0-1「少女の危機」
それはとある剣術道場で稽古して来た少女が中心となる物語。
「おいおい、マジかよ……⁉︎ 師範を瞬殺しやがった……⁉︎」
「あ、あり得ないだろ……⁉︎ まだ中学二年生だったはずだ!」
七月十四日のお昼頃。とある少女により、槌谷十朗が討ち破られた。
それは目にも止まらぬ圧倒的スピード。それすら十朗は対抗しようと行動した。しかし、スピードだけじゃなく、巧みな剣捌きで十朗に勝利してみせた。
「もう道場は無用かも知れない。お世話になりました」
「ど、どこに行くんだよ! 孤児のお前が行く宛なんてないだろうが!」
「知らない。ただ、彷徨ってみる」
それだけ告げて道場を出て行った。
大して何か計画があった訳じゃない。けれど、何となく出て行きたかったんだ。
何かを求めて彷徨いにいく。
「何にもない。どっか良いとこないのかな?」
私は周りから見れば死んでいるらしい。無表情で可愛げもない人形のような存在。師匠からも言われ続けたことだった。
『お前に居場所なんかない。あまり出しゃばるんじゃないよ』
そんな一言が心に残っていた。師匠が言って来た“出しゃばるな”とはどんなことなのか気になってしまうんだ。その意味を理解していなかった。
しばらく歩き続けた先で雨が降り出す。傘を持っていなかった私は濡れる以外に選択肢などないんだ。
行き先も定まっていない私に不運が巡って来た。
ここで都合よく傘をくれる人が通り掛かることはないだろう。それ以上に私を思い遣ってくれる人など存在しなかった。
「はぁ。何でこんな人生なんて送らないといけないのかな? 私には分からないよ」
ざーっと雨が振り始めた。きっと私はずぶ濡れになって風邪を引くんだろう。
本格的に雨が降り出して来た。濡れ始める自分はどうしようも出来ない。濡れないで済む話が回って来るなど、微塵も期待していなかった。
ただ、奇跡は起こる。傘が私を濡れないように避けてくれた。それを差し伸べたのは振り返った先に立っている。
「風邪引いちゃうよ?」
「貴方は白茂斑斗? 何で傘を刺してくれたの?」
「そりゃあ心配だからさ。君こそ街中を彷徨っているとか珍しいな?」
彼は師匠が認めた人材だった。私が目標として掲げていた存在である。
そんな斑斗が迎えに来てくれたんだと思う。いつも私を導いくれる存在感が好きだった。
「帰ろうか? きっと師範は怒ってないよ。どんなに君が強かろうと関係ない。僕が一緒だから大丈夫だ」
「む、斑斗……」
斑斗が差している傘で一緒に帰る。二人で並んで帰っていく時間が好きだった。
もっと斑斗に寄り添っていたい。この気持ちをいつか伝えられたら良いのに。
三日後。事態は大きく急変した。全くの想定外に動揺する。
––––逃げなきゃ殺される。
ずっと隠して来た恋心が崩れ去っていた。それは絶望を呼び起こす事態に陥ってやっと気付いたんだ。
今まで信じていたことがまるで幻想みたいだった。さっき見てしまった異様な光景が物語っている。
「待ってくれよ? どこに行くんだい? 僕から逃げようとなんて百年くらい早いんじゃないの?」
「いやっ! 来ないで!」
渡り廊下を走り抜ける。もはや、止まっている暇はない。ここで追いつかれたら確実に殺されてしまうのは分かり切っていた。
今朝から降り続ける雨。最悪の事態が舞い込んで来ても可笑しくない。
現状、憧れていた斑斗に追い回されている。それに至った理由は今朝にあった。
道場に向かっている廊下の途中で師匠の悲鳴が上がったんだ。何が起きたんだろうと駆けつけてみる。
道場の扉を開けた瞬間、化け物が師匠を食い散らかしていた。遺体はバラバラで、片腕や片足が転がっている。床に血が飛び散って地面は真っ赤な水たまりみたいだった。
「な、何が起きているの……?」
すると、背後から読み取った気配に気づき、すぐ振り向きながら下がった。
私が避難した先には師匠の遺体が転がっている。出来ればこれ以上は踏み込みたくなかった。
そして冷静に見つめた先で絶望を味わう。そこに立っていたのは“唯一憧れていた”はずの前斑斗だった。
「どうだい? 憎い奴の末路は気に入ってくれたかな? あれだと口も利けないね?」
「な、何してんだよ! ま、まさか殺したの?」
「あぁ、殺してやったさ。この手でな?」
その発言から斑斗は道を踏み外したことが分かった。
ただ、それ以前に斑斗の様子が変だ。顔に黒い線が刻まれているのが気になった。それに斑斗から感じ取れる禍々しい力のようなものが体を疼かせて来る。
体中を駆け巡る謎の力。それが漲っているだけで、無性に反撃したくなってしまう。
ただ、恐怖の方が打ち勝っていた。足がすくんで動けそうにない。戦えそうで戦えなかったんだ。
「さて、君に教えておこうと思ったことがあるんだ。察しが良ければ気付いているだろ? 力が漲って来ることぐらいさ?」
「はっ……!」
やはり、気のせいじゃなかった。体から漲った力は何かしら不思議な能力を扱えるものかも知れない。それが本当なら現状を掻い潜る術になってくれるはずだ。
私は力んでみた。しかし、どんな能力があるのか分からないと使い用がないみたいである。
しょうがないから一か八か斑斗に聞いしまった。
「教えて! 私にはどんな能力があるの? 漲るような力が確かならあるんでしょ! どうなのよ!」
「まぁ、良いか。教えてあげよう。君は踏み込んだ瞬間に速度調整が可能だよ。踏み込むと同時に加速と減速を使い分けられる」
意外と斑斗はあっさり答えてくれた。しかし、肝心なのは逃げる際にスピード調整が上手くいくかである。スピードを出し過ぎて突っ込んでしまっては話にならない。
後は逃げ出すタイミングを計るだけ。ここから逃げ切って生還してみせたかった。
「さぁ、こっちへ来なさい。これからは一緒に歩もう!」
「そ、そうだね」
思ってもないような返事だった。もはや、逃げ出そうと決めている私を誘い込むのは見当違いである。
「––––って、訳にもいかないんだよ!」
覚悟を決め、振り返る。同時に一歩前に踏み込んで二歩目から加速させる。
「お前とは歩めない! さようなら!」
一言だけ残して走り出した。
最初は小スピードを心がけてみる。細かいスピード調整で駆け抜ければ問題なく逃げられるはずだ。
それに斑斗が追って来ることはなかった。今のうちに逃げ切ろうと無我夢中で走る。
意外にも休まず玄関まで辿り着いた。後はドアを打ち破って外に出るだけ。
「よっし!」
飛び上がって蹴り破ろうとした瞬間、急に辺りが変貌する。
蹴り破る前にドアが消えた。さらに、辺り一帯が変化していく。
「––––逃がさないよ? もう君は鳥籠の中なんだからさ」
「そ、そんなっ⁉︎」
信じられなかった。もう少しで逃げ切れたはぶだったんだ。
運命は味方してくれなかった。この時点で私が窮地に陥ってしまったのは十中八九事実である。
「さて、逃げようとか考えていたみたいだが、それは叶わなかったみたいだね?」
「な、何で逃してくれないのよ! こんな酷いことしなくたって良いじゃん!」
「何を言っているのか分からないなぁ。取り敢えず大人しくしてくれよ」
地面から触手が出現する。まるで植物みたいに生えて来た触手は私を縛り上げた。
これで身動きは取れない。もはや、万事休すだった。




