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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
最終章 節刻みの舞踏会と封印の終わり

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ルバート救出作戦

 街中を走ること十数分……辿り着いたのは、王都の南西の一角にある、割と大きめの屋敷だった。


(多分……いや、間違いないよ。ここだ……)

「この屋敷は、たしかベジエ子爵の住まいですね。ふむ……」


 キースも仕事の一環として王都にある多くの家屋敷……特に貴族の所在などは把握しているのだろう。


「で、でもどうしよう。本当にそうだとしても、入れてくれるわけないよぉ」


 ティシエルは怖いのか、セシリーの腕をぎゅっと抱きしめて震えた。

 一旦ここで救出の計画を練るのかと思いきや、キースは果断に足を踏み出し、門番に話しかけた。


「このようなときのために私たち騎士団がいるのですよ。皆さんは後ろに控えていて下さい。……失礼、私は魔法騎士団副団長のキース・エイダン。突然ですが、邸内を改めさせていただきたい」

「ま、魔法騎士団? す、少しお待ちいただきたい、一体どのような用件でっ」

「聞かずとも分かっているでしょう。不当にある人物を拘束した件について秘密裏に情報を取得しました。被害者の人命が優先されるため、王国刑法第三十二条により強制捜査権を実行させていただく。抵抗するようなら王国に背く罪人として連行させていただきますので、どうか手向かいなきよう。では失礼」

「ぐっ……だ、誰か子爵を呼んで来い! それまで引き留める」

「おっと、いけませんねぇ」


 キースは門番が伸ばしてきた手を絡めとると、背負い投げの要領で地面に叩きつけた。門番は一瞬で沈黙し、もうひとりは慌てて邸内に駆けこんでいく。


「荒事はあまり好きではありませんが……面倒な輩が集まる前に行きましょう。時間が惜しい」

「うわぁ……」

(キースは怒らせると一番怖いんだ。ボクが昔食糧庫からちょっと食べ物をもらったときにもひどい目にあったんだよ……)


 容赦のない行動にセシリーもティシエルも口を噤み、リルルは尻尾を垂らして恐怖したが、今は彼の言う通りルバートの救出を優先する時。


 リルルの案内に従って屋敷をぐるっと一回りすると、裏手にひとつこじんまりとした離れ――小部屋くらいの小さなものがある。


(あれだと思う……でも、魔法の匂いがするよ)


 セシリーたちは駆け寄ってその建物を調べたが、なぜかそこには入り口が見当たらない。

 

「えっこれ、本当に入れるの? ただの石の置物じゃなくて?」

「魔法でこじ開けましょう、どいてください……! む……」


 キースは素早く魔法陣を描き、壁に手を添えた。しかし青い光は途中で立ち消え、魔法は発動しなかった。


「『解消』の魔法が掛けられている……いや」


 彼の隣にティシエルが走ってきて、真剣な表情で周りを見渡した。


「た、多分……これ自体が魔道具なの。動力源が内部に有って、自動で魔法を発生し続けてる。鍵となるアイテムがないと開けない……」

「どうしよう、屋敷内を戻って探す?」

「どこかに隠しているのか、子爵本人が持っているのか……問い詰めるしかありませんか」

「……待って!」


 ティシエルの目付きが変わり、彼女は羽織っていたローブを払って腰の道具袋から、幾つもの工具を指で抜く。


「私が壊すよ! お爺ちゃんをこんな所に閉じ込めるなんて許せない! 少しだけ時間をちょうだい!」

「彼女、ウチのお抱え魔道具作成師なんです! キースさんの腕輪を作ったのもこの子なんですよ」

「なるほど……ならば手早くお願いしますよ。そろそろ人が集まってくる。緊急事態ならやむ負えませんが、なるべく人に向けて魔法は使いたくない……『水球よ……旋転し仇なす者を退けよ』」


 キースは謎の魔導具を囲い込むように、半球状の水のバリアを張り巡らす。際どいことに飛来した弓がこちらに向かって弾かれた。相手も遠慮するつもりは無さそうだ。


『ふはは、王国の手のものだか知らんが葬ってやれば証拠も残らん! 者ども、行け!』


 屋敷から出て来て、頭の上で剣を振り回し号令を掛けているあの男がベジエ伯爵なのだろうか。騒ぎになる前にこちらを始末し、どこかへ逃亡するつもりなのかも知れない。


 セシリーは額に汗を浮かべ真剣な表情を見せるティシエルの手元を覗き込む。壁の一部に溶接痕が見つかり、彼女はそれを今熱を発生させる道具で慎重に外したところだ。


 外壁の一部が外れ、中側の動力部だろうか。歯車群や、魔力を流す金属の線のようなものが見えた。


「一気にぶっ壊しちゃうわけにはいかないの?」

「無理……! そんなことしたら動力源に内蔵された魔石の魔力が行き場を失ってドカーンだよぉ……。安全装置を一個一個地道に外した後、核になってる部品の作動を止めるしかないけど……」


 機械のように淀みなく指を動かし、慎重に金属部品を外す様は、まるで熟練のピアニストのようだ。


「でも、ふう……ごめんなさい……思った以上に安全装置が複雑で、私の魔力が、持たないかもっ」


 セシリーは聞いたことがあった。

 魔道具の安全装置には特殊な魔石が組み込まれていて、特定の波長をもつ魔力にしか反応しない。今彼女が使っている工具が、それに自分が放つ魔力の波長を調整して合わせるためのものなのだが、こう言った道具は本来、魔石などの動力源に繋が無ければ長時間は扱えない。


