛大にやろうぜ!」
「お前なんて、1分で片付ける」
真紅に染まった籠手と白銀の刃がぶつかり合う。表面に魔力を纏う鎧は魔力そのものであるティアラを弾き、指向性を持った魔力を放出することで腕を降れば剣に、手刀で突けば槍となる攻防一体でクレストの格闘技脳と相まって強力な武器となっていた。
蛇のようにしなやかに迫りながら一撃でも当たれば致命的といえる攻撃を、ティアラの刃でいなしながらまるで重さを感じさせない軽やかさで白い影が通り抜ける。
「やるな、だが避けているだけじゃあ――何ッ!?」
「次はこっちの番……!」
いつの間にか鉄仮面の鶏冠が断ち切られており、空中に舞い上がったスピカが刃を振り下ろす。その一撃を受け止めるように構えるクレストだが、魔力で出来た重さにない剣にも関わらず凄まじい質量に押しつぶされそうになる。スピカが得意としている重力魔法をマギアの効力で強化しているが、マギアの力はまだこんなものではない。
鍔迫り合いは一瞬で終わる。ティアラに秘められた膨大な魔力は渦巻いて一気に解き放たれ、暴風は周囲の触手ごとクレストを薙ぎ飛ばした。壁に叩きつけられたクレストへ間髪入れずにスピカが迫るが、密かに右手で手刀を作ったクレストがカウンターを狙う。
互いの刃が届かんとしたその時、スピカが急に減速して後方へ飛び退いた。カウンターに気付いたのではなく、二人の間に背丈ほどもある巨大な針が降り注いだからだ。ジリジリと稲妻を纏う針はスピカを狙って撃ち続けられて、だらりと座り込んで白けたクレストはスピカへ注意を促す。
「ったく、いいところだったのに邪魔しやがって……。そこまでマギアが欲しいか。おーい気を付けろよ、そのビリビリに触ったら流石のお前も動けなくなるぜ」
使い魔の大蛇はいまだに触手と格闘中でそれ以外の触手全てがスピカに向けられていた。撃ち出される針も拘束しようと伸びる触手もいずれもが稲妻を帯びており、触れただけで身体の自由を奪うほどに強烈のものだ。
踊るように触手の攻撃を全て回避し斬撃で斬り落としていくが、その数は減ることはない。むしろ周囲を鳥籠のように囲まれて多勢に無勢と言える状況だった。触手の間を抜けながらクレストはこの状態をどう打破するか楽しげに観戦する。
「鳥籠の中で踊るマギアの神子か、絵になるぜ。さーて1分過ぎたぞ、あいつの生命もあと3分ってとこだ。早くダンスを切り上げないとまずいじゃねえのか?」
「くっ、アルト……!」
解毒剤を奪うどころかクレストにさえ近づけない現状にスピカは歯噛みする。その時、かすかに或斗の指先が動いた。
「どうやら、ここが終点のようですね」
「この先に捕まっている人達が?」
吹き抜ける風を頼りに囚われている人々を探す繊華、エミリア、ミーナの3人は延々と赤い壁に沿って動いていた。道中流砂が渦巻いて底なし沼となっているエリアなど進むのが困難なことはあったが、幸いにも触手が襲いかかってくることはなかった。
繊華が足を止めた場所は壁に亀裂が入っていてちょうど一人分の隙間が出来ていた。風はこの先が目的地と指し示しており、奥に何が潜んでいるかわからないが進むしかないので、ランスを構えたエミリアが先陣をきって隙間を進んでいく。壁自体はあまり厚くないのですぐに狭い道を抜けて広い空間へと出た。
この場所もこれまでと同じくオレンジや赤褐色に染まっているが、これまでの道中では見かけなかったキノコ状のセンサーユニットがあちこちから伸びている。自在槍如き触手による防衛システムも健在で鉄壁の防御を誇っており、ここがそこまで厳重なのには理由がある。
ちょうど中央辺りに鎮座している巨大な柱は有機的でオレンジ色の表面と相まって肉塊にも見える。そこにぽちぽち斑点が付いているが、よく目を凝らしてみるとそれは取り込まれた人間でった。下半身や左右の半身が埋もれて動けなくなっており、皆一様に苦しげに表情を歪めて、死なない程度に魔力を吸い取られているのだ。
「あの中にスピカはいませんね……。ですが、エクシードの皆さんが囚えられているのなら無視する7わけにはいきませんね」
「うん、早く助けないと……!」
