第20話 半分こ
あれから半年。僕も、ようやく傷が癒え始めていた。
その間ずっと、天音は僕のそばにいてくれた。励ましも、慰めも、無理にかけることはなく、ただ黙って、隣で笑ってくれていた。下手な言葉が、かえって傷を深くすることを、知っていたのだと思う。
自分の気持ちを押しつけることも、見返りを求めることもなく、ただ、僕を信じてそばにいてくれた。
いつからか、天音の隣にいる時間が、一日の中で一番安らぐ時間になっていた。それが「感謝」だけではないことにも、気づいていた。
気づいていて、口に出せなかった。また誰かを信じて、また失うことが、まだ怖かったのだ。けれど、半年間、何も求めずに隣にいてくれた人を、これ以上、待たせてはいけない。僕は、天音を屋上に呼び出した。
階段を上る足が、緊張で少し重かった。夕陽の中、フェンスのそばで、天音が振り返る。
「天音、覚えてる? 最初に天音が僕をここに呼び出して、信じてくれたこと。学校中が敵だったのに、天音だけが、僕を信じてくれた」
「そうだったね。ここから始まったんだったね。あれからもう半年か。悠真くん、頑張ったね」
その言葉に、半年分の思いが、喉元までせり上がってきた。心臓の音が、耳の奥でうるさいほど響く。
「僕は、天音のことが好きです。これからも、僕と一緒にいてほしい」
天音は、驚いたように目を見開いた。次の瞬間、その目から、涙がこぼれた。
「……はい。私も、悠真くんと一緒にいたいです」
そっと、彼女を抱きしめた。ずっと待っていてくれた天音。その申し訳なさと、それを上回る愛おしさで、胸がいっぱいになる。
天音は、僕の胸に額を寄せたまま、しばらく動かなかった。やがて、その指が、僕の制服の背中を、そっと握った。
顔を上げた天音の目元は涙で濡れて、鼻先が赤くなっていた。けれど、口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「……ずるいよ。こんな泣かせ方。半年間、ずっと堪えてきたのに、一分で全部壊された」
声は震えていた。でも、その涙は、悲しみじゃなかった。
「あのね。私、ずっと、返したかったの」
「返す?」
「入学して二日目。プリントを運んでた私から、悠真くん、半分持ってくれたでしょ。『半分こにした方が早いだろ』って」
思い出した。確かに、そんなことがあった。何気ない、ほんの一日のことだった。
「私、あの重さを、まだ返せてなかったの。だから、悠真くんが一番重いものを抱えてたとき、その半分だけでも、どうしても持ちたかった」
言葉が、出なかった。
僕がとっくに忘れていた、ほんの小さな親切を、彼女は、半年よりもずっと前から、抱え続けてくれていたのだ。
「……半分どころか、僕は、全部持ってもらってたよ」
「ううん」
天音は涙を拭って、いたずらっぽく笑った。
「これからは、半分こ、ね」
僕はもう一度、彼女を強く抱きしめて、そっと唇を重ねた。
「帰ったら、お母さんに言わなきゃ。……あと、お兄ちゃんには、もうちょっと黙っておこうかな。泣くから」
思わず、笑ってしまった。笑いながら、胸の中に満ちていくものが、温かくてたまらなかった。フェンスの向こうで、夕陽が沈みかけている。屋上の二人の影が、長く伸びていた。
学校生活の傷跡は、完全には消えないだろう。それでも今は、隣にある温もりが、その痛みを少し遠いものにしてくれる。
天音の指が、僕の手を探り当てて、五本の指が絡み合った。半年間、たった一人で僕のそばにいてくれた手が、ようやく、僕の手と重なった。屋上に二人の影が寄り添い、春の風が、静かに吹き抜けていった。
――完
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
連載を始めたときは、こんなにたくさんの方に読んでいただけるとは思ってもいませんでした。いただいた応援の一つひとつに、心から感謝しています。
私はこれまで文章に自信がなく、小説を書いたことは一度もありませんでした。今回、表現の手直しにAIの力を借りることで、ようやく「投稿してみよう」と思えるようになりました。
この物語が、私にとって初めての作品です。まだまだ未熟ですが、書いて、投稿して、読んでいただけたことは、私にとって大きな経験になりました。
これからも、書きたいものが浮かんだときには、また筆を執ってみたいと思います。
最後に改めて、『冤罪で全てを失った僕を救ったのは』を読んでくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。




