表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/68

隣国への墓参り②

 母サラの墓はセシリーの生まれ故郷ではなく、オーギュストとサラが出会った村の近くの墓地にあるという。ふたりの馬車は旅の途中から同行させてもらった隊商の隊列から離れると、細い脇道を進みやがてのどかな農村にたどり着いた。


 一泊の後宿に馬車を預け、セシリーはオーギュストに連れられて母の墓標へと向かう。着くまでの間セシリーはオーギュストにサラの話をたくさんせがみ、そんな彼女を守るかのようにリルルはぴったりと寄り添っていた。


 オーギュストの話によると……実は元は彼はグスタフ、妻サラはリーシャという別名を持っていたのだという。


 そしてサラ――リーシャの生家、レフィーニ侯爵家はガレイタム王国でも永い歴史を持つ名家のひとつで、多くの優秀な魔法使いを輩出してきた家柄でもあった。



 ――かつて月の聖女と謳われ、ガレイタム国王と結ばれた修道女には男児と女児がひとりずつ生まれた。もちろん男児は王位を継ぐとして……女児は血筋に流れる魔力を保つため、当時の国王から最も信頼されていた配下だったレフィーニ侯爵の息子へと嫁がされる。それ以降、代々その家に生まれた女児は月の聖女の候補として育てられ、代を重ねるうちに血筋の断絶を防ごうと幾つかの名家も声を上げ、レフィーニ家の聖女の血は他のいくつかの貴族家にも受け継がれることとなっていった。


 今から二十数年前、当代のレフィーニ家長女であったリーシャに対する期待は相当に大きかった。当時の王太子が幼かったため聖女候補には選ばれなかったが、年が二十を数える頃には厳しい教育を受けて育った彼女の魔法の才は開花しており、その才能はいずれガレイタム王国に生きる魔法使いたちの頂点、宮廷魔術師長に抜擢されてもおかしくない……などと噂されるほどだったという。


 優秀な魔法の才を持つものほど、生き方を選ぶことは難しくなる。国に仕えるか、家を捨て流浪の生活を送るか選べと言われれば、ほとんどが前者を選ぶはずだ。たとえそれが、生活の保障の引き換えに自由を失うことと同じであっても。


 年若かったリーシャはそんな生き方に疑念を抱きつつ、ある日グスタフとこの村で出会った。それは互いに拠り所のなかったふたりにとって、天の配剤と言えるものだったのかもしれない。


 国もレフィーニ家も血眼でふたりを見つけ出そうとしたが、魔法を駆使して姿や名前まで変えて逃走した、元実力者たちの足取りを追うことは至極困難だった。


 見事追手を(かわ)し切り、新たにオーギュストとサラという別人として生き始めたふたりは、やがて自然とお互いを求め合い、ふたりの間にセシリーという命を宿した――。



「――サラは、命を愛する人だった。どこへ行っても彼女の周りでは、動物も人も笑顔を絶やさなかった。そんな彼女に、宮廷内での形式だけを繕った冷たいやりとりはさぞ苦痛だったんだろう。国家が彼女に求めていたのはその力だけで、そこに心の交わりはなかったんだから」

「お父様の家の方は、どうだったの?」

「ああ……こちらもまたひどいものだったよ。貧しい家で一番下に生まれた私に酒浸りの父は強く当たり……母や他の家族は無関心だった。たまたまそんな私を従者して抱えてくれた人物のおかげで騎士として私が成り上がり、国に尽くす間も……彼らは当然のように家に送った財を食い潰すばかりの暮らしを送っていたようだし……。彼らとは王都を出てそれきりで、もし健在だっとしても顔も見たくない」

 

 オーギュストが他人に関してここまでの嫌悪感を示すのは珍しい。きっと実の家族であるからこそ、腹を据えかねるものがあったのだろう。続く言葉も苦渋に塗れ、彼が王都を離れた時の気持ちが、セシリーにも伝わるようだった。


「成長して強くなり、大きな力を制御できるようになっても、他人の眼差しまでは左右できない。力が大きければ大きいほど、嫉妬や恐怖、羨望、期待……周囲が勝手に作り出した想像が、その人を追い詰めていまう。本人すら、自分が一体どんな人間だったのかが、わからなくなってしまうくらいに……」


 オーギュストもサラも、ずっと本当の自分を見てくれる人を探していたのだろうか……。


 やや傾斜のきつい山道で息を荒げることなく、新緑の網をオーギュストは潜り抜けていく。そんな父の姿はセシリーにとっていつだって頼もしかった。


「私の中のお父様は……娘に大甘でちょっぴり情けなくて、でも今は大勢の人の仕事を作り、居場所を与えて、尊敬されてる。誰にだって胸を張って自慢できる素敵な家族だわ。……それで、合ってる?」