 それを無理に使うために彼女は自分の身体から魔力を発し続けているが、しかしそれが枯渇しようとしているのか手元の光は徐々に揺らぎ、不安定なものとなっていく。


「な、なんかないかな……なんか、なんか。あぁっ!」


 セシリーは身に付けていたポーチの奥で硬いものが指に触れたのに気付く。

 それはしばらく前にラケルの紹介で彼の師、ジョン・オーランドと出会った時、彼がお土産で持たせてくれた試供品の飴玉。


 なんと、これは保存性を向上させるために作成した魔力ポーションのひとつなのだ。


「ティチ、口開けて!」

「ふぇっ? えっ、なにこれ苦い、うぇっ……集中が乱れるよぉ、なんでこんなことするのぉ?」

「うるさいっ、黙って嚙んで、呑み込む!」


 涙声でえづくティシエルに強引に指示し、がりごり咀嚼音が響いた後、彼女の手元が再び力強く瞬いた。


「ま、魔力が戻って来た! 滅茶苦茶不味かったけど……いけそう! ありがとセシリー!」

「どういたしましてって……キースさん、リルル、大丈夫!?」

「安心しなさい、誰も通しはしませんよ!」

(大丈夫さ、帰ったら七面鳥の丸焼きが待ってるんだもんね!)


 どうやらこの水のバリアは直接攻撃に弱いらしく、今キースとリルルはこちらを取り囲もうとする兵士たちに勇戦している。


 そしてついに……。


「やったっ!」


 ピンッと涼やかな音が立ち、ティシエルが解除した安全装置を取り外すと、その後ろにあった円形の台座からひとつの魔石を取り出す。と同時に重たい音がして石壁の一部が動き、建物に穴が開いた。


「お爺ちゃん!」


 一目散にティシエルが中へ飛び込んでいき、セシリーもそれに続く。そこでは呆然とした表情のルバートが、涙を流すティシエルに抱き着かれていた。


「これは……ティシエルに御嬢様まで。一体何が?」

「話は後! 早くここを出ましょ!」


 ルバートの目に光が戻り、勢いよく頷く。


「ええ、ご迷惑をおかけしました……ありがとうなぁティシエル、まさかお前に助けられるとは……成長したな」

「へへ……私だってお爺ちゃんの家族だもん!」


 仲睦まじいふたりのやりとりを見ている間もなく、ティシエルと両側からルバートを支えて建物から出ると、今まで防戦に徹していたキースが振り向き笑う。


「やりましたね! さすがセシリーさんとお友達だ。ベジエ子爵、これであなたの罪は明らかなものとなりましたが、反省し、大人しく縛に就くつもりはありませんか?」

『黙れ、どうせ貴様らはそこから出ることはできんだろう。その猪口才な魔法が終わるまで矢を射続けてやる!』

「仕方ありません……ならば私も少し本気を出しましょう。『水精よ、冷たき氷の世界へ誘い、背く者の意思すら凍らせん』」


 静かな詠唱が終わり、春めいた日差しの中、屋敷の周りだけ霜が舞い降り始めた。


『ふん……こんなものがなんだと……? ぬ……ぬわぁぁぁ!』


 しかしそれはただの霜ではなく、それに触れた地面や体から、凍結現象がどんどん広がってゆく。幸い範囲を調節しているのか、セシリーたちの場所には振って来ない。


 恐怖し逃走に移ろうとする兵士たちにキースはにこやかに宣言する。


「あまり動かない方がいいと思いますよ。痛い思いを味わいたくないのならね」


 無理に動いたせいで皮膚に裂傷でも負ったのか、悲鳴を上げながら動きを止める彼らの足元はどんどん地面から這い上がった冷気に固められてゆく。


「殺意を持つ者に対し私は加減するつもりはありませんよ。さあ、このまま心臓まで凍らせられるのがお好みでしょうか?」

『や、やめてくれ……! なんでも話す、だから命だけは……!』

「では、ここまででやめておいてあげましょう」


 キースがパチンと指を鳴らすと、凍結現象はそこで止まる。


「さて、この騒ぎだ。そろそろ巡回の騎士団も到着する頃でしょう。さあ、あなただけは着いてきて洗いざらい話していただきますよ」


 直立した姿勢で半分凍付けになったベジエ子爵にキースは歩み寄ると、彼の体に縄を巻く。


 すると、見計らったかのように入り口から白い鎧を着こんだ正騎士団の団員が入ってきた。周囲を訝しげに見ている彼らにキースは事情を説明し、子爵の手下たちを拘束するように伝えると、この上なく晴れ晴れした顔で振り向く。


「これにて一件落着というわけですね。では皆さん、我らが本拠地に戻りましょうか」


 そう言うと彼は寒い寒いとわめくベジエ子爵をそのまま引きずってゆく。凍り付いているか彼の身体はよく滑るらしく、抵抗なくするすると前に進んで行った。


 それを見ながらリルルとセシリーはぶるりと体を震わせた。


(ね。キースは怒らすと怖いんだから……)

「(肝に銘じておくわ……。)さあ、ふたりとも戻りましょう。ルバートさん、歩ける?」

「ええ……。そういえば御嬢様、オーギュスト様は戻っておられますか?」

「帰ったと思ったら、商会に出向いた後すぐにどこかに消えちゃって。隣の領地だとか家の者には聞かされたけど」

「ふむ。もしやあのお方が……いやしかし、なぜ今さら?」

「お爺ちゃん……?」


 彼の救出には成功したが、未だクライスベル商会を取り巻く問題は解消されていない……。


 ルバートの呟きを不審に思いながらもセシリーの頭によぎったのは、すべての始まりとなった一対の男女の影。しかし彼らと今の事態を関連付けるとっかかりが見つけられず……闇雲に疑うのもよくないと首を振って忘れた。

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