繊華はどこか安堵したような不安を強めたような相反する表情を見せるが、すぐに引っ込めて目前で捕まっている人の救出に意識を集中させる。スピカを見つけるのが一番の目的だが、ここにないならまだ捕まっていない可能性があるし、真っ先に飛び込んでいった或斗もいるから心配しても始まらない。
捕らえた人間から魔力を吸い取る機構は、フリーケンシーが以前に突入したアーテルが囚われていた“塔”と呼ばれた遺構に酷似していた。魔力源にされていた人達は既に手遅れで発見した或斗が介錯したが、今回は捕まってそれほど時間がかかっていないので大丈夫だろう。しかし、セイレーンによる最初の行方不明者が出たのは2週間前なので、早く助け出すのに越したことはない。
「でもこれだけ厳重だと、どうやって助けるの?」
「持ち込んだ武具があればなんとかなりましたが、あいにくとどこかに流されてしまいまして……」
高い破壊力を誇るエミリアのランスチャージならば柱を破壊できる力は十分にあったが、そこまで到達するまでに無限に再生していく触手の防御機構が立ちふさがる。ミーナと繊華の魔法は確かに強力だが2人だけでエミリアを突破させるには手数が足りない。
どうしようかと思案しているエミリアのすぐ隣にセンサーユニットが生えてきて目が合う。何か声を上げる間もなく次々と生えてきたセンサーが3人を取り囲むと防御機構も動き出した。
「うえっ、見つかった!?」
「ご、ごめんなさい~~~」
「泣き言は後で、構えてください!」
繊華から一喝されてミーナとエミリアが具現武装を構え直す。彼岸花が描かれた扇を構えると繊華は舞うように振るって暴風を巻き起こり、センサーを根こそぎ吹き飛ばし迫る触手を風の塊となって押し留める。切り裂いてもすぐに元通りになるのなら攻撃ではなく防御として風の壁を作り上げたが、触手の質量は予想以上に大きくて風だけでは抑えきれずにいた。
「じゃあこれはどう! “火爆”!」
掲げられたミーナの杖から火球が放たれて繊華が作り出した嵐の中に飲み込まれる。次の瞬間には風は爆炎となって辺り一面ごと触手を焼き払った。
「や、やった!」
「いえ、まだ来ます!」
爆炎が燃え移った触手は確かに再生が追いついてはいないが、まだ健在の触手が大量に控えている。それらが一気に襲いかかって2人の魔法だけでは防ぎきれず、迫り来る凶器をランスを振るって打ち払うエミリアだが、打ち漏らした触手が目前まで迫ってきた。
「“光壁”!」
間近まで迫っていた触手の動きが3人の周囲に突如として現れた光の壁によって抑え込まれた。悪しきものを拒絶する障壁を打ち破れずにいる触手の間を、大きな杭が通り抜けて地面へと突き刺さるとオレンジ色だった床がじわじわと青灰色に変わっていき、その範囲内にある触手も砂城のように崩れていった。
突然のことに驚きを隠せない3人の背後から何者かが近づいてきており、振り返ってみるとそこにあった見知った顔に安堵を漏らす。
「よかった! 3人とも無事だったみたいね」
「マヤちゃん! バリアのおかげで助かったよ」
「ハカセも一緒だったんですね」
「うん、お互い迷ってたところで合流できてね。さあ反撃といこう、ここの対抗策は既に出来ているのさ」
ハカセが腹部のストレージから取り出したのは先程投げ込んだ杭であった。この杭にはセイレーンの構造体を解析して得られた触手の術式を反転させたものが刻まれており、打ち込んだ効果範囲にある触手の命令を上書きして機能そのものを停止させる事ができた。
ゴーレムであるハカセは取り込まれずに済んだおかげでいち早くの解析が行えた。魔力を含む有機体のみしか取り込まないというセイレーンの特性を上手く利用してやったのだ。
「やった! これなら再生力を封じられね!」
「さて攻撃開始だよ。おっと、これは繊華嬢のものだろう?」
「あ、ハカセが拾ってくれたんです!」
差し出されたものは漆塗の弓で、彼岸花の装飾が施された鮮やかなデザインをしている。此花より受け取った魔除けのものであり、巫女装束な繊華とはよく似合う組み合わせだが、それは見てくれだけでないことを証明する。
弓を構えて弦を爪弾けば音色とともに風の矢が放たれた。一条の風はいくつにも枝分かれ触手の群れを次々と穿ち、もう一度弦を鳴らせば同じように風の鏃が降り注ぐ。
「よーし私も頑張っちゃうぞ! “氷牙”!」