「ありがとう、セシリー。お前も、ちょっと手が早いところはあるし、お淑やかではないけれど、私にとっては目に入れても痛くないくらい、かけがえのない大切な娘なんだ。それを忘れないでくれ」 

「ウォン!」

「おや、こいつ……私の言っていることが分かるのか? はは、中々見どころがある犬じゃないか」


 オーギュストはセシリーに優しい笑みを見せた後、すり寄ってきたリルルの頭を撫でまわす。父は母がいなくなってからずっとひとり、誰にも辛い胸の内を明かさずセシリーを守ってくれた。母が傍にいない分、これからも父の一番の理解者であってあげたい。


 そう願ったセシリーの視界は、あるところに差し掛かり大きく開けた。いつのまにか坂道を登り終え、眼下に大地を見下ろす崖のような部分に出ていたのだ。


「いい景色……!」

「だろう? ここなら彼女も、寂しくないと思ってな」


 セシリーは手を拡げ、大きく息を吸いながら、しばし周囲の光景に見惚れた。


 なるほどそこでは秋口に差し掛かる今、紅や黄色の葉が敷き詰められ……青空や眼下の景色と相まって鮮やかな情景を(かも)し出し、生命の息吹を感じさせてくれる。そして一本の木の根本には、周りの景色に溶け込むようなささやかな石碑が、密やかに据えられていた。


「やあ、サラ……また来たよ。相変わらず、お友達たちも元気にしているようだ。おや……」


 石碑から樹上に飛び立った小鳥たちが、一行を不思議そうな目で見つめる中、オーギュストは、近くに置かれた花立てに一輪白い花が捧げられているのに気付く。枯れていないところをみると、そう古いものではなさそうだ。


 ふたりは一緒に首を傾げた。


「誰か来てくれる人がいるの……?」

「あまりここまでは村の人も来ないはずなんだがな。通りすがりの親切な誰かが、気を利かしてくれたのかも知れないね。彼らの声でも聞ければわかるのかも知れないが……」


 見上げるオーギュストへ、小鳥たちは挨拶を告げるかのように、ちゅぴちゅぴと小さくさえずる。考えていても仕方ないので、ふたりで近くの沢で汲んでおいた水をかけて掃除し、ぴかぴかになるまで石碑を磨いた。それが終わるとすっきりした表情で立ち上がり、オーギュストは遠くを見渡す。


「ここからは夜には村の明かりも、山間から昇る朝日も見られる……。それらが少しでも慰めになっているといいんだが」

「大丈夫よ……。お母様、きっと喜んでるわ」


 遠くには麦畑で村人が刈り入れをしている姿や、街道をゆく旅人の姿が小さく見え……人々の日々の営みが身近に感じられる、そんな場所。


 しばしそれを眺めた後、セシリーは石碑の前に跪き、花と祈りを捧げた。


(お母様、こんなにも長く訪れずにいて……。今まで色んなことを忘れていて、本当にごめんなさい。お父様に甘えてばかりの駄目な娘だけど、今は少しずつ、私を認めてくれる人ができてきたんだ。私もお母様みたいな素敵な人になれるよう頑張るから、見守っていてね……)


 ぽたりと一滴、握った指の隙間に涙が落ちたが、今はこらえる。

 母の力を借りてでも、どうしてもひとつ済ませておきたいことがあった。それはある意味で、父を裏切ってしまうことになるかもしれない。それでも自分を守ってくれた母なら、きっとこの気持ちを分かってくれる……セシリーは信じると、隣で同じようにして祈っていたオーギュストの目が開くのを待って告げた。


「……お父様。今ここでちゃんと話しておきたいことがあるの。聞いてくれる?」

「……ずるい子だ。サラの目の前で娘の頼みを断われるわけがない。その目も、魔法を使う時の彼女の瞳にそっくりだ」


 オーギュストはそう言うと表情を曇らせ、ため息を吐いて体を起こす。気づくと視界が明るくなっているのは、母への祈りにわずかな魔力が反応したためだろうか。集中すると、修行の成果か体の中の魔力が落ち着いているのが感じ取れ、少し安心できた。


「魔法騎士団の彼らのことだろう?」

「ええ。お父様が私を思って、彼らを遠ざけようとしてくれたのはわかってる。でも私は、やっぱり彼らに協力したい! だって、彼らは私のことを仲間だって認めてくれたの! 帰ってくるのを待つって、そう言ってくれてるんだもの!」

