大丈夫
雪こそ降らない町にも冬はくる。
冬は老人の多いこの町にとって厳しい季節だ。
次第に老いて身体の小さくなったマリコは足が痛むとしきりにふくらはぎの辺りをさすっていた。
私は変わらず雑貨屋で働き、雪彦がいつか働いていた本屋はいつの間にか店がなくなった。
店にクリスマスの商品が細々と入る頃、
マリコが入院した。
私ははじめてこの町の病院へ向かった。
病院へはバスで行く。病院前と名前ついたバス停まで乗ればいい。
小さな町なので受付でマリコの名前を伝えるとすぐに病室を教えてくれた。
病室の数もさほど多くはないが老人が多いので病院は混み合っていた。
「マリコ」
「あらやだにえさんわざわざ来てくれたの?ありがとう」
「体調はどう?」
「良いわ」
「よかった」
「もう年なのよ仕方がないの」
小さなマリコの身体を暖かそうなもこもこのニットが包んでいた。
「あたたかそうなニットね」
「これ?孫がくれたのよ。孫の嫁ね」
「そう」
あたたかそうなニットはマリコの身体をもこもこと膨らませて幸せな感じにしていた。
会ったことのないマリコの孫はとても良い贈り物をしたと思えた。
「ねぇにえさん私もそろそろだから、息子、もう孫の方が良いかしらね?に紹介しておかないと」
いつからかもわからないが彼女は彼女たちはなぜかとても私に親切だ。
親切しておかないと、なんて、そんな風にマリコが私のことを考えてるとはじめて知った。
「ちょうど今日家族も来るのよ、だからにえさんそれまでここでゆっくりしていて頂戴」とマリコは細い指でそっと椅子を指し、私達はゆったりとTVを眺めた。
歌手が入れ替わり立ち代り歌を歌っているものや、動物がたくさん出てくるものを見た。
日が暮れる少し前にマリコの家族がやってきた。
幼い頃を見たことのあるマリコの息子やその妻、そしてその息子とその妻。
ニットをくれたのは若い妻だろう。
随分と育ちそしてやはり老いた息子が声をかけてきた。
「やぁにえさんお久しぶりです」
「お久しぶりです」
「この方は?」
「母さんのやってる雑貨屋で働いてくれてる山羊さんだよ」
「どうも」
「まぁ母がお世話になっております」
「こちらこそお世話になっております山羊にえです」
息子の妻ももこもこのニットを着ていた。
「その、ニットはお嫁さんが?」
「ええそうです。恥ずかしいかしら?色が明るくて!」
「いいえ、とても良いです。もこもこしていて幸せそうに見えるわ」
そう言ってマリコを見ると、もこもこしたマリコが穏やかに微笑んでいた。
「にえさんこれは私の息子です。きっとお見せするのははじめてだ」
「ええそうです」
「倅のユウキです それから」
「あ、ユウキさんの妻のエリナです!」
若い妻はつるんとした頬をほころばせて笑った。
エリナもまたもこもこのニットを着ている。明るく薄いピンク色のニットだ。
この場所にはもこもこした人間ばかりいると思うと何だかおかしくなつまてしまった。
私は山羊だが、彼女達はまるで羊の家族だ。
「あらめずらしいにえさんが笑うなんて」とマリコが目を丸くした。
「あなたたちまるで羊の家族ね」と私が素直に言うと、エリナが「あはは!でももこもこしてて可愛いでしょ?とっても暖かいし!私が通販で買ってるの。今度山羊さんにも差し上げますよ!」と言った。
「それはとても嬉しいわ ぜひ」
「色は何色にします?」と、
にわかに賑やかになった病院の窓の外にチラッと雪が見えた。
めずらしいと思うとすぐに雪はまどに落ち水滴になってしまった。
雪とは言えないほどの淡い雪だった。
病室は暖かくマリコの家族はみな穏やかで私は大丈夫だと感じた。
マリコは大丈夫だし、この羊の家族は大丈夫。
「あなたたちこれからはにえさんをよろしくね」
とマリコが言うと家族たちは口々に優しい言葉を返した。
「マリコ私は大丈夫なのよ。あなたも大丈夫だわ」
「いいえ私は大丈夫だけど、にえさんは心配よ。私ねはじめてにえさんに会った時にえさんのこと嫌いだったわ。母さんを取られると思ったの。なぜだか母さんはにえさんをとても大事にしていた」
「あなたたちはなぜか私に優しいわ」
「そう。なぜだか。大事なのよ。でもそのうち本当に心配になるのよにえさんったら何でも出来るのに何にもしないんだもの。だからおせっかいに親切がしたくなるのよ。」
「ありがとうマリコ」
私は感謝を伝えると病室を出た。
空を見上げる。
ほんの少し雨が降っていて、雪はもう見えなかった。
空は低く雲ももこもことしていた。
この世界はあたたかなものに包まれている。