上から風の刃が降り注ぐ中、地面からも氷の刃が突き出てきた。直接的な破壊力だけでなく砕けた氷柱から溢れた冷気が風にかき混ぜられて浴びた触手を瞬く間に氷漬けにしていく。暴風と冷気の同時攻撃に押されて、その隙をついて反転術式の杭が打ち込まれた。
「あともう少しで、ってあれは!?」
「向こうも本気モードみたいだ」
エクシード達が捕らえられている柱まであと少しといったところで、これまで独立して動いたいた触手が一つにまとまっていく。互いを絡ませて編み上げるように群体から、より巨大で重厚な個体へと姿を変えた。
まるで大蛇か龍を思わせる長い身体に違わず、これまで有効だった風や氷の刃も表皮を傷つけるだけで決定打にならず、反転術式の杭すらも変換された部分丸ごと破壊されてしまった。
全ての杭が破壊されてしまったら救出どころか攻撃すら危うく、それを理解してか触手もハカセ達が守る杭に向かって大きな口を開いて迫る。この状況を打破する一手はないかと自身の頭脳をフル回転させて、ハカセは無謀な一手を思いついた。
「……一つ考えがある。これにはエミリア嬢の力を借りる必要があるのだけど、かなり危険なんだ」
「……っ! やります、やらしてください!」
結界を張り魔法を放って少しでも進行を遅らせようとしている3人を後ろから見ているだけのエミリアは、自分の力が役に立つならと奮って志願した。彼女の心意気に感服したハカセは無言で頷いて地面に錬成陣を刻む。
エミリアの周りを囲むようにコの字に壁がせり上がり、唯一開かれた向きに触手の大蛇とその後ろに柱が見える。これはカタパルトであり、背部の壁が押し出す事で勢いよく弾き出す代物でこれを利用してランスチャージの破壊力を上げて突破しようとする些か乱暴な作戦だ。
「元々は或斗君が突撃する時用に作ったんだ。彼に合わせて作っているから結構危なっかしいし、身体にも負担がかかる。本当に大丈夫かい?」
「はい、いつでもいけますね!」
「それじゃあ私達は援護に回るわ!」
結界で出来た光のレールをマヤが作り出し繊華が周囲の空気を操作してエアクッションが包み込む。そして意を決するエミリアがカタパルトによって勢いよく打ち出された。
「いきますっ!!」
ランスを構えた突撃は凄まじい速さで突撃していき、立ちふさがる大蛇と正面からぶつかり合う。包む風が身を守り敷かれた結界に沿って動いているので、エミリアはただランスを前に向けることだけを考えていた。
激しいぶつかり合いを制したのはエミリアだ。巨大と言えど元々は触手の集合体でしかない大蛇は解けるように崩れていき元の姿へ戻る。勢いが大分削がれたが止まることなくエミリアは、速さと重さを加えた渾身の一撃を柱に叩き込んだ。
根本から音を立てて柱は崩れていき、魔力の供給源を絶たれた触手も力を失っていく。ハカセ達はすぐさま杭を打ちつつ崩れた場所に向かえば、ぶよぶよとした柱の一部に乗っかったまま放心状態なエミリアがへたり込んでいた。
「エミリア、大丈夫!?」
「え、あ、うん。ごめん、ちょっと腰抜けちゃった……」
苦笑いを浮かべるエミリアの傍に転がる破片の下から捕まっていたエクシード達が顔を出してきた。魔力を吸われて疲労を滲ませているが負傷等は見当たらず、動ける者はまだ埋もれている者の救出を手伝っている。
ハカセが杭を打ち終えたので辺り一帯はセイレーンの支配から切り離された安全地帯となった。まだ動ける触手もお返しとばかりにエクシードの攻撃を受けて崩れていき、空間を隔てていた赤褐色の壁も同じく砂の山になった。
「おい、壁の中にも人がいるぞ!」
「あれは行方不明の人達じゃないか!?」
崩れた砂山を手分けしながら掻き分けて埋もれていた人達を救出する。ハカセが診断したところ衰弱は激しいが怪我なく、人数や人となりからセイレーンで行方不明となっていた人達と一致した。
ミーナが駆け回ってエクシードの殆どもここにいることがわかった。しかし、レオンとナギサ、イズマとその取り巻き、そしてダンの姿が見当たらない。また、スピカと或斗もここにはいなかった。
「あと10人ってわけね。スピカちゃん達はたぶん上の方にいると思うけど、ダン君たちはどこにいるの――な、なにっ!?」