「それだけは駄目だ! 聖女などにされてしまえば何をさせられるか分からん! お前は魔物と戦ったことも無い、ただの娘なんだぞ……! この間攫われた時、恐ろしいと思わなかったのか!? もしお前に特別な力が無ければ……彼らが助けてくれなければ、二度と平穏な生活に戻れなくなっていたんだぞ! それを親として――」

「でも、お父様だったら……お母様が困ってたら助けるでしょ!!」

「それとこれとは話が別だ! お前は魔法騎士団に想い人でもいるのか!? 私は絶対に認めんからな!」

「クゥ~ン……」


 興奮したふたりは母の墓の前であることを忘れて言い合い、困ったリルルがどうしたものかと周りをうろつく。しかし……彼の鳴き声は途中で低く変化した。


「――グルルルルッ……」

「……リルル、どうしたの?」


 異変を察知し低く体を沈めるリルルに、オーギュストも険しい顔付きで左右を確認する。


「何者かはわからんが、囲まれたようだ。……セシリー、お前、魔法は使えるようになったのか?」


 どうやら隠れてキースと魔法の修練をしていたことは、父にもバレていたらしい。


「え!? ま、まだ何も教えてもらってないよ! 魔力を感じ取れるようになっただけで……」

「ならば、もし私が倒されるようなことがあれば抵抗せず、レフィーニ家の血を引くものだと伝えるのだ。そうすれば相手も、命を奪う真似まではしないだろう」


 オーギュストがセシリーを背中に庇い、油断なく林の奥を見据えていると……奥から十人以上の人間が姿を現し、ふたりと一匹を囲む。揃いの隊服を着た彼らはおそらく兵士で、胸元には光るのは、間違いなくガレイタム王国の紋章だ。


 相手を刺激しないように浮かべた笑顔で、オーギュストは軽い芝居を打つ。


「おやおや、物々しい装いですなぁ。私たちは隣の国から旅をしてきた観光客で、少し景色を楽しんでいただけなのですが、何か御用がおありでしょうか? お邪魔になってもいけませんし、何もないようでしたら、我々はすぐにこの場所をお暇させていただきますよ」

「動くな」


 頭をぺこぺこ下げながら、セシリーたちを連れ、兵士たちの囲いを抜けようとしたオーギュストだが、それは最後尾から姿を現した男の言葉によって制止された。まだ若い、それこそリュアンやキースと同年代か少し上ほどの、黒髪黒目をした男性。鋭い面差しは、不思議と誰かに似ている気がする……。


「猿芝居はよせグスタフ。貴様がオレの顔を忘れても、こちらは忘れぬわ」

「ぬっ――!!」


 姿を一目見たオーギュストは息を詰め、何かを言おうとしたが、男はそれよりも早く距離を詰め剣を振るう。


 護身用の剣を目にもとまらぬ速さで抜くと、オーギュストはそれを頭上で受け止め横に逸らした。続けて男と数度切り結ぶが、セシリーの目では追えない。魔法騎士たちの模擬戦で見た打ち合いと遜色ない、それどころか上回る程の本気の父と男の腕前に、セシリーは目を丸くした。


「でやっ……」

「ぐっ……元騎士団長の腕前は健在というわけか」


 一度大きく相手を突き放し距離を取ったオーギュストに男は舌打ちする。彼の指が光を纏い魔法陣を描いたのに、警戒を強めた周囲が動こうとする。


「待て、ここまでだ。本気にするな、少し訛っておらぬか試しただけだ」


 しかし男はそれを軽く制すると剣を収め、両手を広げてこれ以上戦う意思のないことを示した。


「なぜ、あなたのような方がこんな場所に……」


 オーギュストの方も半ばまで書き終えた魔法陣を消すと剣を仕舞い、再びセシリーを庇うように前に立つ。男は父から視線を外すとセシリーの方を一瞥(いちべつ)し、周りに指示をして囲いを詰めさせる。


「その瞳、リーシャの娘で間違いないようだな……。話は後だ。大人しく捕まってくれるなら悪いようにはせぬ。娘をひどい目に合わせたく無くば、下手な抵抗はしないことだな。今回は念を入れて宮廷魔術師も複数連れて来ている。いかにお前といえど逃げられはせぬぞ」

「……すまん、セシリー」


 ややあって力なくオーギュストは手を上げ、娘にもそれを促す。ふたりは兵士たちに大人しく縛られ、リルルも大きな麻袋の中に入れられてしまった。


(この国の……軍隊って。今更父上を捕まえて……どうするつもりなの?)


 急転する事態にセシリーの頭は着いていかない。拘束されたふたりと一匹は、されるがままに山道をゆっくりと連行され、麓に用意してあった馬車に詰め込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