花束
マリコの葬儀に参加するために雪彦が戻ってきた。
「おかえりなさい」と声をかけると雪彦は少し驚いたような顔をした。ただいまと返事をしてから、「帰ってくるつもりはなかったんだけどなぁ」と呟いた。
雪彦はずいぶんと大人になっていた。そして私の分の喪服を用意してくれていた。
「この家に喪服があった気がしないもの」
「そうなの。無いの。それに葬儀に出るのははじめてだわ」
「そうなんだ」
雪彦の用意した喪服はちょうど良いサイズだった。
「だってにえさんは太ったり痩せたりしないじゃないか」と言って背中のファスナーを上げてくれた。
準備が済むと二人連れだって葬儀に出た。
真っ黒の装いは自分が黒山羊だったことを思い出させた。
私は黒く、片割れは白かった。
マリコとはもう話せないが、眠るマリコの身体からもあの優しい家族からも穏やかな空気が放たれていた。
あの病室と変わらない空気だった。
棺桶に花を入れると甘い香りがした。
「にえさんのお陰かな」
「私の?」
「にえさんには人を穏やかにする力がある」
「まさか。ないわ。そういう力があるのは私じゃない方」
「私じゃない方?」
「そう人の罪や苦しみをかわりに背負うのよ。そういう山羊なの」
「にえさんはそうではないの?」
「違うわ」
「ふぅん」
「それ」
「ん?」
「ふぅんっていうの、変わらないわね」
私はただの贄でそんな力はないので、この晴れやかな葬儀は、家族の心のあり方がそのまま空気に溶け出しているのだろう。
葬儀の終わりエリナが私にもこもこのニットをくれた。それと棺に入りきらなかった花束もくれた。
あの後通販で頼んでいたのだそうだ。
「こんな時に渡すのもあれなんだけど、寒い間に着て欲しいから。花もね縁起が悪いかもしれないけど花はなぁんにも悪くないし、綺麗でしょ?にえさんは気にしないと思って!」
とニットと花束を渡し足早に葬儀の片付けに戻っていった。
私はもこもこを喪服の上から着た。プレゼントされたもこもこは水色のもこもこだった。
「水色の羊ね」
「山羊じゃなくて羊になったの?」
「そうよ」
「じゃあ僕も羊雪彦に改名だな」
「嘘ばっかりね」
「そうなんだよ嘘ばっかりなんだよ」
「にえさん、僕本当はヨツヤって言うんだよ。四ツ谷由貴彦」
私は黙っていた。言葉はたくさん覚えたが、たくさん使えるわけじゃない。
「ユキの字は思ってたのと違った」
家につくと二人は喪服を脱いでお茶を飲んだ。
海辺の町は風にあたるととても冷える。
もこもこは着たまま「どんな字を書くの?」と聞くと理由の由に貴族の貴と教えてくれた。
それからふと「雪は見られた?」と聞くと由貴彦は「見に行ったよ山の方へ」と言った。
私は病室でみた雪を思い出していた。それから幼かったユキヒコを。
貰った花を花瓶に生けた。
その花に葬儀の空気は何もなかった。エリナの言うとうり花はただの花なのだ。
水に手を入れたのでまた手が冷たくなってしまったが花瓶を窓辺に置くと私はとても満足した。
茶碗を持って温まった由貴彦の手が私の冷たい手を取って、
「にえさんは興味がないかもしれないけど、僕は僕が何者なのかずっと知りたかった。だから町を出た」
「わかったの」
「わかったけど、わからなかった」
聞かれたらどうすればいいのだろう?と思っていたことを聞かれてしまった。
「にえさんは何者なの?どうして年をとらないの?」
今まで誰も私に聞かなかった。一人だけ年をとらないのに。私が何者なのか私も確かなことはわからないのに。
「けどそれより知りたいことがあって、僕はにえさんが好きなんだけどどう思う?」
由貴彦の手から伝わる熱が、マリコやマリコの母や息子や家族が寄せてくれる好意とは違うのだと教えていた。
私は途方にくれてただ正直に答えた。
「嬉しいと思う」
「なら良かった」
由貴彦はそっと私を抱きしめた。
力は弱く、本当にそっと触れるように。
そして顔を見ると、幼くもない逞しい時期も過ぎた由貴彦の瞳は、ずっと変わらず私をうつしていた。
うつる私は水色のもこもこに包まれていて「私は贄の山羊です」と言うにはどうしても説得力に欠けるように思えた。
「私は山羊で贄だったと思うのだけどもう自信がない」
と正直に打ち明けると
「だろうね。だって水色でもこもこだ」
と由貴彦が笑った。