「地震!? でもなにか変な……」
突然周囲が揺れてまたセイレーンからの攻撃かと身構えたが、すぐに収まって何かが来る気配はない。むしろ術式の効果範囲外にいた触手が何故か砂となって崩壊し始めた。揺れをきっかけにセイレーンを構築するものが全て崩れていくことに疑問符を浮かべながら脱出しようとすす一同へ、肌で感じられるほどの強い魔力を察知した。
「今のは、レオン君の魔力よね!」
「何かあったみたい。あっちの方向だから、私ちょっといってきます!」
「危ないから気をつけて! 僕もいってくるから、繊華嬢は先導をお願い。この道を進めば地上に出られるよ」
「……わかりました、ブラズニールで合流しましょう!」
地上へ向かう一本道を錬成するとハカセは、崩壊し始めたセイレーンの奥へ向かうマヤとミーナの後を追っていった。残された繊華はまだ見つからないスピカを気にかけながら、エクシードを先導して地上へ。
「ローレルが囮に!? そんなの無謀だ!」
セイレーンの防御機構よりレーザー攻撃を受けて触手の残骸に隠れて機を窺っていたレオンは、無線機から聞こえてきたイズマの報告に耳を疑った。そして今すぐ助けに行こうと飛び出すも、寸前でナギサに止められた。
「なぜ止めるんだ!? 今すぐ助けに行かないと」
「ローレル君が囮になったのは、あなたに攻撃させるための隙を作るためよ。あのレーザーを破壊できるのはあなただけなんだから」
「くっ、早く行こう! 彼の盾が耐えうるうちに!」
光を放つ樹木へ向き直ると残骸を伝って監視の目を誤魔化しながら接近を試みる。レーザーを放ち続ける枝先はとある一点、ダンの方に集中していたのである程度まで近づくことは出来たが、そこから先は身を隠す残骸のない真っ平らな地平で、その中央にレーザーを放つ大木と守護の触手がひしめき合っていた。
まず囚われているオリバーを救出するためにも、ダンが受け止めているレーザーをいち早く止める必要がある。レオンが枝を切り落とし、その隙にチームで最も速いナギサが接近して救出に移る。無線機に呼びかければ、イズマ達も陽動と救出を買って出てくれた。
「これからは俺達の反撃だ! “光爆”!!」
残骸の上に立ち聖剣を天高く掲げると魔力を解き放つ。鍔に填め込まれた2つの宝玉が光を発して魔力を増幅させ、刃渡りの十数倍にもなる黄金色の刃が周囲を照らす。その膨大な魔力に気づかぬはずもいなく、防衛機構が鋭い凶器やレーザーを差し向けるも、巨大な聖剣はひび割れて砕け散った。破片一つ一つが光の軌跡となって触手は打ち抜き伸びた枝を次々と切り落としていく。
これまで散々受けていた絨毯爆撃をそっくりそのまま返して、混乱する中をナギサ達が通り抜けて津k舞っている仲間を探す。ダンに向けられていたレーザーも止まり、救出の完了とともにトドメの一撃を放つべくレオンは身構えていた。
「うぅ……止まった、のか?」
窪地の中で盾を上に向けて屈んでいたダンがそろりと立ち上がる。四方八方から降り注いだレーザーをどうやって凌いだのか自身でもわからなかったが、なんとか生き延びりことはできた。
しかしまだ安堵はできない。触手は健在で何より先程のイズマの所業に対して警戒を解けず、彼らがどこにいるかと周囲を見渡せと、ダンの眼に先程まで数倍にも膨れ上がった大木の姿が映った。
「なんことだ、あんなのまで……!」
その変容を目の当たりにしたレオンは呻くように声を漏らした。攻撃を受けて枝を断ち切られ触手群も崩れていく中、根本から周囲の残骸を巻き込ん一帯を飲み込んでいった。そして歪に膨れ上がった樹木は、濃紺の繊維が張り巡らされた醜悪な外観に変貌していた。
膨れが上がる過程で全てを取り込んだが、その中には巻き込まれたナギサ達も含まれていた。仲間達を救出しようと聖剣を振り上げたレオンの前に、薄く広がった盾が突き出された。
「なっ!? 人質だと、卑怯な!」
「私に構わず、攻撃して!」
「だけど!」
盾に表面にはナギサ達5人が埋め込まれており、四肢を固められていては抵抗どころか身動きするとれない。仲間を盾にされてしまっては手も足も出せず、その間にまたしても漏斗状の器官が作られて魔力に充填が始まる。反撃できないレオンを狙い撃つにし、取り込んだ5人の魔力を攻撃に転用する悪辣な一撃だ。
