9.月の揺らめき
受付に向かうと言い席を外したミレンナだが、特別用事があった訳ではない。
皆に可愛がられるソーマの側に居る資格がない様に感じられてしまったのだ。
嘘をつく訳にもいかない、と受付に足を運んだミレンナは、ふと顔を上げた受付嬢と目が合った。
「ミレンナさん、お疲れ様ですぅ。すみません、少しお時間いいですかぁ。あの、この書類なんですけどぉ……」
この受付嬢は語尾を伸ばす癖がある。髪の毛をくるくるふわふわに巻き、まつ毛をぐるりとカールさせ、ぽてっとした唇はいつもつやつやだ。可愛い、癒し系だと評判の受付嬢、ニーナ。
「なんですか? あぁ、これって他に資料一緒にされてるはずですよ。それと比べて見れば大丈夫です」
「これですかぁ?」
「そうです。で、これがここなので、こうすれば……、はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございますぅ」
にぱ、と花が咲く様な笑みを見せてニーナはいそいそと書類を書き上げていく。
その様子を見ていた職員が、眉尻を下げてミレンナに声を掛ける。
「ミレンナさんいつもすみません。全く、ニーナはいつになったら独り立ちするんだ。ミレンナさんは冒険者だぞ」
「でもぉ」
「いいんです、気にしないでください。これくらいしか出来ませんし」
「これくらいって……。ミレンナさん、自分の安売りしちゃいけませんよ。臨時職員の依頼出しますから受けてください」
ニーナは肩を窄めて男性職員を上目遣いに見ていたが、男性職員はまるで無視をしてミレンナに向いていた。
頬を膨らませ、書類を仕上げたニーナは奥の部屋に消えていった。
「そこまで過分な対応してもらわなくて大丈夫です」
「いいや、今までもニーナに聞かれていたでしょう。僕が口を挟むのは何回目ですか」
「四回目、です。すみません、ゾルドさん」
男性職員、ゾルドは今までも何度かニーナに請われるまま書類の不備を教えているミレンナを見つけてきた。このまま放置はギルドとしても外聞が悪い。
それに、ニーナは新人とはいえ、ギルド職員として雇われている身だ。冒険者よりも劣る能力なら減給も仕方ないと判断されてもいいくらいなのだ。
「ニーナは貴方の手柄も自分の手柄にしてます。日の目を浴びないままなんてこちらとしても申し訳なくて」
「そんな……」
ミレンナは思わず視線を落とす。
削られボロボロになった自尊心は沈んだまま。
しかし、きちんとミレンナを評価している人間は実は少なからずいる。
付与魔術は目に見えて手柄を立てられるものではない。しかし、いるといないでは結果に差がつくものだ。
ソーマの実力は折り紙付きではあるが、ミレンナの力添えも間違いなくある。
「はい、臨時職員の依頼です。今後ニーナだけじゃなく他の職員からも声掛けはありますが報酬は発生しますからね」
ミレンナはごねるのをやめ、とりあえずサインをした。
大したことはしていない、と彼女は思っているが、そう捉えていないのはミレンナだけだ。




