幸せ
私はいつまにか水色のもこもこになってしまったので贄の山羊ではなくなった。
生活は変わらずマリコからマリコの家族のものになった雑貨屋で働いている。
マリコの葬儀で貰った花がある日枯れてなくなった時、さみしい気がしたので、それ以来窓辺にはいつも花を飾っている。
それ以外贅沢をしない私はそれで十分暮らしていける。
今は薄紅色のクレマチスが飾られている。
花を買うようになって気付いたことにこの町は花作りが主な産業なのだった。他の場所よりうんとはやく花が咲く。暖かなこの町に適した仕事なのだろう。
ビニールのハウスの中では色んな花が育てられているようだ。
由貴彦は自分の部屋に戻って来た。
仕事はこの家でも出来るそうだ。
彼は好きな人、いやもこもこ、つまり私と、一緒にいるからといってはしゃぐような質ではなかったのでまるで二人で暮らしていたころに時間が戻ったかのようだった。
けれど夜は時々一緒に眠ったし、私は夢を見るようになった。
片割れの夢をよく見る。
野山に放たれてそのまま星空をゆっくり歩いていく白い山羊の夢だ。
夜の静かな空はなぜかどこへも繋がってるように思えていつかあの片割れがこの町へ私に会いに来る日も…と夢想してしまう。
もこもこになった私を片割れは笑うだろうか。
どうか片割れもどんな風にか穏やかにそして幸せに暮らしていてくれたらと願うばかりだ。
そんなことを願っている私がたぶん幸せなのだと思う。
もう暖かくなりはじめているのにもこものを着続けている私を見てエリナは「そんなに気に入ったなら来年は別の色のを送るよ」と言ってくれたので、片割れと出逢うころには何色のもこもこかわからない。
エリナは子供を授かって次第にお腹が大きくなっていく。
伴って具合が悪いようで私は雑貨屋の仕事はほぼ一人でこなしていた。
たまにお店に来ても見るからに重そうなお腹に「重たいなぁ!」と怒り出す始末で、仕事にならない。
エリナは産まれた町で出産をするつもりらしく「その時はぜひ遊びに来てね!温泉もあるし鰻の美味しいところなの」と言った。
私はこの町を出ることを考えたことすらなかったが、出られないということもないだろうし、行けるものならその名も知らない町へも行ってみようと思っている。
エリナはこの頃一番親しくしている友人なのだ。
今までのどの友人たちより威勢が良い。
きっと元気の良い子供が産まれるだろう。
「まるで自分一人で行くみたいな口ぶりだね」
「一緒に行きたいの?」
「一緒に行かないの?」
「じゃあ一緒に行きましょうか?」
「にえってそういうところあるよね…」
路肩に春の花が咲き始めた頃私はニットを脱いだ。