ナギサから攻撃を促されるも、そんな事は出来るはずもなく、明確な打開策も浮かばないまま光の奔流が放たれる。せめて相殺させようと剣を構えるも、彼と光線の間に割って入る影があった。
「ローレル、いつの間に!?」
「皆を助ける力はないかもしれないけど、守るぐらいは!」
割って入ったダンはその小さなラウンドシールドでレーザーを受け止めていた。本来なら受けきれないものだが、盾の縁から漏れる魔力が薄い膜として広がってその身を覆うひし形の大盾となる。これが四方八方からの攻撃を防ぎきった、ダンが土壇場で目覚めた新たな能力だ。
一点に集中された魔力光に膜が薄らいで盾自体にもヒビが入りながらも、ダンは怯むことなく盾を構え続けた。ついに撃ち出されていた魔力が尽きて奔流が収まり、守りきったダンは膝から崩れ落ちて盾も砕けて、限界まで力を振り絞った彼は魔力が切れて卒倒してしまった。
致命的な一撃を止められた事を予測していなかったか次の一射を放つべく、またしてもナギサ達から魔力を吸い取り始まるも、一気に跳躍したレオンが漏斗の中に飛び込んで聖剣を突き立てた。ダンがくれたチャンスを無駄にせぬよう、皆の救出するために全身全霊をかけて決死の一撃を放つ。
「仲間を返してもらうぞ! “聖覇一迅”!!」
突き立てられた聖剣より膨大な魔力が溢れ出し、充填されていた魔力を巻き込んで逆流していく。その魔力量は許容量を大きく超えており、膨れが上がった体積の一部が内部から崩壊し始める。いち早く過剰な魔力を解き放とうと発射口を開くも、そこには聖剣が刺さっており魔力同士のせめぎ合いが引き起こされて自己崩壊を早める結果となる。
「まだだ、まだまだぁ!!」
聖剣が熱を帯びて2つの宝玉もこれまで見せた事が無いほどに光り輝くも、レオンはまだまだ注ぎ込む事を止めなかった。邪魔な彼を聖剣ごと消し飛ばそうと更に魔力が集束されていくが、それが長く続くはずもなかった。許容範囲を既に超えていた繊維組織が膨大な魔力のぶつかり合いに耐えられるはずもない。
各部から光を漏らして崩壊しながら、レオンや囚われた者達をも巻き込んで周囲一帯ごと吹き飛んでいった。
「ちくしょう、どうなってやがる……」
鉛のように重たくなった身体を無理やり起こすも、かき回された頭の中がひどい痛みを発する。額から背中まで脂汗が滲んでいるとうのに指先は悴むほどに冷え切っていた。
猛毒に侵されながらようやく上半身を起こした或斗はぼやける視界の中で前を見る。そこには鳥籠の如く周囲を覆う触手の中で、迫る凶器を踊るように避け続ける白い影がはっきりと見えた。
「スピカ……。おい、ジェフティ出てこい」
「……こんな状態でも呼びつけるとは、つくづく人使いの荒い男だ」
頭の中から響くような声で悪態をつきながらジェフティが影の中から出てくる。しかし、そこには枯れ木のような痩せ細った黒い腕が1本出てきただけで、いつものように燃え盛る魔人の姿はどこにもなかった。
今度はこちらが悪態をつこうにも、その体力もなかった。身体がまともに機能していない現状では、イド魔法も多大な影響も受けるだろう。むしろ腕1本出てきただけでも僥倖と言えた。
「貴様は虫の息、我は腕一つ出すだけで限界。そんな我々に何ができよう」
「あ、スピカのピンチを見逃せっていうのか! それに諦めを拒絶しろっつったのはテメエの方だろうが!」
「クハハ、それでこそ我が共犯者だ。己の諦観なぞ怒りで塗り潰してしまえ!」
恐怖心や諦めはいつもぶん殴ることで黙れせてきた、それが或斗の哲学だ。傍らに転がる長銃ブレイズに手を伸ばすが、構えるどころか持ち上げるのすらままならない。その度に浮き上がってくる諦観の言葉と痛みを怒りで吹き飛ばす。
意識が飛ばないように空元気だろうと激情を原動力に銃を構える。立膝の上に左手を重ねて銃を置いて、震えを抑えるべくジェフティの腕が重心を掴んでいる。時が増すごとに息が荒くなって視界が歪み震えも大きくなる。全く狙い撃つには最悪のコンディションであるが、或斗の心は折れていない。
ただクレストをぶっ飛ばしてスピカを助ける、その一念に集約されいる。一瞬震えが止まり照準器とクレストの姿が重なって迷わず引き金を引いた。
