信広の頼み
図書室を出た千尋の手を深月は掴む。そして指を絡めた。千尋はまだ少し怒っているようだった。
「いい加減機嫌直してよ。ね?」
「わかった。」
千尋はため息まじりに言う。そして、深月のほっぺを思い切り引っ張った。
「これで許してあげる。」
「ははっ。ちょっと痛いけど、許してもらえるならなんでもいいや。」
深月は笑って千尋の手を繋ぎ直した。千尋はじっと繋がれた手を見る。
「なに、この手。離して。」
「えー。やだ。今日は手を繋いで帰ろう。」
「なんで。」
「いつでも神藤に触れていたいから?」
そう言う深月を千尋は軽蔑の眼差しで見る。
「大和君ってよく素面でべらべら甘いこと言えるよね。尊敬するよ。」
千尋は呆れたように言う。そして、手を繋いだまま歩き出す。
「そう?普通だよ、普通。」
深月はさも当然のように言う。千尋は苦笑する。結局折れてしまう。
「神藤。...深月もいたのか。」
そうやって二人に声をかけたのは信広だった。信広は深刻そうな表情を浮かべている。
「広ちゃん。どうしたの。」
「...話があるんだ。」
信広は思いつめた声で言う。深月は少し眉間にシワを寄せた。千尋は少し表情を引き締める。
「話?」
「ああ。ちょっとだけいいか。...なんなら深月も来てもいい。」
信広の問いかけに千尋は頷く。
信広が連れて来たのは一つの部屋であった。信広は丁寧なことにその部屋に誰にも聞かれないように防音の結界まではっていた。そこまでするとは相当深刻な話のようだ。
「神藤は、千歳さんに恋人がいたことについて知っているか?」
その信広の問いかけに千尋は目を見開く。拍子抜けしてしまった。まさか兄の話だとは。
「お兄様?さあ。知らない。私、お兄様とはそんな話はしないもの。...お兄なら知ってるかもしれないけど。」
千尋の言葉に信広は俯く。
「千歳さんには8年前に恋人がいた。それはうちの姉なんだ。」
「え。広花さん?」
千尋は驚いた。あの兄にも恋人がいて、それが広花だとは思ってもみなかったのだ。
「ああ。二人は別れた。それはうちの母がしつこく別れるように言ったからだ。」
「広ちゃんのお母様が?」
千尋は怪訝そうに言う。信広の母は確か病気とかで7年前くらいから療養中のはずだ。
「神藤。知らないの?理事長には婚約者がいた。それが、芙由子さん。君の母親だ。理事長は当時、相当芙由子さんに執着してて、婚約解消して、芙由子さんが結婚してからも、自分が結婚してからも芙由子さんを忘れられなかったらしい。だから、信広の母親は認められなかったんだろう。自分の娘が夫の想い人の息子と付き合うなんて。」
深月が言った言葉は千尋に衝撃を与えた。そんな話、初めて聞いたからだ。信広はため息をつく。
「その通りだ。神藤。頼む!協力してくれないか。姉さんはまだ千歳さんが好きなんだ。」
信広の頼みに千尋は目を逸らす。千歳には今進行中のお見合いがある。そして、広花にも。それを破談にしてまで二人を一緒にさせるのは家にとって醜聞だ。
「信広。姉想いの弟だな。でも、神藤千歳にもお見合い話が浮上しているらしいぞ?」
深月が何気無く言う。千尋はため息をつく。信広はそれを聞いてそばにある机をがん!と叩く。
「神藤。頼む。せめて二人を会わせるだけでもいいんだ。」
信広は真っ直ぐに千尋を見つめる。千尋は頷くことができなかった。
「...少し考えさせて。まだ頭の整理ができてないの。」
千尋は今度は目を逸らさずに言った。




