20.脅威再び
日が傾き始め、そろそろレクリエーションも終わる頃だろうか。
結界を解くか悩んでいると、ミレンナと共に彼女の婚約者であるアルフレッドがやって来た。
今日もばっちり濃い化粧をしている彼は、森の散策には着いてこなかった。
「なぁ、少し話がしたいんだ」
「なにかしら」
私を睨みつけながらそう言ってきたアルフレッドの前に立つ。
火花を散らしそうな私達の様子に、レオンハルトとサラは狼狽えている。
「お前は、婚約者の為なら何でもできるのか? 愛の国出身なんだろう。化粧をろくにしてない醜い男相手でも」
「化粧をしていても、していなくても、レオンはレオンだもの。当たり前でしょう。顔で婚約を決めたわけじゃない」
「どんな姿でも愛せると言うのか? 狂気じみてる」
「なによ、化粧している姿と素顔、ふたつ楽しめるってことじゃないの。お得だわ。それに、この国以外の男性はあまり化粧をしないわ」
やっぱり理解できない、とアルフレッドは顔を顰めて立ち去った。
理解できないでしょうね、と私は思う。
そもそも、考え方が違うのだから。
アルフレッドを追いかけて行ったミレンナの揺れる髪を見ていると、目の前に突然魔法学教師が現れた。
「結界を解いてもらえますか。そろそろ帰りましょう」
「うわ、びっくりした。はい、わかりました」
人差し指を立て、くるりと小さな円を描いて空を指差す。
「解除」
パリン、と薄いものが割れる様な音を立て、結界は解けた。
「集まってください、早くね。ここは魔獣が出る森ですよ」
魔法学教師が声に魔力を乗せ、呼び掛けるが、どうも集まりが悪い。
だが、慣れている様で、「早くしないと置いていきますよ」と声色は柔らかだが、垂れ下がった目の奥は笑っていない。
だらだらとやる気のない生徒達がこちらに足を向け、たらたらと集まってくる。
「いけませんね、レオンハルトくん、サラさん」
「ここは任せます」
「お願いします、いくぞ、サラ」
真っ先に反応をしたのは魔法学教師だ。流石である。
私とレオンハルトは頷き合って、ある方向に向かって駆け出す。
私達と入れ違いに怯えた顔で逃げてくる生徒達。
マジックバッグに手を突っ込んで弓を取り出して構える。
目視できる位置に見える、折れ牙巨大猪。逃げ惑う生徒達に牙を剥いている。
矢に雷魔法を乗せ、放つ。
矢が刺さったのを確認し、矢を軸に魔法を叩き込む。
「雷!」
少し体が痺れる程度のダメージしか与えられないだろうが、とりあえず時間を稼げれば良い。
動きが鈍っている所で、レオンハルトが巨大猪に突っ込んでいく。
「早く逃げろ!」
「え、えぇ、ありがとう。でも、アルがまだ」
慌ててこっちに向かってくるのはミレンナ。
後ろを気にしているのは、自分の婚約者がまだ巨大猪の近くにいるから。
「向こうなら安全だから、早く。これ、持っていって」
マジックバッグからポーションを取り出して、ミレンナに投げる。
見事に受け取ったミレンナは、瓶を握りしめ、ありがとう、と呟いた。