まさに全身全霊といえる一射はクレストの眼前を掠めていき、スピカを囲っていた鳥籠の一部を焼き尽くした。反動で為す術なく後ろへ倒れ込むが、或斗は勝利を確信して叫んだ。
「スピカやっちまえ!!」
「ありがとう、アルト」
或斗が開いた穴からスピカが飛び出してきた。既に虫の息のはずだった或斗からの攻撃に驚きを隠せずいたクレストも、構えを取ってスピカを迎撃する。しかし剣を振るうのではなく、渾身の力で投げつけてきたのだ。まさかの一撃を手刀で弾き飛ばしながら、武器をみすみす手放したことを愚かとクレストは嘲笑うも、スピカの手には投げたはずのティアラが握られていた。
弾いたはずの魔力剣も頭上に浮かんでいて、そこから同じ形の魔力剣が6本に分裂して取り囲む。指揮棒のようにティアラを振るうと、空中の剣から色とりどりの魔法が放たれた。
ひとつの剣がそれぞれ属性を宿しており、炎が吹き出し風が吹き荒れて水が降り注ぎ雷が鳴り響く。全属性による一斉同時攻撃という荒業を目の当たりにしてクレストは感嘆する。
「これがマギアの神子の本気ってわけか! 良いぞ、最高だ!!」
「……『レグルス・グランツ』」
七色の虹が全方位から浴びてクレストは吹き飛ばされて、そこを突いて籠手に填めれていた解毒剤を奪い取った。すぐさま背を向けると真っ先に或斗の元へ駆け出し、鎧がボロボロとなって動けずにいるクレストは自身へとどめを刺すよりも或斗を優先した事に愚痴を漏らす。
「おいおい、敵に背を向けるなんてよ……。ま、今の俺は敵じゃないわけかぁ、イテテテ……」
「アルト、解毒剤だよ!」
「……」
解毒剤を抱えたスピカは或斗の傍らに座り込むと早く飲ませようとするも、身体の震えが止まらず意識が朦朧としている状態では上手く飲み込むことが出来ずにいた。既に毒を打たれてから4分近く経っておりタイムリミットが迫っているので、スピカは水薬を口に含めと顔を近づけた。
青ざめた唇に自身の唇を触れさせて口移しで薬を流し込むと、或斗は喉を鳴らして薬を飲み込んだ。口を離してしばらく顔色を見ていたら次第に赤みが戻ってきて呼吸も正常のリズムを刻んで、タイムリミットの5分を過ぎても或斗の容態に大きな変化はなく浅い呼吸が続く。
「よかった……」
「おうおう、お熱いね。愛情の為せるものかね」
「……薬が本物だったことには感謝するよ。まだやるの?」
ボロボロの姿で立ち上がるクレストから、或斗を庇うように座るスピカの手にはティアラが握られている。周囲一帯を見渡せば触手は動きを止めて砂に戻っていっており、満身創痍の状態もあってクレストは潮時だと判断した。
「いや、どうもここまでみたいだな。今日は楽しかったぜ! それじゃあアデュー」
まるで気安い友人のような態度でクレストは別れの言葉を投げかけると、鎧の隙間から蒸気が噴き出してその姿をかき消した。見えなくなってもスピカはしばらく警戒を解かず、残っていた蒸気が完全に散ったところでようやくティアラをしまった。
ここまで一点に集中していたので周りの変化に今まで気づけなかった。触手を始めセイレーンを構築するものが砂に変じてそれらが大河のように流れて、2人は小島に取り残される形となっている。
「これはクレーター? 一体何が起こったんだ」
「レオンくーん! いるなら返事してー!」
強い魔力を感じ取れた場所へ急行したハカセ達の目に映ったのは、巨大な爆弾でも落ちたのかと思われるクレーターであった。未だに空気中に漂う魔力の残滓からここで膨大な魔力が解き放たれたことを指し示している。
爆心地と思わしき窪地の中心には黄金色の光を湛えた聖剣が墓標の如く地面に突き刺さり、そのすぐ近くで横たわる人影がいた。
「レオン君、大丈夫!?」
「マヤ、俺はいいから、他の皆を……」
両腕の肘から先が焼け焦げたように酷い熱傷を追っているが、レオンは自分よりも仲間達を優先するように折り重なっている残骸を指差した。そこには残骸に挟まれて身動きが取れずにいるイズマ達がおり、特にナギサは腹部に鋭く尖った建材が突き刺さって血が止めどなく流れている。
「ナギサちゃん!?」
「酷い出血だ、まずは止血しないと。マヤ嬢は回復魔法をかけ続けて」
「は、はいっ!」
