予行練習
謝らなきゃーー。
けれどその言葉が出てこなくて、結局いつものように縁はうちに上がり込んでママと雑談していた。
その内容が料理の話題になってて……一体縁は何処に行くんだろう? スーパー主夫にでもなるつもりなのかなぁ……じゃなくて。
謝らなきゃ。
「あの。縁? 話があるんだけど」
「今大切な話をしてるのよ後になさい。レンちゃん」
大切な話って……雑談じゃないか。お煎餅かじりながら鯖の煮付けの『こつ』って。今話さなきゃいけない大切な事かなぁ?
て言うかママが縁を気に入ってるからじゃないのかなって思うんだ。昔から『旦那様に欲しい』って言ってたし。パパの目の前で……。子供に負けて落ち込んだパパが可愛そうだったな。その後で『お前だけだ』と泣きつかれたのは面倒だったけど。
親子ゲンカを縁の前ですることもできなくてうぐぅと呻いていると縁が、ママを断って来てくれた。
「あら、やっぱりおばさんは負けるのね?」
なんて少し本気で思ってそうなママは仕方ない。と言うようにお煎餅を持ってパパの書斎へ引っ込んでいった。いや、そこまでしなくてもと思ったけど気を使ってくれたらしい。ママだって私が落ち込んでるのは知ってたし、縁が来ない言葉不審に思ってたんだ。きっと。聞きはしなかったけどね。
少しの沈黙。なんか気まずかったけど、先に口を開いたのは縁の方だった。
目線をそらして照れ隠しのようにポリポリと頬を掻いている。
「えっと……悪かったよ」
「え?」
それは、こっちの台詞なんだけど。なぜそんなことを言われるのか分からなくて微かに小首を傾げて見せる。
それをちらりと見たあとでバツが悪そうに縁は視線を地面に落とした。
「いや、だから。そんな態度取るべきじゃなかったと……」
「怒ってないの? ……私はてっきりーー。で、でもっ早合点してごめん。これからはきちんとするから」
言うと縁は少し眉をひそめて私を疑わしい目線を向けてみせる。え。何か言ったっけ。
今度はきちんと話を聞いて調べる。ってことなんだけど。だって間違うと大変だし。
相手が男の子だったら変に聞くと縁の名誉にかかるから。
ため息一つ。何だか不穏な空気を出したまま大きな手が私の頬を軽くつねった。
……。
やっぱり怒ってんじゃん!! バカッ!
「ーーきちんと。なぁ、レン。聞きたいんだけど……今度は何考えてんだ? おまえ」
パチン。弾くように手を離すと整った顔がのぞき込んだ。うっ。迫力が違うよね。美人は。でも、負けない。
「ち、力になろうとしてるだけだもん。え、縁には幸せになって欲しいし。嬉しそうだったら私も嬉しいし」
兄弟なんていないからよくわからないけど、きっとこんな気持ちなんだと思うんだ。
笑ったら嬉しいし、泣いてたら悲しいし。幸せになってほしいから。
縁は軽く固まった後で恥ずかしそうに目をそらした。分かってる。どうせ『そんな恥ずかしいことよく言えんな』お前でしょ?
でも、予想に反して頭を抱えるようにしてーー腕で半分顔を隠してる。耳まで真っ赤。
えっと。誰でしょうか?
暴言を待っていたわけじゃないけど肩透かしを食らう。
「お前……」
「た、大丈夫ーー?」
その間にも『分かってる。これはアレだ。でもーー今かも』と何やらブツブツ言っている縁が怖い。
どうなるのか。そう困っていると、暫くして縁が大きく息を付いて私をすっと見つめた。
「レン」
「え? うん。大丈夫?」
「あのさ。お前、あいつの何が好きだったんだ? 克馬の」
何を言うんだ。いきなり。人の失恋に塩を塗る気なの? ーーいや、そんなわけ無いか。何か考えがあるのかも知れない。それにたいして抵抗を感じなかったのはもうその恋は昇華してしまったのかなって思うし。
ホント今考えると何が良かったのか。それでも、あの頃の私はいいと思ってたし。
私は軽く笑う。
「あーー優しかったんだ。あれでも。酷い振られ方したけど。縁と同じ。映見君と同じように優しかったんだ」
もしかしたら、子供に接するようにしてたのかも知れない。それでも嬉しかったので仕方ないよね。うん。
暫くの沈黙、聞いといて笑い飛ばしてくれないと居心地がとても悪いんですけど。
ええと。私がそわそわし始めた頃、ようやく縁が重い口を開いた。それは呟くような小さな声。
けれど。静かな家の中では十分だった。
「……あのさ。俺じゃダメか?」
「なにが?」
……。
……。
え?
なに。さらなる沈黙が怖い。あの。恨めしそうに見るのはやめて欲しい。
え?
……。
私が悪いの?
俯いて軽く肩を震わせている縁。何故怒るのよ。そして、何で泣きそうなの? 泣いてない。そう絶対に怒るんだろうけど、そう見える。
「ーーもう、言わない。絶対言わねぇ。頼まれても言わねぇ。死んでもお前なんて貰わないからな!!」
「は?」
なんの結論? 貰うってーー。
意味が。そう言う前に縁は身を翻して家から慌てて出ていった。乱暴に閉まるドア。それと同時に顔を覗かせたのはママだ。
ママは可哀想な娘を見る目で私を見つめた。
「あんた。もて遊ぶのもいい加減にしなさいよ〜。せっかくあれでも頑張って告白してるんだから」
「告白?」
何の? 小首を傾げると頭を小突かれる。痛くないけど……。痛くないけど。どして?
パチパチとママを見る。呆れたようにため息一つ。
「ーーどう見ても分かるでしょう? まったく誰に似たんだか。まぁ……鈍感って言うより処理しきれてないって感じだけど。まーー原因はあの人ね」
困ったようにそう呟くとまたパパの書斎に引っ込んでいった。よくわかりません。ゴメンナサイ。
どうでもいいけどーー夕飯は。と言いかけてやめた私がいたりする。




