隣国への墓参り①
晴れ渡る空の下……セシリーがオーギュストと共に隣国へと出発して二時間ほどが経つころ。
「いい天気……」
開いた幌の隙間から差す温かい日光に目を細め、セシリーは眠たそうに呟く。
「ワゥゥ……」
返事するように欠伸をもらしたのは、隣に寝そべった意外な同行者だ。
「ありがとね、着いてきてくれて……」
「ウォン!」
それは白狼のリルルである。本来ならば簡素な馬車を一台借り、父と娘の二人旅となる予定だったのだが、一緒に見送りに来てくれたラケルが彼だけでも連れて行ってほしいと申しでたのだ。オーギュストも最初は渋ったものの、リルルが誘拐事件の折、セシリーの居場所を一番に見つけたことを伝えると、なにかの役に立つかもしれないかと思ったのか同行を許してくれた。
(リルルはいつも可愛いなぁ……。この子と話せたらいいのに)
こんな日にリルルの白い毛皮を撫でていると、セシリーはとても平和な気持ちになれる。気持ちよさそうに丸まった彼としばらく穏やかな時間を過ごした後、セシリーは御者を務めるオーギュストの隣に移動する。
春先なので少し冷えるが、からっとした風は気持ちいい。もてあそばれる髪を押さえながら、セシリーはオーギュストに尋ねた。
「疲れたでしょ。変わろっか?」
「ハハ、馬鹿にしないで貰いたいね。これでもまだまだ若いんだから、心配無用さ」
オーギュストはひょうきんな仕草でぱちりと片目をつぶる。それはセシリーが今まで見てきた父の顔だ……しかし、一番深い記憶の中の顔とは似ても似つかない。
(すごいなぁ……人間って)
オーギュストはきっと、サラと出会うことで……セシリーの親となったことで、色々なものを捨てたり、諦めたりしたのだろう。彼のみならず、セシリーの知る人たちの多くは互いに影響を受け合い、自分を変化させていく。いつだって先は見えなくて、きっと怖れに足がすくむこともあったはずだ。でも自分自身でそれを選んで、胸を張って前に進もうとする。
セシリー自身もそうありたいと思う。辛い道でも、苦しい道でも……選んだことに自信を持って、大切な物を手放さずに、生きていたい。
「ね……お父様。お母様の話をしてよ。お父様から見て、どんな人だった?」
「サラか? サラは……」
オーギュストはさして考えもせず、はっきりと言い切った。
「それはもちろん……誰よりも優しく、そして美しい女性だったと断言する! 頭も気立てもよく、人一倍努力家! どんなときでも笑みを絶やさず、どんな人からも好かれるような、そんな女性だった。悪いところなんかひとつもなかった」
「ふふっ。そんな神様みたいな人、いるわけないじゃない」
「私はサラを世界一愛していたからね。私から見れば本当にそうだったのさ。でもな……」
オーギュストはふと、昔の父の面影が宿る真顔で言う。
「彼女は自分のことを、捨てられない人間だと言っていた。諦めの悪い、意地汚い人間なのだと……だから、家も家族も今の自分も捨てるのが怖いくせに、誰かが自分の人生を変えてくれることをずっと期待していたのだと。でもな……」
彼は嬉しそうにセシリーの方を眺めた。
「サラは、お前が生まれた時……こう言ったよ。自分は今変われたんだと思うと。この子のためなら、きっと何だって捨てられると……。お前はサラにとってそういう存在だったんだよ」
「そっかぁ……」
なんだかこそばゆくて、御者台で目一杯小さくなって膝を抱え、セシリーは母のことを思い出す。そんなに多くの記憶は残っていない。でも、いつもそこが専用席であるかのように、細い体でセシリーを抱き上げ包んでくれていたその温かさだけは、ずっと記憶の底にある。
父がいたとはいえ、貴族の娘がひとりきりで旅をしながら子育てをするのはきっと、ものすごく大変だったと思う。でも、セシリーの中には母と離れて不安だったという記憶は無い。きっと母はいつも一緒に居てくれた。できる限り、精一杯のことをして、短い時間でも目一杯の愛を与えてくれていた。
「……寂しいね」
「そうだな……」
それだけの愛情を注いでもらいながら、セシリーは母のことを何もかも忘れていた。辛い目にも遭わずに幸せに育てられて……自分を一番大切にしてくれていた人を失くしたのに、なんにも知らないで、笑っていて。
心にどんな傷を負うことになってもそれだけは……忘れたくなかったのに。
「――ごめん! お父様のせいじゃないって、言ったけど! やっぱり、酷いよ……!」
「すまん……!」
感情がついに溢れた。セシリーは子供のように父の肩で濡れた瞼を押し付ける。オーギュストが手綱を下ろしたので馬車がゆっくりと路肩に止まると、歩いていた馬たちがどうかしたのかというように嘶く。
「申し訳ないよ……! 私、お母様にもう、何もしてあげられない……目に見えないけど、すごくたくさん大事なもの、もらったのに……」
「……私もだ。本当はもっともっと、彼女を幸せにしてやりたかった。伝えるべき言葉が心の中にたくさんあったのに……本当にあっけなく、去ってしまった」
オーギュストは顔をうつむけ、帽子を傾けようとするが、セシリーはその手をつかんで首を振った。
「もう、隠さなくていいから、ちゃんと悲しんであげて……。これからたくさん、お母様のこと、思い出して泣いてあげて」
「……サラ」
オーギュストは口を押さえ、苦しそうに大粒の涙を流す。
……そうして親子ふたりは、しばらくサラを悼んだ。
包むような日差しも、柔らかく背中を撫でる風も、優しく慰めるように彼らを労わった。