のしかかる残骸を真っ先に取り払うとハカセとマヤが重傷であるナギサの応急処置を進め、その間にミーナは埋もれていたイズマ達を救出した。運良く彼らは命に関わる大きな傷は負っておらず、しかし全身についた擦り傷や打ち身に顔をしかめている。
「あとはダン君だけだけど、彼のこと見てない?」
「ローレルなら俺の盾になって……。まだ近くに倒れているはずだ」
「わかった、ちょっとレオン君の看病任せたわよ」
イズマに救急キットを押し付けるとダンを探しに残骸が折り重なる中へミーナが潜る。大量の残骸が折り重なっているので、押しつぶされていないかと心配になるが、それは杞憂でちょうど人が入れそうな隙間に大の字で横たわるダンがいた。
そこまで降りて容態を確認するもどこか安らかに寝息を立てており、その気楽な寝顔には思わず脱力してしまった。
「まったく心配かけちゃってさ、だからエミリアがほっとけないわけね」
眠りこけるダンを肩に担ぐとミーナは頼りない足取りで外に向かう。一方ハカセもナギサの止血と傷口の縫合を終えて、搬送用に担架を作っていた。ステラから借り受けた使い魔を錬金術と合わせて担架を自動的に動かせるように調整し、ナギサを慎重に乗せる。
本格的な治療は船に戻ってからと考えていたハカセの頭上に何かが落ちてくるのを感じた。それはクレーターから少し離れた残骸、先程までダンとミーナがいた場所に落着して、その破壊音に思わず全員が目を向ける。
「次から次へとおかしなことが起こるな、ここは」
「おっと、お騒がせしたな。ちょいと忘れ物を取りに来たださ」
もうもうと立ち込む砂埃の影から、ボロボロになった赤い鎧を纏う鉄仮面が現れた。ひょうひょうとした言動でその手には黒い球体が握られていて、ハカセはそれから禍々しいものを瞬時に感じ取った。
「その球、よく見せて欲しいな。どうも良からぬモノようだからね」
「ひと目で見破るとは、流石はご高名なフォークト博士だ。だけど、こっちにもやることが多いんでね、それじゃあアデュー」
鉄仮面は全身から蒸気を漏らすとその場から忽然と姿を消した。突如として現れて突如として去っていた謎の存在に対して疑問は尽きないが、今はそれを考えている余裕はない。崩壊するセイレーンより重傷者を連れて離れるのが先決である。
視界が白く染まってその眩さに或斗は徐々に目を開いていく。柔らかなものが頭の下に敷かれて目の前には見知った顔があった。
「あ。アルト、気がついた?」
「……スピカ、ありがとよ、最高の目覚めってやつだ」
自身の膝に或斗の頭を乗せて手にしたハンカチで汗を拭ってくれていた。スピカの気遣いに感謝しつつ身を起こす。まだ気怠さが残っていて膝枕の心地よさは名残惜しいが、これ以上は煩わせるわけにはいかない。
今一度身体の具合を確かめれば、震えも動悸も無くなって毒の効能は消え去ったようだ。解毒剤を手に入れる為に全力を尽くしてくれたスピカへ改めて礼を述べる。
「ホントにありがとう、スピカのおかげで無事に生き延びれたよ」
「うん、わたしもアルトを助けられてよかった。さぁ早くいこう?」
「……そうだな。なんかヤバめな感じだしな」
或斗が倒れる前の状況と今の状況がまるで違っていた。張り巡らされていたケーブルや触手は砂のように崩れ去り、床のいたるところに亀裂が走って流砂が大河の如く流れ込んでいる。周囲の構造体も脆くなってここら一帯が崩壊するのも時間の問題だ。
少し高台になっているからか現在地点は流砂が避けていて小島のようになっている。縁から流砂の先に目を向ければ、大きく口を開けた亀裂とその先に続く底なしの暗闇が見えた。
「ここから落ちちまったら、たぶん助かんねえな……」
「大丈夫、空を飛べば簡単に……あ、あれ?」
立ち上がったスピカが魔法陣を構築して飛行魔法を発動させるも、途中で魔法陣が霧散して力が抜けたようにぺたりと座り込んでしまった。それに驚いたのは当の本人でいくら力を込めても魔法陣は出てこない。
これまでの激闘でマギアを含めて魔力を多く消耗したことで、魔力制御を司る首輪が放出を抑えたので一時的に魔法が使えなくなっているのだ。魔力の消費が肉体の負荷として現れるスピカにとっては足りなくなった魔力を補充することが最優先であるのだが、使いたい時に使えないのは非常にもどかしい。
途方に暮れるスピカが抱きかかえられる。軽々と持ち上がって腕の中で少し困惑した表情を浮かべる彼女へ或斗はいつも通りに不敵な笑みを見せた。
「なーにスピカはこれまで頑張ったわけだし休んでってオッケーよ。それに助けられっぱなしじゃあ面目が立たねえ、そうだろジェフティ!」
「フハハハ、殊勝な心がけだな、それでこそだ我が共犯者! 最後は盛大にエスコートしようではないか!」
「うんうん、ふたりともいつも通りに戻ってるね」
影から現れたジェフティは先程の痩せ細った姿など嘘のように業火を吹き出している。彼らのいつもの調子に安心してスピカは体重を預けて、それを合図に或斗の足元に黒焔が集中していく。重心を少し落としてじめを強く蹴るのと同時に黒焔が爆発的に燃え上がった。
脚力と爆発力でぐんぐんと加速しながら空を切っていく。足先から持続的に吹き出す黒焔を推進力にぽっかりと開く亀裂を通り過ぎ、ついさっきまで遠くに見えていた赤い壁が間近まで迫っていた。
「このまま突っ切るぜ、しっかり掴まってな!」
「うん、これこそアルト流だね!」
崩壊し始めて脆くなった壁など或斗にとっては障害物にはなりえず、突き出された右足が容易く打ち砕いてそれを示した。赤い塊が飛び散って2人の視界いっぱいに青色が広がる。
「これで全員収容できた!?」
「まだスピカと灰村君が戻っていません! もう少しだけ待てませんか!」
「だけど、これ以上はセイレーンの崩壊に巻き込まれちゃうよ」
ブラズニールの甲板上で繊華はまだ戻らぬ2人を待っていた。ハカセ達は戻ってすぐに重傷者を抱えて医務室へ直行したが、その中にスピカと或斗の姿はなかった。
同じく甲板上でハカセに代わって指揮を執るモニカは沈みかかるセイレーンから離脱と判断するが、繊華が真っ先に反対する。モニカも2人を見捨てる事など当然良しとはしていないが、他のクルーまでも危険に晒すわけにはいかなから苦渋の選択となった。あの2人ならどうにかなるんじゃないかと淡い希望を持って。
それはすぐに叶えられた。崩壊するセイレーンの上層の一部がまるで内側から強い力で押し破られた家のように弾けて、残骸がバラバラと降り注ぐ。その中に紛れて黒い塊が揺らめきながらブラズニール目掛けて降りてくる。
「あ、あれは……!?」
「或斗くんにスピカちゃん!」
足から黒焔を吐き出して落下速度を調整しながら、スピカを抱きかかえた或斗が地下から強く甲板へ降り立った。2人の帰還に甲板にいた誰もが快哉を叫んで、着地の衝撃で船体が多く揺れてそれを合図に崩れ去るセイレーンから離脱していく。
スピカを優しく下ろすと或斗はそのまま後方へ倒れ込んでしまった。格好良く着地したものの衝撃が足s会から脳天に駆け上がって痺れてしまっている。
心配そうに振り返ろうとしたスピカへ繊華が抱きついた。全身を使って安堵と喜びを示す彼女にスピカも強く抱き返した。
「良かった、本当に無事で……」
「心配かけちゃってごめん。……センカ、ただいま」
「お帰り、スピカ!」
麗しき友情が育まれる中、最後の最後で締まらなかった或斗はそのまま大の字で寝転がっていた。不貞腐れているわけではないが、毒から回復して間もなくこれだけ激しく動いたのは結構無茶だったようで、身体が鉛のように重くなっている。
そんな或斗に対していつもと変わらない人懐っこい笑顔を浮かべたモニカが、どこか嬉しげに丸めた冊子を口元へ突きつけた。
「さあさあヒーローインタビューの時間だよ! そんなへばってると格好つかないわよー」
「べつに格好つかなくても、終わりよければ全て良しってのがオレらしいわけよ。でもな」
「でも?」
頭だけを動かして海を見れば水面が白い泡を出してセイレーンの天頂が沈むところだった。すぐに海中へ没すれば深い水底へ落ちていくのだろう。セイレーンでの目的である行方不明者の発見と保護に成功、結果的とはいえセイレーンそのもの沈められたので万々歳であった。しかし或斗にはどうしても言いたいづまんがあった。それは―
「もっと活躍したかったぁぁっ!!!」
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